第34話 疾風のジン

 魔瘴剣の危険度を肌で感じとった魔獣は、明の手から叩き落とそうと突進して襲いかかってきた。どうやって倒そうかと思い悩んだ彼は、この剣の特性を使いこなす事に重点を置く。


「瘴気よ! 包み込めェ!」

「ウ、グルグルグルグル……」


 明の気合で切っ先から発生した瘴気によって、アルマジロは生きながら腐っていく。彼が剣を抜いてほんの数秒で勝負は決まった。相手に接触する前に勝つ事が出来たのだ。

 この結果には、明本人が信じられない風だった。


「マジかよ……」

「すげえじゃん明。おっと、刃をこっちに向けんな! 殺す気か!」

「あ、ごめんごめん」


 明は剣を鞘に納めるとドヤ顔でピース。クロ子はそんな彼とグータッチをして勝利を分かち合った。


「一気に頼もしくなりやがって」

「えへへ」

「だが、殺してはいけない相手には使えないな。その瘴気は強すぎる」

「そこはコントロールしてみます。多分出来るはず」


 この明の頼もしい言葉に、レミアも笑顔になった。こうして新武器の肩慣らしも終わったところで、3人は改めてゲートが設置されている3階の一番奥の部屋に向かう。

 その後も何度か魔獣と遭遇したものの、明の魔瘴剣の敵ではなかった。


「瘴気を出すだけで倒せるって、剣技とか関係ないなあ」

「いいじゃんか。お前、元々剣の達人でもないんだし」


 クロ子のツッコミに、明は上手い返しが出来ない。図星だからだ。とにかく、魔瘴剣のおかげで一行は難なく目的の部屋に辿り着く事が出来た。

 高さが5メートルはありそうな大きな扉を前に、レミアがくるりと振り返る。


「この先にゲートがある。みんな心の準備はいいか?」

「でも、きっと中には強敵もいるよ」

「バッカ、明。レミア様より強い存在なんかいないっての」

「それは……そうかもだけど」


 その後も漫才は続いたものの、クロ子からも明からも不安の言葉は出てこなかった。そこで、レミアは適当なタイミングで扉を開ける。すごく重そうな鉄の扉は、彼女が触れるだけで軽く開いた。

 部屋の中には確かに人の気配があり、レミア達が入るとゆっくり近付いてきてその正体を現す。それは全身緑色のタイツを着て、鳥の仮面を被った謎の男だった。


「ようこそ。我が地下ダンジョンへ。ここまで来られたのは観光ですかな? でしたらここが終点です。どうかお帰りくださいませ」

「久しぶりだな、ジン。ふざけるのはやめてここを通してくれ」

「おや、誰かと思えばレミア様。これはお久しぶりです。ですが、通せません。誰1人ここを通すなと言われていますので」


 どうやら緑タイツ男のジンとレミアは知り合いのようだ。ただし、だから顔パスで通してくれると言う話ではない。彼は誰かから命じられて門番のような仕事をしているのだろう。

 ジンとは初対面だった明は、自分が置いていかれたような感覚になる。


「先生、あの緑の変態と知り合い?」

「ああ、あいつは四天王の1人、疾風のジンだ。その名の通り素早い」

「へえええ」


 明はお約束の四天王の登場に目を大きくする。そもそもレミアは魔王とも知り合いなのだから、その部下の四天王と面識があってもおかしくはない。ただ、見た目がただの変態だったため、自分の中の四天王のイメージとのギャップに分かりやすく落胆した。

 一方のジンは、自分の前に現れた3人に対して改めてじっくりと観察をし始める。


「おや、初めて見る顔ですねえ。お2人はレミア様のお子さんですか?」

「何だそのつまらんボケは。この娘は私の使い魔で、この子は魔王の関係者だ、多分」

「魔王様の関係者? 魔力の欠片もないその少年が?」

「まぁ私もよく分かっていないんだがな……」


 レミアはジンと話しながらその前を横切ろうとする。当然その行為は止められた。


「だから通しませんよ」

「融通が効かないな。知らない仲じゃないだろう?」

「むしろあなただから通せないんです。あなたは力が強すぎる。魔界に何の用があるんです」

「彼を魔王に会わせようと思ってね。それだけだよ」


 レミアから目的を聞いたジンの視線が明に向けられる。仮面越しなのでかなり不気味だ。明は挨拶をするべきか悩むものの、鋭いナイフのような圧に口を動かせなかった。


「ただの人間を魔王様に会わす訳にはいきません」

「君の意思はどうでもいいんだ」


 レミは杖を生成してジンにかざす。鳥仮面はすぐにバックステップをして距離を開けると、道化師のようにおどけてみせた。


「脅しですか? 私がそれに屈するとでも? あなたの魔法は私には通じませんよ?」

「じゃあ、試してみよう」


 レミアは無詠唱魔法でジンを攻撃。しかし、火炎弾の火龍は避けられ、高圧水流の水龍も避けられ、床が盛り上がる土龍も避けられ、突風の風龍すら避けられる。流石は疾風のジンと呼ばれるだけはあった。

 4大元素魔法全てを無効化され、それでもレミアは静かに笑みを浮かべている。


「やるじゃないか」

「あなたは腕が落ちたのではないですか?」

「なら、これはどうかな」


 次にレミアが使ったのは雷魔法の雷龍。光の速さで落としているのにも関わらず、それすらもジンは紙一重で避ける。


「だから無駄ですよ。何をしようと」

「では何故攻撃してこない? 避けるだけか? それでも四天王か?」

「言いますね……ではっ!」


 そう言った瞬間、ジンの姿が消える。その超高速のスピードを活かして攻撃に転じたのだろう。クロ子と明が固唾を飲んで見守る中、この勝負は予想以上に早く決着が着いた。

 レミアの目の前でジンがひっくり返ったのだ。


「な、何故……? 体が……痺れ……」

「私は周囲に毒龍を纏わせていた。無味無臭の即効性の毒だよ。近付いた時点で君の負けは確定していたんだ」

「こ、これはしてやられ……ゴフッ」


 ジンは負け惜しみの言葉を言い終える前に気を失う。レミアの作戦勝ちだ。明が彼女の勝利に興奮する中、使い魔のクロ子はこのバトルの経緯に首をひねる。


「レミア様、何故本気を出さなかったんですか? こんなヤツ瞬殺出来るのに」

「クロ、私達は魔界に戦争を仕掛けに行くんじゃない。話し合いをしに行くんだ。魔王軍の幹部を舐めプして穏やかに話し合いが出来るかい? 善戦したように見せて魔王側にも多少の花を持たせておかないとな」

「コイツ、トドメ刺しときましょうか?」

「いいんだ。私達がゲートを通るまで寝ていてくれれば」


 こうして邪魔者はいなくなり、3人はゲートへと向かう。そこにあったのは偽物のダンジョンにあったのと同じ見た目のもの。

 先行するレミアがまたしても躊躇なく飛び込んだのを見て、明は少し戸惑う。


「行くしか……ないのか」

「早く行けっての」

「うわっ、やめろって」


 クロ子に背中を押され、明は突き落とされるようにゲートに飛び込んだ。猫耳少女もすぐに後に続き、全員がゲートを潜る。

 こうして一行は地上を離れ、魔界へと足を踏み入れたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る