魔界編
ヌルル平原
第35話 ゲートを抜けた先の世界
ゲートを超えて魔界にやってきた一行。レミアは軽く着地、クロ子は思いっきりジャンプした上での躍動感のあるダイナミックな着地、突き出された形でゲートに入った明はすっ転んだ状態で大地に体を打ちつける形の無様な着地になった。
「ぐへっ!」
「全く、明は情けないな」
「クロ子が押したんじゃねーか」
「それはお前がトロトロしてっからだろが」
魔界に着いて早々始まった漫才に、レミアはククク……と1人静かに笑う。ひとしきり思いを吐き出した明は、改めて周囲を確認した。
目の前に広がる景色は地上の草原と何ら変わらない。空も青いし、そこに浮かんでいる雲は白いし、植物は緑色だ。
「ここ……マジで魔界なん?」
「そうだぞ。君は魔界の空が紫だとでも思ってたのか?」
「いや……うん。後、荒野が広がってるのかなって」
「そんな世界なら魔族が住みたいと思わないだろう?」
レミアの言葉に、明は自分の思い違いに気付く。彼の魔界のイメージは生き物が住むのには不適切な不毛の大地。しかしそれだと誰が好き好んで住むと言うのだろう。
魔族が住んでいいと思える世界にしないと誰も引っ越さない。つまり、魔界に魔族を隔離させるには、最低限地上と同じ条件である必要があると言う事。その条件を満たしているから、魔族は全員魔界に越してきたのだ。
「そっか……。何だ、じゃあ魔界って別に怖くな……そうだ、魔素!」
魔界に充満する魔素の存在を思い出した明は急いで口を手に当てる。その焦り具合を見たクロ子は笑い、レミアは軽く憐れむような目で彼を見る。
「大丈夫だ。君達には魔素を弾く魔法をかけてある。魔素の影響はない。そもそも、もし無防備で来たならもう苦しんでいるはずだろう?」
「なら良かった。って、じゃあ、あの遺跡の森を突っ切る必要は?」
「十分戦闘の経験が積めただろう?」
「ぐぬぬ……」
明はレミアにハメられた気がして、気を悪くする。怒りで何も言えなくなっているところで、クロ子が彼の背中をバンバンと景気よく叩いた。
「まぁいいじゃねえか。こうして無事に魔界に来れたんだし」
「それとこれとは話が別だよ。嘘をつかれたんだよ?!」
「まぁ気にすんな。大事なのはこれからだ」
「これから……」
レミアの仕打ちは簡単に水に流せそうにはなかったものの、これからと言う言葉に明は指を顎に乗せた。そうして、この旅の目的を改めて思い返す。
「僕達が魔界に来たのって、魔王に会うためなんだよね」
「ああ、だから目指すは魔王城だ」
「じゃあ、今から転移で向かおうよ、先生は行った事があるんでしょ?」
「いや、ここからは歩きで向かう」
レミアの言葉を聞いた明は、背景が謎の宇宙空間になる。予想外の答えが返ってきたからだ。何故転移と言う便利魔法があるのにそれを使わないのか。どれだけ考えても、その答えは自分の中では導き出せない。
大魔女の出した結論に納得が行かなかった彼は、無意識の内にその疑問を口に出していた。
「何故歩きで?」
「ここはもう魔王のテリトリーだ。下手な動きは警戒されるかも知れない。魔王が私の知る魔王でなくなっていたら、どう言う反応をされるか予想がつかないんだ。まずは情報を集めながら慎重に動こう」
「な、なるほど?」
「明! レミア様の決断に口を出すんじゃねえ!」
クロ子が明の言動に毛を逆立てて激怒する。主人の決定に異議を唱えたのだから当然だ。暴行が始まると察した明は、すぐにうずくまって頭をガードする。
けれど、特に何も起こらなかったので、彼は恐る恐る顔を上げた。
「一度は許してやる。二度目はないからな!」
「えぇ……。でも納得が行かなかったら理由くらい聞いたっていいじゃん」
「二度目はないからな!」
「ひィィ……。クロ子怖い……」
狩り顔の猫耳少女に明は頭が上がらない。ずっと様子を見ていたレミアが、やっとここで助け舟を出した。
「クロ、その辺にしなさい。明も悪気があった訳じゃないんだ」
「はい! レミア様!」
大好きな主人の言葉に、クロ子は秒で機嫌を直す。それを見た明は心の平穏を取り戻して立ち上がると、大きくため息を吐き出した。
「それで、まずはどこに行くの?」
「まずはここがどこかを確認しないとな。以前のゲートは王宮に繋がっていたのだが……」
レミアの話によると、ゲートからの出現位置も弄られているらしい。昔は魔王城の施設内にゲートの出口が設定されていて、すぐに魔王に会えたのだとか。
「ゲートから出たのは確かなはずなのに、そのゲートがこの辺りのどこにもない。つまり、出現位置だけを意図的にずらされたんだ。その改変がなければ、本来は魔王城に出ていたはずだ」
「隙を生じぬ二段構えってやつかあ。魔王軍も考えてるね」
「じゃあ、オレがちょっとこの辺りを調べてきます! レミア様はここで待っていてください」
クロ子はカラスに変身すると、そのまま空高く飛んでいった。明はこの光景に驚いて硬直する。使い魔だから猫以外にも変身出来ておかしくないのだけれど、もうひとつの形態が鳥だったのは想定外だったのだ。
「先生、クロ子は猫なんですか? それともカラス?」
「ああ、猫だ。ただ、もっと役に立ちたいと言うのでああなった」
「他にも変身出来るんですか?」
「今のところは猫と人とカラスだけだ。今後は増えるかも知れないがな」
そう話すレミアの顔は誇らしげだった。使い魔の成長が嬉しいのだろう。明は、今まで自分に見せてきたクロ子の力はまだまだ一部なのかも知れないと思いを馳せる。
これからのスケジュールはクロ子からの報告待ちと言う事で、取り敢えず2人はその場に腰を下ろした。吹き抜けていく弱い風が心地良い。
「本当、こうしていると地上と何も変わらないすね」
「明、よく見てみろ。全く同じではないぞ」
「え?」
レミアの言葉に、明は周囲を丹念に見回す。空や山の形は地上と変わらない風だったので、注目すべきは大地に生えている植物や飛び回る虫達だろう。動物はすべて魔獣だと思われるものの、明達の周囲にその気配はなかった。
ゲートでの転移先がもし魔王軍の策略ならもっと危険な場所に飛ばせばいいはずなのに、どうしてこんな穏やかな場所に飛ばしたのかと彼は別の事を考えてしまう。
「そんな変ですか?」
「ちゃんと見てるのか?」
「え? あっ?」
改めて指摘された事で今度はしっかり周りの草を見ると、地上では見られなかった謎の造形の草ばかり生えている事に気付く。
葉の形がやたらと歪だったり、見た事のない花が咲いてたり、放射状に葉がとがった草があったり、常にうねうねと動いてるのがあったり、根を足のように動かして移動する植物まであった。
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