第23話 山の中の秘湯

「あの岩さ、人為的なものだよね。どうしてこんな所にあるんだろう」

「さあ。レミア様なら知ってるかも」


 この言葉を聞いた明は、前を歩く大魔女を呼び止める。振り返ったレミアはすぐに彼のもとに駆け寄った。


「あの岩の事について何か知らない? 自然のものじゃないよね」

「ああ、精霊石か。ここは聖域の一部で、あの石はかつては結界だったものだ。岩には様々な文字で祝福の言葉が刻まれているぞ」

「今は違うの?」

「星の位置が変わったからな。今は別の場所の石が同じ役目を果たしている」


 レミアいわく、この辺り一帯が神域だった時代があったらしい。その時に余計なものを寄せ付けないように力のある岩をいくつも配置して、広範囲結界を作っていたのだとか。石の力は失われてはいないものの、結界としての役割は終わったとの事。

 そんな壮大な話を、明は時折うんうんとうなずきながら興味深そうに聞き入っていた。


「先生は何でも知ってるなあ」

「教えてもらった話の受け売りだ。私自身がすごい訳じゃない。それより温泉が見えてきたぞ」


 レミアはすっと前方に指を指す。明が視線を向けると、確かに温泉が確認出来た。ここに来るまでは全く人工物が見られなかったのに、温泉のある場所には小屋や柵などがある。きっと利用者が整備したものなのだろう。

 目的地が分かったのもあって、明は気力を取り戻して元気よく歩いてく。


「おい、1人で先走るな!」

「ここまでくれば介助もいらないだろう。私達も入ろうか」


 温泉に着いた明はまずその全容を確認する。目的の温泉は大きな露天風呂のような雰囲気だ。水面から立ち上がる湯気が気分を高めさせてくれる。秘湯だけに先客はおらず、後から新しいお客さんが来そうな気配もない。実質貸切状態だった。

 彼がキョロキョロと顔を動かして周囲を物色していたところで、クロ子達も温泉に到着する。


「着替えないのか?」

「く、クロ子? ここ混浴なの?」

「見たら分かるだろ」

「ええっ」


 この温泉に仕切りなんてない。そこから明は様々な妄想を膨らまし始めた。ここにいるのは女性2人と明1人。1人は元々猫だから元の姿に戻るかもだけど、レミアはナイスバディだ。そんな彼女達と一緒に温泉に入ってもいいと言う事になれば、これはもう役得としか言えない。

 健全な高校生男子が妄想をたくましく膨らませていると、レミアが釘を差してきた。


「興奮するのは構わんが、ちゃんと温泉用の服に着替えるんだぞ」

「あ、はい……」


 青少年の淡い期待は呆気なく弾け、明は小屋に移動する。そこにはジェンダーレス水着のようなランニングとハーフパンツが繋がったような白い服が用意されてあった。


「うっ、クソダセェ……」


 しかし着替える以外の選択肢はないため、彼は渋々この水着のような温泉服に着替えていく。魔法の素材で出来てるのか、サイズはピッタリで意外と着心地は良かった。


「でもこれじゃ、体を洗う事は出来ないなぁ……」


 折角着替えたのだしと彼が小屋を出ると、全く同じ服を着た2人に遭遇。ビキニ的な水着を期待していた彼の幻想も打ち砕かれた。白が濃くて透けてもいないし、体のラインもそこそこカバーされている感じだ。

 明はこのヒドい仕打ちに絶望して、心から絶叫する。


「だと思ったよおォォォォ!」


 温泉自体はちょっと熱めで心地良く、深さも丁度良く、しかもしっかり混浴だったので段々明の心もほぐされていく。一緒に浸かっている2人も特に彼を意識はしていないようだ。


「ふぅ~気持ちいい~」

「とろけるにゃぁ~」


 クロ子は猫耳を出して最高にリラックスした表情になっている。口調も普段と違ってふにゃふにゃだ。この温泉の雰囲気がそうさせているのかも知れない。

 レミアも同じ温泉に浸かっているものの、明は彼女のいる方向に顔を向けられない。見てはいけないと言う精神的縛りのようなものが発生していた。


「水着着てるけど、それでもダメだよな……」


 ちなみにレミアは2人とは微妙に離れた場所で背後の岩にもたれかかっていて、明とクロ子は真ん中に近い場所で温泉を満喫していた。

 ただ浸かっているのに飽きたクロ子は、バシャバシャと泳ぎ始める。


「にゃはははぁ~」

「ちょ、泳ぐなって。……まぁいいか。他に誰もいないなら」

「気持ちいいのにゃぁ~」


 クロ子が泳ぎ始めて、明も移動して背後の岩にもたれかかる。そこでぐいーっと腕を伸ばして泳ぐ猫耳少女を目で追っていると、レミアが近付いてきた。


「どうだ、調子は?」

「あったかくて気持ちいいです」

「ふむ」


 彼女は明の額に手を当てる。自然にレミアのボリューミーなバディが目の前に迫ってきた。彼女から醸し出されるフェロモンや、温泉と言う非日常感、その他諸々のシチェーションが必然的に彼の心拍数を瀑上がりさせる。


「やはりまだ完全に回復はしないか……」


 明の体調を感じ取った大魔女は、何かを閃いたのかザバリと勢いよく立ち上がる。


「ヨシ! 移動しよう」

「え?」


 決断したら即実行と言う事で、レミアは早々に温泉から出てしまった。残された明達はぽかんと大きく口を開けて呆然としたものの、2人だけ残る訳にもいかず渋々大魔女の後に続く。


「もっと入っていたかったにゃあ~」

「実質5分くらいだったもんな。後5分は入っていたかった」


 湯上がりホカホカで着替えて2人が小屋から出ると、レミアが足元に魔法陣を発生させて待機していた。きっと一気に転移するつもりなのだろう。

 その様子から、明達も彼女が速攻で温泉を出た理由を理解する。


「先生、今度はどこに?」

「温泉宿だよ」


 レミアはそう言いながら決め顔を見せる。その魅惑的なワードを聞いた明は日本の温泉街をイメージし、すぐに頭を振る。まさか中世ヨーロッパっぽいこの異世界で準日本風な温泉宿なんてある訳がないと、都合のいい妄想をかき消したのだ。

 ちなみに、同じ言葉を聞いたクロ子はぴょんと猫耳を立て、目をキラキラと輝かせていた。


「温泉宿! やったにゃ!」

「クロ子、キャラ変わってんぞ……」


 明が猫耳少女の豹変に若干引いていると、全員揃ったと言う事でレミアの足元にある魔法陣が発動。ほんの瞬きの間に3人は別の場所に転移する。

 移動先の景色を目にした明は、その見覚えのある景色に自分の目を疑う。


「温泉街じゃん……」


 そう、そこは日本人にとっては見慣れた温泉街そのものだった。もしかしたらこの辺りの地名は熱海とか草津とかなのかも知れない。この世界の温泉も地元の人に人気らしく、かなりの人が行き交ってる。浴衣によく似た服を着ている人も多かった。

 この状況に逆にカルチャーショックを受けた明は、ニヤリと笑みを浮かべているレミアの顔を見る。

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