第38話 たぬき魔獣と魔界イメージの上書き
たぬきは元々地上の遺跡の森で暮らしていたものの、同士討ちで死んだ魔獣の肉を食べて魔素器官を取り込んで魔獣化したらしい。普通の動物ならそこで暴走してしまうものの、このたぬきは上手く適合してしまったのだとか。
その後、生粋の魔獣と勘違いした魔人によって魔界に転送させられたのだそうだ。
(迷い魔獣だと思われてしまったんですよね。もう自力で地上に戻れないんで、ここで暮らしているんです。今地上がどうなっているのか知りたくて、思わず顔を出してしまいました。迷惑だったでしょうか?)
「いや、そんな事はないけど……」
「たぬきさん、地上は魔界化の危機なんですよ!」
戸惑うクロ子に、明が割って入る。そうして、自発的に自分が召喚されてからのアレコレを話し始めた。たぬきは目を輝かせながらその話に聞き入り、明は身振り手振りを加えて熱弁を振るう。それはまるで講演会を開く講師のようだった。
「……と、こう言う感じかな」
(はぁ、地上はそんな大変な事に……。教えてくださり有難うございます。それにしても明さんも災難でしたね。心中お察しします)
「分かってくれる? 本当大変なんだよこれが。特に口の悪い猫耳少女が……」
「おい」
調子に乗ったところで、クロ子が爪を伸ばす。それを見て恐怖を覚えた明とたぬきは、同時に悲鳴を上げる。
「「ヒイイイ!」」
「たぬき君、今度はこちらからの質問もいいかい?」
(あ、はい)
ここで3人の会話にレミアも参戦する。強者のオーラを敏感に感じ取ったたぬきは、緊張で表情が固くなった。その張り詰めた空気を敏感に感じ取った大魔女は、しゃがみ込んでたぬきと目線を合わせ、優しく微笑みかける。
「最近の魔界の様子を教えて欲しいんだ。分かる範囲、話せる範囲でいい」
(えーと……)
たぬき魔獣によると、最近は魔獣や魔人達の動きがおかしいらしい。彼が魔界に移転してきたのは既に地上に魔物が出るようになってからの話だったものの、まだ昔はチャレンジャー精神のある好奇心旺盛な一部の魔物だけが地上に挑戦していたようだ。
(今は旅行感覚でゲートに飛び込むものもいるらしいです。条件があるので私は行きませんけど。それに、この魔界が気に入りましたしね)
「なるほど。やはり魔界が手狭になったからと言う訳ではなさそうだな。ありがとう」
(それでは私はこれで。久しぶりに地上の話が聞けて嬉しかったです。明さん、大変だと思いますけど、どうにか乗り越えていってくださいね。それでは)
たぬき魔獣は明を気遣い、情報のお礼を言うとペコリと頭を下げて一行の前から姿を消す。明もクロ子もレミアもそんな人懐っこくて丸っこい魔獣を見えなくなるまで見送った。
「あんな魔獣でも生きていけんだな」
「ああ見えて、敵には容赦ないんだろうぜ。きっと」
「魔界は甘い世界ではないからな。明も油断は禁物だぞ」
たぬき魔獣の登場は、3人に様々な感情を抱かせる。その中でも、明は恐ろしいだけの魔界のイメージを上書きしていた。
この世界にも様々な勢力があって、それぞれが複雑に関係し合って調和が保たれている。過ごしやすさと言う点では、きっと地上とそんなに変わらないのだろうと。
「魔界ってもっとこう、地獄みたいと言うか、常にどこかで誰かが殺し合っているような殺伐とした世界なんじゃないかって思ってたよ」
「ヒドい思い込みだな。魔界と言うのは魔族専用の世界と言うだけだ」
「うん、あのたぬきを見てそうなんだなって納得出来た」
やがて日が落ちてきたので、今日はこの平原でキャンプをする事になった。レミアは今後の予定を組むと言う事で、準備はクロ子と明が担当する。
まだまだ不慣れな彼は、何度も失敗してクロ子の手を煩わせた。
「バッ、お前何やってんだ。違うだろ」
「え? そうなの? こっちからやれって言ってなかった?」
「勝手に指示を捏造するな! もういいオレがやる。お前は料理の方だ」
不甲斐ない明に手を焼きながら、クロ子はどこか楽しそうだ。普段の3倍は時間をかけて、キャンプの設営と料理は完成する。
明の料理は途中までクロ子が作っていたものだけにそこまで変ではなかったものの、いつもとは出来が違うので黒髪少女からの評価は厳しかった。
「なんだこれ、味がぼやけてんぞ」
「そう? 美味しいじゃん」
「レミア様に食べて頂く料理がこの程度でいいと思ってんのか?」
「いや、これはこれで悪くはない。クロもあんまり厳しく言うものじゃないぞ」
主人に諌められて、クロ子はしゅんと小さくなる。明はレミアの言葉に嬉しくなったものの、ここで口を出すと場の空気が悪くなりかねないと、黙って黙々と料理を口に運んだ。
魔界に来て初めての夜だったのもあって、その内にポツポツと会話も復活。楽しい夕食の時間が戻ってきた。
「で、街には入ってみたの?」
「上空から偵察はしたな。沢山の魔人達が生活していて活気はあったぞ。治安も良さそうだった」
「それはちょっと楽しみかも」
「私も魔界の地方都市は知らないから興味はあるな」
そんな感じで、魔界談義が盛り上がる。魔人達全員がレミア達の敵ではない事はこの雑談で確認出来たものの、明の頭の中にずっとひとつの懸念が消えないでいた。
「でもゲート前で四天王が襲ってきたじゃん。少なくとも魔王軍は敵だよね。どこかでばったり遭遇したらヤバくない?」
「あんなの雑魚だから気にするほどじゃないだろ。それに四天王であのレベルだろ? 楽勝楽勝」
「ただ、数は力だからな。会わないに越した事はないな」
「ですよね! レミア様!」
相変わらずのクロ子の手のひらの返しっぷりに明は閉口する。とは言え、魔王軍の動きは気になるところだ。魔界に来る時に四天王の1人を倒しているのだから、情報は魔界の魔王軍の本体にも伝わっていると思った方がいい。
今頃は討伐隊が組織されているかも知れない。クロ子は余裕だと言っていたけど、レミアの言う通りに数で攻められたら流石の大魔女だからって無事で済むかどうか――。
気がつくと上空に星が煌めいていた。遺跡を巡った事で、あの星空が地上のものの投影である事を明も知っている。ぼうっと彼が見上げていると、レミアが昔話を始めた。
「魔界も昔はもっと平和で穏やかだったんだ。ほんの40年前までは」
「魔界で何があったんだろ?」
「場合によっては、その問題も解決しないといけないのかもな……」
「えぇ……。これ以上の面倒事はゴメンだよ」
結局明の不安は払拭される事はなく、魔界の夜は静かに更けていくのだった。
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