第21話 明、病に伏す

 レミアの魔法で傷も治り、一行は転移魔法で王国の宿屋に移動する。そう、初めて明が泊まったあの宿だ。

 雨は王国でも降っており、戦闘で疲れが溜まっていた明は雨音を聞きながらそのまま眠り込んでしまう。


「じゃあ私は協会本部に泊まるから、クロ、後は任せたよ」


 クロ子に彼のサポートを任せ、レミアは宿を出る。実質上の解散なので、クロ子も猫に戻って宿内の探索を始める。その度に宿泊客や授業員に可愛がられ、彼女も心の疲れを癒やしていった。

 やがて日も暮れて、夕食の時間が訪れる。クロ子は部屋から出る気配のない明を呼びに行った。


「おーい! 晩飯の時間だぞ」


 返事が返らないので、いつものように壁抜けをして部屋に入る。そうして少女の姿に変わると、寝ている明の顔を覗き込む。


「別に寝ててもいいけど、晩飯食べないのは勿体ないぞ……うん?」


 クロ子の目が映したのは、苦しそうにしている明の姿。熱もあるし、呼吸も乱れている。何が原因かは分からないものの、どうやら彼は何かしらの病気に侵されたようだ。この異常事態に、クロ子は軽くパニクった。


「えっと、どうしよう? どうしたらいいのこれ!」


 至近距離で騒いでいるのに、明は目を覚まそうとしない。それだけ症状が悪化しているのだろう。クロ子は怪我の経験はあっても病気の経験はない。病人を看病した事もない。なのでパニックになるのも当然と言えた。

 ただ、ここは宿の中。彼女はまず受付の人に助けを求める。


「あの、明が病気みたいなんです!」

「それは大変、お医者様を呼ばなきゃ」


 その後、連絡を受けてお医者さんが宿にやってきた。すぐに部屋に通して明を診てもらう。お医者さんは苦しむ彼に声をかけるけれど、やはり目を覚まさない。布団をはぐって触診などをし、その上で彼の病気の正体を推測する。


「これは呪いの類かも知れん。もしそうなら、ワシにはどうする事も出来ん」

「そんな……」

「熱もあるし、熱冷ましの薬は出しておこう。後は経過次第じゃな。また何かあったら呼んでくれ」


 お医者さんがあまり役に立たなかった事から、クロ子は主人に、レミアに頼る事にした。雨はもう止んでいたので、夜の街を彼女は一気に走り抜けていく。

 協会本部のビルに着いたところで、異変を感じたレミアがクロ子の前に現れる。


「何があったんだい?」

「あ、明が!」


 その一言で大体の事情を察したレミアは、クロ子を抱いて一気に明の部屋まで転移。ベッドの上で苦しそうにしている彼を見て顎に手を乗せる。


「ふむ。医者が呪いと言ったんだよね。じゃあ、白龍を試してみよう」


 レミアは杖を出現させ、その上で場を清めるために聖水を振りまく。準備が整ったら杖を掲げ、呪文を唱えながらリズミカルに振り始めた。すると、杖の先から光の糸が出現してゆっくりと明の体に溶け込んでいく。


「祓い祓い祓い給え。光の精霊、白の精霊、命の精霊、呪いの源を断ち切り給え。レンダル、フイーダ、コントト、その力を示し給え……」


 レミアの解呪の魔法をクロ子は瞬きひとつせずに真剣に見入っている。この手の魔法をレミアが使う事がまずレアだからと言うのもあった。クロ子は呪いを弾く加護を受けて、そう言うモノと無縁になっている。

