第24話 異世界の温泉街と温泉宿

「先生、ここって……」

「あ、かなり独特の文化だろう。ローロスと言ってね。王国とは別の国の街なんだ」

「ここ、僕が元いた世界にそっくりなんですよ」

「なるほど。そう言う事もあるのか……」


 明の報告に大魔女は考え込む。シンキングタイムが3分ほど続いたため、ここまで蚊帳の外だったクロ子が不満をぶちまけた。


「レミア様! そう言うのはどうでもいいから、まずは宿に向かいましょう」

「そうだな。話の続きは宿についてからだ」


 どうやら、この温泉街の中にレミアの行きつけの宿があるらしい。クロ子もそこを知っているフシがある。土地勘のない明は先行する2人に付いていきながら、それとなく話を振った。


「クロ子もよく来るの? ここ」

「まぁ月イチくらいな。美味しいご飯も食べられるし最高なんだ」

「へぇ、いいなそれ」


 そこからクロ子による温泉宿の話が続く。宿の温泉もさっきの秘湯に負けないくらい気持ち良くて、出される食事も最高のようだ。浴衣に似た服が民族衣装な事で分かる通り、出される食事も刺身とか天ぷらなどの和食っぽい感じらしい。なんと、湯上がりの娯楽に卓球台まで用意されているのだとか。

 聞けば聞くほど、明の頭の中に日本でお馴染みの温泉のイメージが広がっていく。


「どこまでも日本ぽい……どうなってんだ?」

「しかも、温泉は素っ裸で入るのがルールなんだ」

「え? それ普通じゃ……ないか」

「男女分かれてなかったら恥ずかしすぎる」


 珍しく恥ずかしがるクロ子を見た明は、彼女が普通の女の子のように見えてちょっと戸惑う。しかも、猫耳を出したままなので可愛さがレベルアップしていて、思わず頭に手を乗せたくなった。

 しかし、すぐにその気配は察知されて、ジト目でにらまれてしまう。


「何をするつもりだ?」

「え? あ、いや……」

「勝手に触んな」


 そんなやり取りをしてると、前を行くレミアの足が止まる。どうやら彼女の定宿に着いたようだ。明が宿の正面に体を向けて確認すると、本当に日本によくあるタイプの和風の宿だった。5階建てくらいはある、かなり本格的で老舗っぽい建物だ。


「絶対これ日本人が関わってるだろ……」

「じゃ、みんな入ろうか」


 レミアに連れられて一行は宿の中へ。諸々の手続きは彼女がしてくれたので明は珍しそうに宿の中を見る。すると、温泉宿ではお馴染みの土産物屋さんがすぐに目に入ってきた。箱詰めのお菓子がたくさん並んでいる。

 そのすごく見慣れた光景に、彼の好奇心がうずいた。


「やっぱりまんじゅうとかがメインなのかな?」

「コラ! 余所見すんな。部屋に行くぞ」


 土産物屋さんの方に足が向きかけたところで、明はクロ子に耳を引っ張られる。


「痛い痛い。分かったから」

「土産は最後だ。順番間違えんな」


 こうして、一行はまず今晩泊まる部屋に移動する。日本だとその場所まで歩いていくけれど、魔法が普通のこの世界では転移魔法陣で一瞬で部屋の前まで移動出来る。

 部屋の中に入ると、やはり室内は純和風の作りになっていた。


「畳、テーブルの上にあるお茶のセットに座布団……」


 むちゃくちゃ日本の温泉宿の雰囲気なのだけど、何か強烈な違和感を覚えた明は首をひねる。その間に、レミア達はすっかりくつろいでいた。

 クロ子は座布団の上にちょこんと正座して、いそいそとお茶を入れている。


「明も座れよ。お茶飲むか?」

「あーっ!」

「なんだ?」

「テレビがないんだここ!」


 そう、宿と言えばテレビ。しかし科学技術がそのレベルに達していないこの世界にテレビがあるはずもない。違和感の正体が分かった明はやっと落ち着けた。

 座布団に座った明はクロ子が出してくれたお茶を飲む。すると、これまた緑茶そのものの味がして彼は思わず苦笑い。


「再現度たけーなおい」

「何言ってんだ?」


 明はデジャブを覚えても、クロ子にその感覚は分からない。なので、彼女は明のリアクションに小首を傾げるばかり。

 2人がそんなコントじみたやり取りをしていたところで、レミアがすっと立ち上がる。


「私は風呂に入ってくる。2人共、好きな時に入ってくれ」

「じゃあオレも行く!」

「じゃあ、僕も……」


 こうして3人はそれぞれ温泉に向かった。男湯と女湯は別なので、この時点で明と女性陣2人は別行動だ。入浴の準備をした明は一階にある大浴場に向かう。

 男と書かれた暖簾を予想していたら、流石に漢字ではなくピクトグラムで男女を表現していた。多分この街が国際的な観光スポットだからだろう。明は何度か確認して暖簾をくぐる。脱衣室で服を脱いでいざ出陣。


「おお……」


 目の前に広がる見慣れた光景に明は感嘆の声を漏らす。そこはまさに日本の温泉そのものだった。考えてみれば、さっきまで入っていた秘湯も日本人のセンスで作られていた。この街の住民があの秘湯も整備したのかも知れない。

 人気観光スポットの中にある宿だけに、何人もの先客が既に湯船に浸かっている。明もそれに習ってまずは体を洗い、湯の中に入る。少し熱めの温度が気持ちいい。


「ふう~極楽~」

「兄ちゃん、一人旅かい?」

「え? いや、家族……じゃないな。友達……でもないし、仲間? と来てます」

「そうか。訳ありなんだな。温泉楽しんでくれよ」


 彼が1人でいるからか、周りのお客さんが次々に話しかけてきた。話せる事は話し、話せない事は沈黙で何とかその場をやり過ごす。レミアと一緒に来ている事は黙っている事にした。面倒な展開になるのを防ぐための方便だ。


「それで、おじさ、お兄さんはよくここに?」

「あはは、おじさんでいいよ。俺は年に一回くらいかなぁ。お金貯めないと来れないからさ。命の洗濯だ」

「ここ、豪華ですもんね」

「でも値段分の贅沢が出来るからな。だから止められねえ」


 明は本来は口下手な方だ。けれど、温泉の雰囲気がいい方向に効果を発揮したのか、周りの人達と自然に会話が弾んでいった。会話の内容は他愛もない雑談で、明は聞き役に徹してこの世界の人々の暮らしを知っていく。

 飲みに誘われたりもしたものの、未成年だと言うと残念そうな顔をして話を切り上げてくれた。みんないい人で彼の心も暖かくなる。


 大浴場の奥には露天風呂もあり、明はそちらも楽しんだ。温泉の熱さと外気温の涼しさがちょうどいい。他にも薬草の湯とか水風呂なんかもあって、明は好奇心の赴くままに挑戦していく。

 どれも気持ちよくてすっかり出来上がった彼は、更なる刺激を求めてキョロキョロと顔を動かした。


「やっぱ、サウナはないか……」


 一通り楽しんだ明は、お風呂から上がって浴衣に着替える。その足で宿の中を歩き回った。クロ子の話にも出てきた卓球コーナーを探していると、廊下を歩く当人とばったり再会する。

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