森の中の遺跡

第26話 ソロムの森

 魔界に繋がるゲートがあると言う遺跡に向かう事が決まった一行。ついに本命の魔界に行くと言う事で、それぞれしっかりと準備を整える。武器や防具はレミアがたくさんストックしているので、それら以外での準備だ。服とか、下着とか、非常食とか、ピンチの時の薬だとか。

 明はそう言うのがよく分からなかったので、全てクロ子の指示通りに買い物をしていく。


「後は魔界でも使える磁石や魔素濃度計、チョコレートにビスケット……」

「お菓子増えてきたな」

「お菓子は結構大事なんだぞ。心を落ち着かせてくれる……」

「じゃあ、沢山必要だな!」


 こうして買い込んだ物資は、レミアの魔法空間アイテムボックスに収納されていった。全員の準備が整ったところで、レミアを先頭に遺跡に向かって出発する。レミアが足元に展開させた魔法陣に乗ったところで、3人の周りの景色は一変した。

 転移が終わって周りの景色を確認した明は、そこが自分の想像したものではない事に首をひねる。


「あれ? 遺跡は?」

「遺跡はあの森の中だな」

「え? もしかしてあの森って……」

「そう、問題になってる徐々に魔界化しつつある森だ。あの中には魔族もいる」


 レミアの爆弾発言に、明は困惑した。


「どう言う事? 遺跡の場所が分かってるならダイレクトに飛べば……」

「遺跡はかなり魔素濃度が濃い。いきなり飛んだら慣れていない君は体調を崩すだろう。ここから進んで徐々に慣れていく方がいいんだ」


 レミアに説得されて、明も不満をゴクリと飲み込む。全員の心の準備が整ったところで、3人は森に向かって踏み出した。


 魔界化が進行しているその森の名前はソロム。魔族が現れるようになったのは、今から約20年前らしい。最初は数が少なく、森からも出ないために数を増やしている事は知られていなかった。

 その辺りの事情を、クロ子が得意げに語る。


「森の雰囲気がヤバいって多くの人が気付くようになったのが10年前なんだ」

「それってクロ子が使い魔になった頃じゃん。何か関係あんの?」

「さあね。オレもこの森に来るのは初めてなんだ。レミア様が来なかったから」


 ソロムの森が問題になり始めたのが10年前。その頃にクロ子がレミアの使い魔になった。明はこの2つの出来事がリンクしてるように感じられて仕方がなかった。ただ、それを当人に聞く勇気を持てず、疑惑は自分の心の中にしまい込む。

 そこで会話が途切れたので、沈黙に耐えられなくなった明は次の話題を思いついた。


「使い魔って寿命が10倍だって言うけど、どうやってそうなったの?」

「レミア様が時間鈍化の魔法をかけてくれたんだ。体内に流れる時間の流れを遅くしてくれるんだぜ」

「明も欲しいならかけてやるぞ。今なら無料サービスだ」


 会話に入ってきたレミアがいたずらっぽく笑う。時間鈍化の魔法は多くの人が欲しがる不老不死の魔法に近いものだろう。ただ、明はそれを羨ましいとは思えなかった。


「僕はいらないです。みんなと同じように歳を重ねたい」

「ほう、その道を選ぶか」


 彼の答えを聞いた大魔女は、意味ありげにフッと軽く笑う。そこに僅かな淋しさを感じ取った明は、頭の中で妄想を膨らませた。


「もしかして先生って自分に時間鈍化の魔法を? 確か昔は普通の人間だったんですよね?」

「私にその魔法をかけてくれたのは師匠だ。勿論私が望んだからだがな。望まなければ、普通の人間の一生を終えていた。そう言う魔女だっている」


 偉大な大魔女は昔の事を思い出したのか、空を見上げながら遠い目になる。淋しく笑った理由の一端が分かって、少し心配になった明はレミアの顔を見た。

 思いを吐き出して吹っ切れたのか、その表情はいつも通りの凛々しさが戻っている。


「この生き方に後悔はしていないぞ。私は魔法の深淵を知らねばならないからな。そのためには時間がいくらあっても足りないんだ」


 そんな話をしている内に、一行は森に足を踏み入れた。途端に空気中の魔素濃度が上がり、明は強い耳鳴りと頭痛に襲われてしゃがみ込む。


「頭がッ! 頭が割れるよーに痛いッ!」

「それが魔素の洗礼だ。森の魔界化が確認されたところで急いで結界が張られて魔素の流出は抑えられたが、変わりに結界内の濃度がぐんと上がった。どうする? 引き返すなら今だぞ」


 頭を抑えながら、明は自分の様子を心配そうにうかがっている大魔女とその使い魔を見る。2人共この濃度でも平気そうだ。

 自分1人が落ちぶれているように感じた彼は、気合を入れて立ち上がる。


「このくらいが、何だい!」

「無理はしなくていいんだぞ」

「ちょっと休んだら大丈夫。行こう」


 謎の主人公ムーブをかまし、明は目一杯強がる。それがバレバレだったので、クロ子が呆れて肩をすくめた。


「何粋がってんだか。明らしくねえぞ」

「うっせえよ」


 そんな感じで漫才をしながら森の中を歩いていると、奥の方からガサガサと物音が聞こえてくる。この森に住む魔族が3人を排除しにやってきたのだろうか。場に緊張感が漂い始め、明も弓を構えて周囲に目を凝らす。


「クロ子!」

「わーってる。油断すんなよ」


 クロ子も猫耳を立て、手を猫に戻して爪を出している。臨戦態勢だ。そんな中、レミアは涼しい顔で普段通り。やはり大魔女ともなると、この程度の緊張感では動じないのだろう。近付く敵の正体も把握しているのかも知れない。正体が分からないからこそ、過度にプレッシャーがかかるのだから。


「先生、何が来てるか分かりますか?」

「これはオークだな」

「魔族、ですよね?」

「ああ、魔素を撒き散らしてる、分かりやすいよ」


 大魔女のアドバイスで敵の正体も分かり、明は弓を引く。オークなら魔法人形でその行動パターンは把握済み。彼は耳を澄まして出現位置を探る。

 やがて、ひときわ大きい音を立ててその巨体が3人の前に姿を現した。


「ウォウォウオオオォォォオオ!」

「出たァァァァ!」


 出現したオークに明は絶叫する。人間とさほど変わらない大きさをイメージしていた彼の前に現れたのは、全長が5メートルはあろうかと言う巨大モンスター。そのまま攻撃に移ろうとしたところで、以前ゴブリンと戦った時の記憶が蘇る。

 明は構えを解くと、オークの顔をじっと見つめた。


「は、話を聞いてくれ! 僕達は君達を退治しに来た訳じゃない!」

「何やってんだ! 攻撃しろ!」

「でも亜人はみんな会話が出来るんだろ! だったら無駄なバトルは……」

「よく見ろ! 興奮している相手に話が通じるか!」


 クロ子は攻撃を放棄した明に檄を飛ばす。確かに今のオークは極度の興奮状態で目もイっている。とても話を聞いてくれそうな状態ではなかった。


「ウゴアァァァアア!」

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