第25話 温泉街の秘密
「お、明も出てきたのかにゃ」
「そっちもすっかり出来上がってんね」
「もう部屋に戻るにゃ?」
「いや、卓球コーナーを見てみたくて」
この一言で、クロ子がその場所に案内してくれる事になった。ついていくと、お目当ての場所はすぐに見つかる。この手の場所はゲームコーナーも併設されていたりするけど、流石にないだろうなと明は期待せずに足を踏み入れた。
「嘘……だろ?」
そこに混見慣れた卓球台と、立ってプレイするゲーム機――アップライト筐体――が10台ほど並んでいた。奥には馬車に乗って旅をする体感ゲームもある。このまさかの展開に明は言葉が出なかった。
驚きのあまり硬直してると、背後から聞き慣れた声が飛んでくる。
「入り口で立ってると邪魔だぞ」
「先生、アレって」
「ああ、魔導ゲーム機だな。魔力で動く遊戯マシンだ。まだ王国にはないからな。珍しくて驚くのも分かる」
「こんなものまであるなんて……」
説明を受けた明はその筐体のひとつに向かう。画面になっていたのは直方体に加工されたクリスタルで、それが表示しているのは昔の縦スクロールシューティングスタイルのゲームだった。明にとってはレトロゲーの類になるけれど、この世界の人達は夢中になってプレイしている。
全てのゲーム機に人がいて、順番待ちをしないと遊べなさそうだ。
「まぁ、並んでまでするものでもないか」
縦シューが苦手な明は早々にあきらめ、他のゲーム台も覗いてみたものの、どのゲームもレトロゲーっぽくて彼の好みのものは見当たらなかった。
「卓球でもするかな……あれ?」
明は、一緒に入ってきたはずの猫耳少女が見当たらない事に気付く。キョロキョロと見渡していると、ゲーム筐体のひとつに彼女はいた。キャラクターを操作して敵を倒すタイプのアクションゲームをプレイしている。
「うにゃっうにゃっ! シャーッ!」
何人も近付けさせない雰囲気を出していたため、明も声をかけるのをやめた。卓球の相手候補にはレミアもいたものの、彼女が180センチと長身なのもあり、勝負にならないとあきらめる。
手持ち無沙汰になった彼が休憩用のベンチに腰を掛けていると、大魔女が同室に設置されている自販機で買ったジュースを差し出してきた。
「有難うございます」
「温泉は楽しめたかい?」
「あ、はい。いいお湯でした」
「それは良かった」
2人はそれぞれのペースでジュースを飲み、まったりとした時間が流れていく。この温泉街について色々と気になるところがあった明は、今がチャンスだと質問をぶつけた。
「この街を作ったのって日本人ですよね? でも、1人2人異世界転移したくらいじゃ、ここまでのものは出来ないと思うんですけど」
「この街を作ったのは確かに異世界人だと言われているな。で、君の指摘の通りだ。彼らは元々小さな島に住んでいた。その島が一晩で沈んで、この時に島民全員がこの地に次元漂流して彷徨い着いたらしい。当時のこの国の王は彼らをこの地で暮らすように命じ、独自の文化が発展したと言う話だ」
「興味深いですね」
「ああ、そうだな」
その後、結局レミアと卓球をする流れになり、明は全敗。その内にゲームをクリアしたクロ子も合流して彼女とも卓球勝負をしたものの、やはり勝てなかった。
「やーい最弱~!」
「ぐぬぬ……」
「そろそろ戻ろうか。食事の時間だ」
不完全燃焼の明を残し、女性陣が部屋に戻っていく。ワンテンポ遅れて彼が部屋に戻ると、テーブルの上に見事な食事が用意されていて、先に戻っていたレミアとクロ子が満面の笑みで舌鼓をうっていた。
「うんまうんま」
「あ、やっと戻ってきたな。君も食べるといい。美味だぞ」
「本当に和食だ。これ、僕のいた世界の料理だよ。まぁ、食材が違うだろうから味は違うかもだけど」
「じゃあ、確かめるといい」
レミアに勧められるままに、明も食事を始める。まず手元にある箸――をすぐには取らずにまずは合掌。やはり和食を前にしたらこの儀式は欠かせない。
「いただきます」
最初に手を付けたのは海老の天ぷら。身がプリプリで実に美味しい。次も天ぷら。て言うか、まず全ての天ぷらを片付ける。
「うまいうまい」
「何で泣いてんだよ」
「だって異世界でこんな美味しい天ぷらが食べられるなんて、贅沢すぎんだろ」
「そんなものかねえ」
和食に感動して涙を流す明を、クロ子は呆れた顔で眺めていた。その後も刺身、玉子焼き、茶碗蒸し、焼き魚、お吸い物、カニなどを次々に平らげていく。どの料理も美味しく、ご飯も他の料理に負けなくらいに絶品だった。
あっと言う間にきれいに食べ尽くした明は、足を放りだしてお腹をさする。
「食べた食べた。まんぷくぷー」
「すげえ食べっぷりだったな。感動したぜ」
「いやあ、それほどでも」
全員夕食を食べ終わり、女性陣2人は食後の入浴だと部屋を出ていった。1人残った明は、満腹で眠気が襲ってきたのもあって先に布団に潜り込む。和風の宿なので当然畳に直に布団が敷かれてあった。
フカフカで暖かくいい匂いのする布団が、彼の疲れた体を優しく包みこむ。
「こう言う布団も風情があっていいよなぁ……」
横になった明は一瞬で眠りに落ちていく。そのまま朝まで夢も見ないほどに熟睡したのだった。
「おい、起きろ」
「ふにゃ?」
「体調も戻ったようだな」
まだ寝ぼけ眼の明の顔を魔女服のレミアが覗き込む。ひと目見られただけで体調を見抜かれた彼は、もっと休んでいたいと布団を深く被った。
「いや、まだ調子が……」
「私に嘘は通じん。君はもう全快だ。修業を再開するぞ」
「ええ~っ!」
「ほらほら! 布団から出た出た!」
クロ子に掛け布団を引っ剥がされ、明は渋々いつもの服に着替えて宿を出た。心のモヤモヤが晴れなかった彼は、お土産を買うのをまるっと忘れてしまう。
宿を出たところでそれに気付いた明は、回れ右をしたところでクロ子に腕を引っ張られた。
「おめえが向かう先はそっちじゃねえよ」
「お土産買い忘れたんだよ」
「誰に渡すんだ?」
「あ……」
お土産は誰かに渡す物。今の明に帰りを待つ者はいない。そもそも帰る場所もない。自分用に食べる需要もあるけれど、それも空しい気がした彼は沈黙。
クロ子の一言で現実に引き戻された明は、渋々レミアの作った魔法陣の上に乗る。
その後も明は様々なフィールドで原生生物とバトルを続けた。ある程度コツを掴み、ルーティーンで倒せるようになったところで、レミアは計画を1段階先に進める事を決断する。
「明、次の目的地は遺跡だ」
「遺跡? そこには何が?」
「魔界に通じるゲートがある。行くぞ」
こうして、ついに一行は元々の目的地である魔界に向かう事になったのだった。
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