第37話 イノシシ魔獣
クロ子の優先順位と明のそれが違う事で、2人の間に流れる空気が悪くなる。そのせいで話が止まってしまい、レミアの表情が軽く曇った。
「喧嘩はやめなさい。話が進まない」
「はい、レミア様」
「はい、先生」
場の雰囲気がリセットされたところで、改めて今後のスケジュールについての話し合いが行われる。現在地の『ヌルル平原』は魔界全体でもかなり外れに方にある。レミアも知らなかったくらい辺鄙な場所だ。
「私は魔界について魔王城とその周辺の城下街くらいしか知らないからな。魔界全体がどのくらいの広さなのかも把握は出来ていない。師匠からは地上と同じくらいに広がるポテンシャルがあると聞いた事があるが……」
「でも目的地は魔王城なんでしょ? 位置が分かればそこに向けて歩けば……」
「まずはここで明の実力を確認しよう。行けるようなら街に向かう」
相変わらずのレミアの独断でこれからの予定が決まる。明は軽くため息を吐き出すと、その決定に従った。ちなみに、近くの街までは徒歩で2日はかかる。それはずっと休みなく朝晩歩き続けたらと言う距離なので、地形や天候を考慮したり邪魔者と遭遇したら更に時間はかかるだろう。
明は、街までの距離を考えて途方に暮れる。
「ああ、でも街まで遠いなあ……」
「それよりはまず実力だろ? 魔瘴剣もどこまで使いこなせるか」
「ふふん、それは大丈夫。すぐにその成果も見せてやるぜ」
「それは楽しみだなあ」
クロ子は自信満々な明に挑発的な笑みを浮かべた。その時、生ぬるい風が一行に向けて吹き抜けていく。その風上に不気味な黒い影が現れた。魔獣だ。イノシシに似た風貌だけど、頭の両脇に2本の角、額に3つ目の目がある。
イノシシ魔獣は全長が2メートルほどで、むちゃくちゃ鼻息が荒く明達を強くにらみつけていた。
「早速お出ましだぜ」
「任せろい!」
明は剣を引き抜こうとグリップを握る。そこで危険を察知したのか、イノシシ魔獣は速攻で突進。スーパーカー並の加速で、彼は呆気なく突き飛ばされる。
そのまま宙を舞った彼は、地面に強く叩きつけられて気を失った。
「ぐへえ……」
「明ーっ!」
クロ子は、イノシシの速さに体が反応しきれなかった事を悔やむ。幸い明は軽い脳震盪を起こしてるだけで、そこまでのダメージは負っていないようだ。
黒髪少女は猫耳を立て、手を猫に戻して爪を伸ばす。
「よくも明を……」
「クロ、君も魔界は初めてだったね。あれが本物の魔獣だよ」
「レミア様、任せてください。瞬殺します」
クロ子は姿勢を低くすると、攻撃のタイミングを図る。攻撃対象のイノシシ魔獣はと言うと、明を突き飛ばした後も走り続けていた。加速しすぎたのか、そのまましばらく走り続けて派手に木にぶつかる。
ドォン! と激しい衝突音が周囲の空気を震わせた。
「そこだーッ!」
木にぶつかった衝撃で魔獣が動けないタイミングを狙ってクロ子が動く。超高速の4本足走行で一気に距離を詰め、伸ばした猫爪を振りかざした。
「黒猫奥義……」
「グルオオオオ!」
クロ子の爪がヒットする瞬間、振り返ったイノシシ魔獣の第三の目が光る。次の瞬間、彼女もまた吹き飛ばされた。念動力的な攻撃だ。
予想外の攻撃ではあったものの、クロ子は空中で姿勢を戻し、ズサアアと地面を削りながらノーダメージで着地する。
「危ねえ。やるなイノシシ」
「フーッ!」
イノシシ魔獣は額の目で相手の力量を推し量るのか、徐々に体に力を溜め始める。最大限の瞬発力でクロ子を倒そうとしていた。
実力を認められた事を誇らしげに感じたのか、猫耳少女はパンと強く両手を打ち合わす。そうして、避けるでもなく突進を受け止めようと姿勢を低くした。
「いいぜ、来いよ!」
「フンゴーッ!」
その挑発の台詞を合図に、イノシシ魔獣の超高速突進が始まる。一瞬でトップスピードに達した魔獣はもはや弾丸だ。とんでもなく早いものの、デメリットは方向転換が出来ないと言う事。
それは、タイミングを合わせられればカウンターも有効だと言う事でもあった。
「黒猫流奥義! 瞬雷!」
「グギャアア!」
魔力を纏わせた猫の爪がイノシシ魔獣の体を引き裂く。断末魔の雄叫びを上げて魔獣は倒れた。スピード自慢の魔獣はそのスピードによって最期を迎えたのだ。これはクロ子が超集中していたからこそ出来た戦法であり、後0・01秒でもタイミングがズレていたら地面に横たわってたのは彼女の方だっただろう。
一瞬のバトルを制した猫耳少女は、精神的疲労でガクリと膝をつく。
「やった……。勝てた」
「よくやったよクロ、合格だ」
「やったぁーっ!」
静かな魔界の平原にクロ子の勝利の雄叫びが響く。使い魔の成長に、レミアも誇らしげな表情を浮かべていた。
地面に寝転がっていた明も、この雄叫びで目を覚ます。
「クロ子……勝ったの? やっぱすげえな」
「明、お前はまだまだ修業が必要なようだな。強い武器も使えないんじゃ意味がねぇ」
「くっ、言葉が返せねえ」
クロ子に腕を引っ張られて立ち上がった明は、その場でストレッチをして体の各部にダメージがないかの確認をする。
しっかり柔軟をしたところで、彼は改めて周囲を確認した。さっきまでのバトルが嘘みたいに平原は静まり返っている。
「もう魔獣の気配はないね」
「オレが派手にイノシシを倒したからな。みんなビビってんだろ」
「折角僕がこれから派手に活躍しよーと思ってたのになー。自慢の腕を見せられずに残念だなー」
明は棒読み気味に虚勢を張る。それから3時間、彼らの前に敵意を持つ魔獣は出現しなかった。気を張り詰め続けて限界が来た明は、そのままドサリと座り込む。
「もう今日は何も来ないよ。しんどい、疲れた」
「バッカお前、そう言う時が一番ヤバいんだぞ」
「その特はクロ子お願い」
「俺に頼んじゃねえ!」
クロ子が疲労困憊の明に檄を飛ばしていたところで、何者かの声が直接2人の脳内に語りかけてくる。テレパシーだ。
この異常事態にレミアは猫耳を立てて周囲を見渡し、声の主を必死に探した。
「誰だ!」
(すみません、私です)
現れたのはたぬきの魔獣。敵意は全く感じられなかった。大きさも普通のたぬきと同じで、とても愛らしい。全体的に丸まっていて、その温和な雰囲気に場の空気が一気に
(皆さんは地上から来たんですよね。懐かしいなあ。話を聞かせてもらえませんか?)
「あ、うん……」
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