 なので、他人が呪われた時にどうすればいいのかを学んでいたのだ。


 やがて、魔法の効果が現れたのか、明の表情が少し明るくなる。と同時に、今度は強く咳き込み始めた。


「ゴホッ! ゴホゴホッ! ガハゲヘグフゥ……。あれ?」


 自分の咳の勢いで明は目覚める。そうして目の前にクロ子とレミアがいる事に気付き、目を丸くした。


「え? 何で2人がいるの?」

「明、調子はどうだ?」

「うん、なんかダルい。頭も重い。調子は良くないね。ゴホッ!」


 症状を聞いたレミアは懐から薬を取り出す。魔女と言えば薬。御多分に漏れず、彼女もまた薬作りの達人でもあった。


「呪いが解けたならこの薬も効くはずだ」

「何ですか? それ」

「君の症状に効く薬だ。飲みなさい」


 その言葉に催眠作用があったのか、明はその薬を素直に受け取り喉に流し込む。完全に胃袋に落とし込んだところで、それを合図にしたみたいに突然激しく咳き込み始めた。


「ゴホッ! ガハゲヘグフゥ! グフッゲフッ!」

「おい! 大丈夫か!」

「ちょゲフッ! うまくしゃゴフッ! れなゴホォ!」

「レミア様!」


 クロ子に名前を呼ばれ、レミアは小さく魔法陣を描く。そこに手を伸ばした彼女はしばらく何かを探すように魔法陣の中をまさぐった。


「えーと、確かこの辺りに……。あったあった」


 魔法陣から取り出したのは、紫色の液体が入った容器。咳止めの薬らしい。それを苦しむ明に手渡す。


「ぐいっと一気に飲みなさい。咳が止まる」

「ありがゴホッ!」

「返事はいいから今すぐに飲む」


 少し強めに言われたのもあって、明は言われた通りに一気に飲み干した。その効果もあったのか、彼はすぐに深い眠りに落ちていく。寝息も落ち着いていたので、きっと薬が効いたのだろう。

 クロ子は、さっきまでと打って変わって穏やかに眠る明の姿を見て胸を撫で下ろす。


「これで大丈夫ですよね?」

「まだ分からない。明日の朝、彼がスッキリ目覚めてくれるかどうかだな」

「オレがしっかり様子を見ます!」

「頼んだよ、クロ」


 後の事をクロ子に任せ、レミアはまた協会本部に転移していった。スヤスヤと眠る明を見守りながらクロ子も仮眠を取る。何かあった時にすぐに起きられるように猫耳を立てて。

 そうして、その夜はゆっくりと静かに過ぎていった。



 翌朝、小鳥達のさえずりにクロ子が目を覚ますと、明はまだ死んだように眠っていた。その様子を目にして心配になった彼女は思わず声を掛ける。


「おい明、大丈夫か? 元気になったか?」

「……」


 いつも寝起きの悪い彼の事、普通に話しかけたくらいの声量では反応なんかあるはずがない。それだけ深い眠りについていると言う事はもう寝苦しさとは無縁なのだろうと、クロ子も安心する。

 けれど、それから1時間が過ぎても一向に起きる気配がない。体を揺らしてもひっぱたいても全く反応がなかった。


「まさか、おまえ……」


 最悪の想定をしてしまったクロ子は、彼の胸に顔を埋める。すぐに心音を確認した彼女はため息をひとつ吐き出すと、明の体にコネコネ猫マッサージを始めた。


「生きてんなら起きろよぉぉ。何か怖いからさぁぁ」

「うぅ~ん、気持ちいい……。あ、おはよ」


 コネコネで目覚めた彼は頬を高揚させながらクロ子の顔を見る。その雰囲気はまだ本調子ではない事をうかがわせる。


「明、もう平気か?」

「まだ体はダルいかな。まぁ咳は止まったから楽にはなったけど……」

「今日一日寝てるか?」

「そうだなぁ……」


 明が返事を考えていたところで、レミアが転移してくる。


「まだ調子が悪いのか。治りが遅いのは君が異世界人だからなのかな」

「そうなのかも……」

「レミア様、すぐに治せませんか?」


 クロ子に懇願されて、レミアは指を顎に乗せる。しばらく思案にくれていたものの、そこで何か閃いたようだ。


「そうだ! 温泉に行こう!」

「「えっ?」」


 こうして、一行はレミアの知る温泉に向かう事になったのだった。

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