第20話 雨の中の戦闘

「もう大丈夫だ」

「良かったあ」


 明はクロ子の無事を確認して胸を撫で下ろす。光が収まると、猫耳少女はただの黒猫の姿に戻っていた。回復に力を使い果たして、人の姿を維持出来なくなったようだ。


「久しぶりの黒猫姿だ」

「回復すれば目を覚ますよ。今日はもう休もうか」

「あのイタチみたいなのはもう襲ってこない?」

「結界を張れば問題ない。アリ一匹通さないよ」


 こうして、波乱万丈の一日は終わる。ちなみに、レミアは魔術協会の会合で一時的に席を外していたようだ。巨大イタチの登場は彼女にとっても想定外で、その気配を感じて急いで切り上げて戻ってきたのだとか。

 夕食後の雑談タイムに、明は戦闘時に発生した謎現象について質問する。


「倒したはずなのに、何で復活したんだろう」

「あのイタチは回復の魔法を使ったんだ。それもかなり高度な」

「えっ? もしかして魔獣だったの?」

「いや、魔獣を殺して食べたせいで魔素器官を取り込んでしまったんだろう。稀にそう言うものが生まれるんだ。それで暴走してこの平原まで彷徨ってきていたのだろうな」


 レミアいわく、魔獣の体にある魔素器官を普通の動物が取り込むと、自我を失って目の前の生き物を襲うだけのバケモノに成り下がってしまうのだとか。そう言うのを倒すのも魔女の仕事らしい。


「クロは今回初めて対峙したから油断したんだろう。ま、何事も経験だ」

「ああ言うバケモノって、みんな死にかけても復活するんですか?」

「いや、どんな魔法を使うかは取り込んだ魔素器官によって様々だ。回復魔法を使っていたのはたまたまだな」


 その後も質疑応答は続き、明はこの世界の生態系の多様性の奥深さをまたひとつ知る事になったのだった。



 翌朝、明がテントで惰眠を貪っていると、聞き慣れた声が起こしに来た。


「オラ、てめぇ起きやがれ! 朝飯出来てっぞ」

「やあクロ子おはよう。無事回復して良かったよ」


 明は呼びに来た黒髪少女の元気そうな姿を見て安心する。起き上がった後、その少女の姿を興味深そうにマジマジと見つめた。


「な、なんだよ……」

「いや、今日は猫耳じゃないんだなって」

「アホか! あれは緊急時だけだ!」

「可愛かったのに……」


 明が不服そうな態度を取ったところで、クロ子は顔を赤らめながらポカポカと発言者の顔を叩く。最初は軽いじゃれ合いレベルの強度だったものの、叩く度に段々と威力が増していった。

 最後には岩をも砕くほどの強打になったため、耐えられなくなった明は逃げるようにテントから抜け出す。


「もう叩くなぁーっ!」

「うっせ! 早よメシ食うぞ!」


 朝食を終えた明は、また戦闘の修行を開始する。昨日のイタチがこの辺りで暴れまくったせいなのか、全く巨大獣が現れない。

 退屈な上に日差しも暖かく、彼のまぶたは徐々に重くなっていった。


「平和だなあ」

「おい」

「ふあぁ~あ」

「何あくびしてんだ! 気合入れろ!」


 やる気のなさそうな明の態度にムカついたクロ子が、彼の腰に怒りの蹴りを入れる。このアクションで明はアメリカの子供アニメのカートゥーンみたいに高く飛び上がり、大袈裟に痛がった。


「ふんぎゃっ!」

「もっと真面目にやれい」

「いやいないじゃんどこにも。あくびくらい出るって!」

「おかしいなあ。いつもだったら……」


 クロ子は何故今日に限って巨大獣が出ないのかと、キョロキョロと周囲を見渡す。水平方向に視線を泳がせた後、おもむろに顔を上空に向けた。

 すると、さっきまで澄み渡っていた青空にどんどんと雲が押し寄せてきているのを確認する。


「やばいな。雨になるぞ」

「えっと、この修行って雨天決行?」

「雨次第だなあ……。取り敢えずオレはテントを張っとくわ」


 雨になった時の準備のためにここでクロ子が離脱。レミアも用事でいなかったので、現場には明が1人残される事になった。テントの設営は慣れた作業なので30分もあれば戻ってくるだろうけど、その間は完全に誰の邪魔も入らない。

 明は何度も周囲を確認してゴロンと横になった。この時点で既に空一面を雲が覆っていたものの、雨はまだ降ってはいない。気候的にも暑くも寒くもなかったので、そのまま彼はまぶたを閉じた。


「ちょっとだけ仮眠しよっと」



 その頃、クロ子はテントの設営場所を探していた。晴れているならどこでも構わなかったものの、雨が降るなら雨水が溜まらないと言うのが最低条件だ。雨量にもよるけれど、クロ子の天然生体センサーが大雨を警告していたため、彼女は適切な場所を探して歩き回る。


「ここもちょっと違うな。テントじゃない方がいいか? いっそ街に移動して……」

「どうしたんだ、クロ」


 クロ子が迷走していると、そこにレミアが現れる。彼女の用事も終わったようだ。主人に出会った使い魔はすぐに事情を説明する。

 話を聞いて空を見上げた大魔女は、手を頭上に上げて大気中の成分の分析をした。


「この様子だと野宿は厳しいね。宿に泊まろうか。明を呼んできてくれ。濡れる前に転移しよう」

「了解です!」


 レミアの指令を受けたクロ子は明を呼びに行く。その道中でポツポツと降り始め、彼女が現場に戻った頃には大雨になっていた。ゲリラ豪雨並のいきなりの大雨だ。

 濡れるのが苦手なクロ子は、この時点でかなりテンションが下がる。


「うえぇぇ……。もうヤダァ……」


 黒髪少女は体中をビショビショに濡らしながら、近くにいるはずの明を探す。感覚を総動員して見つけ出すと、彼は戦闘中だった。

 アーチャーの明は襲ってくる巨大獣に矢を放つものの、相手がすばしっこく逃げ回るので当てられていないようだ。


「一体何と戦って……ネズミ?」


 そう、明の相手は大型ネズミ。大型とは言えネズミなので、その大きさは120センチくらいだ。昨日のイタチに追われてたものよりも小柄で、だからこそその動きはとてもすばしこい。弓で狙うには不向きな相手だ。

 今のままでは明に勝ち目はないと踏んだクロ子は、急いで彼のもとに駆け寄る。


「痛てーッ!」

「明ーッ!」


 駆けつけたクロ子の爪の一撃でネズミはあっさり倒れたものの、明は右腕を噛まれて怪我を負っていた。その部分から血が流れていてかなり痛々しい。

 クロ子は明に駆け寄ると、他に怪我はないか彼の全身をざっくりと見回す。


「大丈夫か?」

「油断したよ。いてて……」

「怪我はレミア様が治してくれる、行くぞ」


 こうして、2人は土砂降りの中レミアのもとに移動する。大魔女は防御結界で雨を弾く空間を作って待っていた。

 明達が結界内に入ったところで、レミアが歩み寄ってくる。


「怪我をしたのか。すぐに治そう」

「お、お願いします……」


 明は昨日クロ子を治した薬的なもので対処をするのかと思っていたものの、彼女が施したのは魔法による治癒。

 傷口に向けて手をかざすと緑色の光が放射されて、みるみる内に傷口が塞がっていった。


「すごい、傷が治ってく」

「光龍と言う魔法だ。大抵の怪我はこの魔法で治る」


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