第32話 ダンジョン攻略中
水にトラウマがあるのか、単に生理的に苦手なだけなのか、水が溜まり始めた段階でクロ子が明にしがみつく。彼も泳ぎは得意じゃないので、水攻めがスタートした時点で顔が絶望の色に染まっていた。
3人中2人が絶望する中、頼りになる大魔女はくるりと部屋を見渡して、この罠の仕組みを考察する。顎に指をおいて考え事をしている姿は、実に余裕たっぷりだ。
「せ、先生、助けて……」
「レミア様ぁ……」
「まぁ待ち給え、これは興味深い」
「こっちはそんな余裕ないんですよーッ!」
現時点の水位は明の膝小僧の辺り。クロ子にもまだ余裕がある。ただ、このペースで水が注がれ続ければ、やがて全員が立ち泳ぎをしなくてはいけなくなる。更に水が満ちていけば部屋は水で満杯になり、全員が水没してお陀仏だろう。
気が焦った明は、この部屋を脱出する一番簡単な方法をレミアにせがんだ。
「早く転移魔法で部屋の外に! 水がヤバいから!」
「レミア様、お願いにゃ!」
「いや待て、それならいつでも出来る。しかしそれをしたらこの部屋の仕組みは分からないままだ」
「そんなのどうだっていいじゃないですかー!」
2人の必死の懇願も、レミアには馬の耳に念仏だった。研究者の顔をのぞかせた大魔女には頼っていられないと、明は自ら動く事を決意する。
「この手の罠は室内にそれを止めるギミックがあるはず。探そう、クロ子!」
「オレはもう無理にゃあ……。明、頼むにゃ!」
「……しゃーない。任せろ!」
誰も頼れない事実に一瞬明は戸惑ったものの、勇気を奮い起こして彼は動き始める。室内にはスイッチ的なものが全く見当たらない。なので、手当たり次第に触ったり踏んだりし始めた。実際、それ以外の行為が思い浮かばないのだ。第三者的な視点で見ると滑稽極まりない動きをしていたものの、彼自身は真剣そのもの。
普段はそう言う行動を目にしたら笑ってからかうクロ子が、今回ばかりは必死にエールを送っていた。
「明ー! 頑張るにゃー! お前の頑張りがオレ達を救うにゃー!」
「任せろい!」
明が孤軍奮闘し、レミアが部屋の仕組みに興奮し、クロ子が泣き叫ぶ。水攻めの室内はまさにカオス。何も問題は解決されないままに水は溜まり続ける。
やがて、クロ子の肩まで水が溜まった。この状況に、正気を失った彼女は絶叫する。
「死ぬのは嫌にゃーッ!」
「僕だってゴメンだよ!」
「ま、ここが潮時か」
レミアは壁に向かって火龍を打ち込む。意外と脆かったのか、たった一撃で壁は崩れ、水は大量に流れ出していった。この部屋の破壊で罠の仕組みも壊れたのか、注がれ続けていた水も止まる。
正当な方法での罠の解除をするでもなく、力押しで危機は呆気なく去ったのだった。
「さ、探索を続けようか」
「あ、はい……」
「やっぱりレミア様はすごいにゃ」
その後もダンジョンをくまなく歩き回り、最後に残った部屋に入る。3人の前に待ち受けてたのはゲートではなく、下の階に通じる階段だった。
この予想外の展開には、さすがのレミアも戸惑いの色を隠せない。
「まさか多層構造になっていたとは……」
「こう言うのは最下層にお目当てのものがあるってのが定番だよね」
「仕方ない、降りるか……」
一行はゲートを目指して階段を降りていく。辿り着いた先の地下2階は更に広くなっていた。現れる魔獣も一階より強くなっており、特に明は虫系の素早い魔獣に翻弄される。
人をおちょくるいやらしい動きをするのもあって、命中率が著しく低下したのだ。
「当たれやーッ!」
気合を入れて叫んでも結果は変わらず、全長が1メートルくらいの蚊のような魔獣が明に迫る。こんなのに血を吸われたら一瞬で失血死だ。
想像しただけで気が遠くなった彼は、腰が抜けてその場に座り込んでしまう。
「く、来るなっ」
「情けないぞっと!」
ヘタレた明の背後からジャンプしたクロ子が、落下の勢いを利用してサクッと一撃で虫を片付ける。彼女はくるりと振り返ると、まだ腰を落としている明の腕を握って強引に立たせた。
「しっかりしろよ。ここには虫がまだまだ飛んでんぜ」
「う、うん。ありがと」
起き上がった彼は、虫を警戒して歩みが遅くなる。これでは攻略も遅くなると、クロ子が明の背中をバシッと強く叩いた。
「痛っ!」
「緊張しすぎだバカ。普通に歩けよ。虫はオレが倒すからお前は虫以外をやれ!」
「じゃあ、虫はクロ子に任せた!」
こうして連携を取りながら、地下2階の探索は続く。相変わらず罠もあったものの、1階とパターンは同じだったので3人も段々と対応に慣れていった。
2階が1階と違う点は広さと魔獣の強さだけではなく、特定の部屋に待ち構えるほかより強い魔獣とお宝の存在だ。特定の部屋に入ると、まるでゲームみたいに強い敵が宝箱を守っている。
中に入っているのはマジックポーションとか、魔石とかのアイテム系が多い。お宝とは言え店で売っているものばかりで、レミアも十分に持ってきている。なので有り難みは薄かった。
「もっといいお宝はないのかなあ……」
「そんな都合よく行くかよ」
夢を見る明に対して、クロ子は現実主義者。この状況を受け入れつつも、過度な期待は一切しない。それは主人のレミアの性格から来ているの可能性が高そうだ。何故なら、大魔女も淡々と遺跡攻略をこなしていたからだ。
「さて、後はこの部屋かな」
「よーし、腕がなるぜえ!」
「出た!
「うっせえよ!」
地下2階の最後の部屋に到着した一行はその先へと進む。待ち構えていたのはお約束のように巨大魔獣、全長約5メートルのカマキリタイプだった。カマキリなので両腕のカマ攻撃に注意しないといけないものの、常時飛ぶタイプでもないし体も大きいので、明の弓でも十分に対処が出来る。
初っ端からの弓の連射で呆気ないくらい簡単にカマキリは倒れた。体が柔らかかったため、全ての矢が致命傷になったようだ。
「おっ、宝箱」
明はカマキリの背後に宝箱を見つける。彼が胸を弾ませながらそれを開けると、中に入っていたのはこのダンジョンの地図だった。しかも、資料のような形になっており、地下2階だけでなく1階と3階の地図も書かれている。
明が地図を眺めていると、クロ子が彼の肩にヒョイと登って覗き込んできた。
「これは便利だぜ」
「これは地図と言うか、このダンジョンの設計図だな」
その地図によると、ダンジョンは地下3階まであり、3階の奥に目指すゲートがあるようだ。目的地点が確定したと言う事で、一行のテンションは瀑上がりする。
一通り眺めて満足した明は、レミアに地図を渡した。
「ゲート、下の階にちゃんとあるみたいすね」
「この地図が正しければな」
「1階と2階はこの通りだったんでしょ? じゃあ大丈夫だよ!」
そう、レミアはマッピングの魔法を使ってダンジョンの内部構造を記録していたのだ。その情報と手に入れた地図が2階まではピタリと一致。
それもあって、3人はテンションを上げながら最後の3階に降りていくのだった。
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