第36話 妖精との出会い

 どの植物も奇怪な姿をしていて、その異常さに気付いた明は思わず叫んでしまう。


「うわああああっ!」

「興味深いだろう。魔素を浴びた植物は様々に適応していったんだ。安心していい。ここに危険な草花はないよ」

「それって、危険なのもあるって事すか?」

「襲ってくるのもいる。ここは魔界だからな」


 明はまだ植物系の敵に出会ってはいない。ただ、異世界ファンタジーやらゲームやらでは人を襲う植物が出現するのも定番だ。彼は、今後対峙するであろう植物系の敵を想像して、ゴクリとツバを飲み込む。


「それに、話しかけてくるのもいるぞ。面白いだろう。地上でも年季の入った巨木は意思を持つが、草花まで意思を持つのは魔界にしかいない。魔素は進化のトリガーなのかもな」

「そ、そうすね……」


 レミアの説明を聞きながら、明は魔素を持つ生き物の特徴を思い返す。


「確か、魔族はみんな生まれながらに魔法が使えるんですよね。じゃあ、あの草や虫達も?」

「そうだな。植物は魔素に適応しただけだから全てではないが、使えるものはいる」

「いるんだ……」

「そんなに恐れなくていい。大体は大人しいからな」


 レミアの慰めの言葉は明には違う意味に聞こえていた。大体が大人しいと言う事は、怖い、凶悪な植物もあると言う事だ。毒を持つものが毒針みたいなのを飛ばしてくるかも知れない。

 最悪を想定しつつ、それを口に出したらフラグになりそうなので、彼は口をつぐむ。


「本当に魔界は興味深いところだよ。私もここに関しては知らない事の方が多いんだ」

「じゃあ何故、ここ40年は来てないんすか?」

「ちょっと気にある事があってね、地上のあちこちを旅してたんだ」


 レミアは背伸びをしながら、遠い空の彼方を眺める。その雰囲気にこれ以上踏み込んではいけないものを感じて、明は別の話題を探した。けれど、そんな都合よくネタが降りてくる訳もなく、沈黙の時間が過ぎていくばかり。

 レミアもレミアで特に話す事もなかったようだ。そのまま寝転がり、魔界の土の感触を直に楽しんでいる。


「君も寝転がるといい。クロはまだしばらく帰ってこないよ」

「え? それはどう言う……?」

「はは、ただの勘だ」


 レミアは笑い終わるとゆっくりまぶたを閉じる。いくらこの場所が穏やかだからって、いつ魔獣や魔王軍が襲ってくるか分からないと言うのに。明はこの大魔女の肝の太さに感心する。

 1人で起きていると様々な事を考えてしまうので、彼も真似て横になった。しかし、その状態でも色んな思考が邪魔をして、全然眠る事は出来なかった。


 魔界の空気は魔素に満ちている。その毒素が本当に体に何の影響もないのか、明の頭の中で思考が堂々巡りする。

 そんな彼に近付く存在があった。何でも巨大化するこちらの世界観の中で、珍しく普通の大きさの生き物だ。


「兄さん、兄さん、見ない顔だねえ」

「ああ、こっちに来たばかりなんだ」

「ここで旅人に会うのは100年ぶりだあ。嬉しいねえ」

「君はすごく長生きなんだね」


 近付いてきたのは虫……いや、妖精だった。限りなく虫に近いのだけど、普通に会話が出来る。意思疎通が出来るなら妖精だと、彼の頭の中で自然に定義付けられる。妖精はカブトムシのメスのような姿で、大きさもそれに近かった。

 明は手を差し出して妖精を手のひらの上にとまらせる。妖精は着地すると彼の顔を見上げた。


「どこから来たか知らないけど、ここは安全だからゆっくりしていくといいよ」

「僕は明。君は?」

「俺はカルチだ。しがない風来坊さあ」

「そっかあ。よろしくね」


 明はカルチと話す事で、この辺りの事について学んでいく。場所の名前は『ヌルルの草原』。魔界の外れで近くの街までは急いでも2日はかかる。魔素濃度が高くないので魔人はいない。今は草原だけど、昔は何もなかった。カルチ達妖精が少しずつ草の種を植えたり大地に力を注いで整備していった――。


「カルチはすごいんだな」

「いや、俺の仲間がすごいんだ」


 カルチはそう言うと照れくさそうに頭を掻く。その仕草が可愛らしくて、明の顔は自然に緩んだ。次は何を話そうかと彼が話題を探したていたところで、どこからか声が聞こえてくる。


「……おい、起きろ」

「え?」


 その声の主は戻ってきたクロ子だった。彼女に体を揺さぶられて明は目を覚ます。ただ、すぐには意識が現実と同期出来ずにいた。


「あれ? カルチは?」

「何言ってんだおめえ」

「妖精だよ、ここに……あれ?」


 彼は自分の手のひらを黒髪少女に見せる。しかしその上には何も乗ってはいなかった。この現実に、明は認識が追いつかずに言葉を失う。


「寝ぼけてんじゃねえぞ。しっかりしろ」

「いや、いたんだよ確かに。虫の妖精でカルチって言って、沢山話したんだ。この草原の事とか……」

「じゃあ話してみろよ。夢じゃないならしっかり説明出来るはずだ」


 クロ子の挑発に乗った明はカルチとの会話で得た情報を立て板に水を流すように話し始める。草原の名前やこの草原の位置、この地域の歴史など――。

 最初はバカにしたような顔だったクロ子も、最後には真顔になっていた。


「嘘だろ……。合ってるどころか、オレの知らない事までなんで知ってんだよ」

「だから……」

「夢の中で本当に出会っていたんだろうな」

「先生!」


 会話に割って入ったレミアによると、相手の思考に入る魔法もあるらしい。その時は相手の望む姿で現れる事が多いのだとか。

 何を伝えるかは魔法の使用者次第ではあるものの、悪質なものならそのまま精神を壊しに来る場合もあるらしい。


「だから明、君に興味を持ったものが善良な魔族で良かったな」

「魔族? あれも?」

「ちなみに、虫の魔族の本来の姿はアレだ」


 レミアは親指を後方に向けてその方向を見るように促す。明が視線を向けると、そこには50センチくらいの怪獣のような邪悪な見た目の虫が、ムシャムシャと豪快に草を食べていた。

 一番近くにいたのがその虫だったので、クロ子がニタリと笑みを浮かべる。


「アレがおめえの言うカルチさん?」

「いや、もっと可愛かった! 手のひらに乗るくらいだよ!」

「だって夢の中では別の姿で現れるんだろ? 名前を呼んでみようか?」

「やめてよ! もういいよ!」


 自分の認識が崩れそうなのもあって、明はクロ子の行動を止める。こうして、彼の精神に侵入してきたのが一番近くにいたゴツい虫かどうかの検証は中止になった。

 情報源は怪しかったものの、カルチの話していた情報は正しかったらしく、クロ子は顎に指を当てる。


「でもすごいよな。その虫が話したって情報は大体合ってるよ」

「虫じゃなくて妖精だよ!」

「そこは割とどうでもいいだろ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る