第27話 巨大オークの正体と森の洗礼

 オークの丸太のような腕が明に迫る。それを紙一重で避けた彼は、今すべき事を改めて認識した。戦わなければ殺されると。

 とは言え、攻撃対象は全長5メートルの巨大モンスター。迫りくる迫力は半端なかったものの、緊張がマックスになっていたので逆に冷静に体が動く。的が大きいので外す心配もないと、オークに向けて矢を放った。


「喰らええっ!」

「グオッ!」


 矢はオークの大きな腹に直撃。しかし、その分厚い脂肪によって簡単に弾き返される。初撃の失敗を目にした彼は、すぐに対変異イタチ戦で開眼した連射をしたものの、ただ複数の矢が弾き返されただけだった。


「無敵かよ!」

「バカ! 腹を狙うな!」


 クロ子は既に素早さを活かしてオークの背後に回り込んでいる。明もまた距離を取ろうと走り出した。森は木々が多く、巨体オークは思うように動けない。ただ、その怪力で邪魔な木をへし折ってく。それだけでこのモンスターの怪力具合が理解出来た。


「でもあんな大きいのによく今までこの森で生活出来てたな」


 へし折った木をそのまま武器にしないあたり、オークの知能は高くはなさそうだ。明はオークへのヘッドショットを試みる。まだ説得をあきらめてはいなかったので、狙うのは硬い額だ。強いショックを与えて正気に戻す作戦だった。


「あったれぇーッ!」


 走りながら矢を射つと言う慣れない事をしたため、当然軌道は反れる。当たりはしたものの、オークの耳を削ぐ結果となった。腹の脂肪は厚くても、耳の方は無防備だったらしい。

 このヒットで、オークを耳を押さえて泣き叫ぶ。


「イダァァァイ!」

「えっ?」


 予想外の反応に明の足は止まる。彼が様子をうかがっていると、オークはどんどんその大きさを縮ませていった。これには攻撃のチャンスを図っていたクロ子も呆気にとられている。


「どうなってんだこれ?!」

「やっぱボクじゃ無理だったんだよおお」


 すっかり縮みきったオークの身長は130センチくらい。ゴブリンよりちょっと大きい程度だ。大きさだけでなく、性格も子供のようですっかり敵意もなくなっている。

 その姿を目にした明は弓を降ろすと、泣き叫ぶオークに近付いてしゃがみ込んだ。


「さっきはごめん。話を聞いてくれる?」

「ボクを殺さないでぇぇぇ!」


 子供オークはそのまま森の奥に消えていく。この予想外の展開には明もクロ子も目を丸くするばかりだった。


「えぇ……と?」

「アレはバーカーサーの魔法だな。自分で自分にかけたか、誰かにかけられたかしたんだろう」


 バトルが幕を下ろしたところでレミアが現れて解説をする。つまり、怖い思いをさせて追い出す作戦だったようだ。ただ、そこにも軽い疑問は生じる。


「でも本気で襲ってきたけど」

「バーカーサーになると理性を失うからな。ダメージを受けたところで正気に戻って魔法も解けたところからみると、不完全なものだったのだろう」


 レミアいわく、バーサーカーの魔法は巨大化と凶暴化のほかに痛覚の麻痺効果もあり、本来なら腕がもがれても平気らしい。耳が削がれたくらいで魔法が解けたのは、術者が未熟か魔法が体質に合わなかったかのどちらかだろうと。


「何にせよ、追い払えてラッキーだったな」

「オークはまた襲ってくる?」

「それは分からんな。とにかく遺跡に急ごう。次々に襲われては時間のロスになる」


 レミアはそう言うと若干早歩き気味に歩き始める。遅れないように明達もすぐに後に続いた。森は未整備で歩き辛かったものの、その難度は秘湯に向かう山道程度だったので、明も何とか先行する大魔女についていけていた。


「このまま襲われる事なく遺跡に着けるかな」

「油断すんなよ。この森には魔人も魔獣もいるらしいからな」

「クロ子の感覚を頼りにしてる、頼むね」

「バッ、お前も気を張れよ!」


 3人が遺跡を目指す中、全く妨害がない訳ではなかった。角が生えた野犬のような魔獣が襲ってきたり、イノシシが突っ込んできたり、人のような顔をしたようなヘラジカが遠くから謎の威圧をしてきたり。オークを追い払った事で魔人こそ姿を現さなかったものの、そこからは魔獣のオンパレードだった。

 基本的にそれらの対処には明とクロ子があたる。レミアはよっぽどのピンチ以外では静観していた。2人を信頼しているのか、それとも楽をしているだけなのか。


「なぁクロ子、先生はどうしてフォローしてくれないんだろ?」

「バッカおめえ、オレ達で対処出来てるからだろが」

「そう言うものなのかなぁ……」


 若干納得のかないところがあるものの、明も特に不満は覚えずに襲い来る魔獣達を倒しまくる。妨害は森の奥に行くにつれて頻繁になっていくものの、環境に慣れてきたのもあって効率良く対処出来るようになっていった。

 そんな中、5匹くらいの赤い目をした猿を追い払ったところで、明が重大な事実に気付く。


「あっ、矢がなくなった……」

「何ィ! 無駄撃ちするからだぞ!」

「今日はそんな外してないよ!」


 2人が言い争っていたところで、レミアが追加の矢を出して明に手渡す。いつもとは違う彼女のその態度に、彼はちょっと戸惑った。


「え? いいの?」

「今日は修行じゃないからな。どんどん使っていい。ストックはまだまだある」

「あざす!」

「だが、無駄撃ちはするなよ」


 こうして3人は森の中を迷う事なく進み、魔人達の仕掛けた罠も突破し、森の何処かにある遺跡に向かって突き進む。その歩みはいつしか小走りになっていた。

 ここまで順調に進めていた事が裏目に出たのか、明は突然出現した虎の魔獣に対処出来なかった。


「ゴアアアッ!」

「うわあああ!」


 その一撃は彼の腹部を傷つける。服にかけられていた防御魔法のおかげで深手は負わなかったものの、何もないところから襲ってきたと言う恐怖に明の足はガタガタと震える。

 虎はまたすぐに姿を消し、隙をうかがっていたクロ子の反撃を許さなかった。


「消えやがった! 油断すんなよ」

「何だよアレ、魔法なの?」

「だろうな。オレの目も耳もヤツを捉えられねえ。厄介だぞ」


 多分この戦いを終えられれば遺跡に辿り着く。明はそう直感する。しかし姿を消されてしまっては成す術がない。クロ子ですら補足出来ないものを、凡人の明が対処出来る訳もなかった。

 しんと静まり返った森に、プレッシャーだけが重くのしかかってくる。


「こんなに森が静かだなんておかしいよ! 」

「でも賑やかだと更に気配が辿れないからな」

「虎って狩りの天才だよね? このまま狩られちゃうのかな……」

「バッ、弱気になるな!」


 明が戦意を喪失しかけたところで、突然地面が盛り上がる。そればかりか、その先端には大きな虎が突き刺さっていた。この現象に、明は魔法の使役者の顔を見る。

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