巨大イタチと負傷する明

第18話 アーチャーの修行の日々

 弓を手に入れた明は、翌朝からその実力を発揮し始める。100発100中ではなかったものの、命中率は30%以上を維持し、一発で狙い通りの場所に当てる事も少なくなかった。狩りの本能で突然現れた巨大猫でさえも、焦る事なく冷静に的確に矢を命中させる。

 肩や前足などに複数の矢を射たれ、大型獣は敵意をなくして逃げ去っていった。


「ふう、逃げてくれて良かった」

「何でとどめ刺さないんだよ」

「だって猫だもん。殺せないよ」

「甘い! やれる時にやれ!」


 今日もクロ子からの激が飛ぶ。林を抜けた先で出現する巨大生物は主に巨大な哺乳類。カエルやナメクジは倒せても、明にとって犬や猫は可愛がる対象なのだ。それがどんなに巨大であっても。


「あんなに可愛いんだよ。無理だよ」

「だからっておめー、襲ってきたら倒さなきゃだろ」

「だから追い返してんじゃないか」

「かァーッ! 話になんねえ!」


 クロ子は頭をボリボリと乱雑に掻いて苛つきを隠さない。その上で眉を吊り上げると明に向かってビシッと指を指す。


「いいか。あいつらは野生動物だ。可愛く見えてもいつ牙を剥くか分からねえ。あいつらの爪を見ろ。オレのこの爪の比じゃねえ。見た目が可愛いからって、それが凶暴じゃないなんて保証はどこにもないんだ」

「クロ子の言う事も分かるよ。だから弓で威嚇してるし痛みも与えてる。勝てないって分かればもう襲ってはこないよ。賢いんだもの。僕だって触りたいけど流石にそれは出来ないって分かってる」

「矢は有限だろ。無駄撃ちして欲しくないんだ。いざって時に矢がなかったら詰むぞ」


 クロ子の言葉から、明を心配している気持ちが漏れ出してくる。それに気付いた彼はもっと命中率を上げようと心に誓った。矢の数に限りがあるので、修行も使い切ったらその日は終了と言う事になる。

 スペアの矢はレミアがいくらでも魔法で生成してくれるのだけど、一日の使用本数が決まっている方が修行になるからと、一切の補充はなされない。


「確かにクロの言う通り、一撃秘中を目指した方がいいだろうな。手負いの獣が逆に本気で殺しに来る事もある。その経験も大事だがな」

「何それ……全然経験したくないんすけど。て言うか、場所を移動しません? 相手が可愛くなかったらきっと急所を狙えると思う」

「だからこそだ。可愛い敵も倒せるようにならないと。それがここでの修行のテーマだな」


 レミアは優しいように見えて割とスパルタだ。どんなに提案しても意見を変えてくれない。説得が通じると言う意味ではまだクロ子の方が話しやすい。大魔女には意見も文句も提案も説得も全てが無意味。その代わり、レミアの方針はいつだって正しい。流石は大魔女と言われるだけはある。

 だからこそ、明も彼女の指導に不満は一切漏らさない。黙って言われた通りに淡々と襲ってくる巨大獣達に弓を引いていた。


「こっち来んなーッ!」


 その日の修行も終わり、キャンプの準備が始まる。この地で修行を始めて一週間ほど経つものの、物資を使い切った展開をひとつも見せてない。荷物もそこまで多くはなかったので、時間を見つけては転移して買い物をしているのだろう。

 料理は主にクロ子が担当している。今日の夕食は野菜のスープに正体がよく分からない肉のステーキ。それと付け合せのサラダ。


「この肉って、まさかあの襲ってくる獣達のじゃないよな?」

「明が倒せばそいつらの肉を焼いてやるぞ」

「だから、殺したくはないんだってば」

「相変わらずの甘ちゃんだな」


 クロ子は呆れながら、それ以上の追求はしなかった。しても無駄だと学んだのだろう。明もこの話をこれ以上蒸し返さない。そこから先は穏やかなディナータイムがゆっくりと過ぎていく。


「でもクロ子の料理は本当に上手だよ。このスープも美味しい」

「何だよ、褒めたって別に何も出ないぜ。明は何が好きなんだ?」

「うーん、そうだなあ。この肉とか結構好きだよ」


 サラダを食べながら、明は目の前の料理を気に入った事をさり気なく口にする。その言葉に気を良くした料理担当は、まんざらでもなさそうな笑みを浮かべた。

 食事が進む中、スープを飲み干した少年をじっと眺めていたクロ子は、その場でふと浮かんだ疑問を口にする。


「そういや、明の口から嫌いなものって聞いた事ないな」

「僕にだって嫌いなものはあるよ。まだこっちの世界で食べてないだけ」


 この告白を聞いた黒髪少女は、何かを閃いたのかニタアといやらしい笑みを浮かべた。


「じゃあ、そいつを見つけ出して食わせてやる」

「やだよ! やめてよ!」

「いーや、絶対探すね!」


 クロ子のわざとらしい演技に、明も乗っかって会話はヒートアップしていく。彼もクロ子が本気で苦手食材を食べさせようとしているなんて思ってはいない。ただの会話のスパイスだって分かっているからこそ、大袈裟に反応してみせていた。

 こうして楽しい夕食の時間は賑やかに過ぎていく。レミアは2人のやり取りをまるで母親のように優しい眼差しで眺めていた。


 そんな巨大獣退治修行が一週間程経った頃、いつもと違う雰囲気をクロ子が感じ取る。瞳の猫目が大きくなり、中の瞳孔も鋭く尖る。全身の毛も逆だっているようだ。

 そんな彼女の緊張が、明にも何となく伝わってきた。


「何か来てる?」

「ああ、やべぇぜこれは……」


 クロ子は手を猫に戻し、いつもはしまっている爪を伸ばす。体のバランスを保つためか、尻尾も生やしていた。そして、周囲の微細な音も聞き漏らさないようにピンと猫耳も立てている。猫耳臨戦状態だ。

 周囲に漂う緊張感とは別に、明はクロ子の猫耳スタイルに興奮して息が荒くなる。


「クロ子……あのさ」

「触るな撫でるな匂いを嗅ぐな! それどころじゃないだろが!」

「あ、あはは。でも何が来るの? 犬でも猫でもうさぎでもないんだよな?」

「捕食者だ……。気を抜くなよ!」


 クロ子は姿勢を低くして様子をうかがい始める。やはりベースが猫らしく、猫の狩りスタイルを踏襲していた。これで腰を振り始めたらダッシュの前兆だ。

 普段の彼女は人間体の時は猫の習性を一切出さない。それをここまであからさまにしていると言う事は、猫の本能を使わないと勝てない相手が接近していると言う事だ。捕食者と言うからには、最初から殺しに来ている。明もその雰囲気に飲まれながら弓を構えた。


「く、来るなら来いっ!」

「焦んなよ、タイミングはオレが合図を出す」

「わ、分かった」


 野原に広がる緊張感の中、姿を表したのはネズミ達の群れだった。巨大獣が闊歩するフィールドに現れるネズミなので、人間と同じくらいの大きさだ。それが20匹くらいの集団になって必死で走ってくる。まるで何かに追われているみたいに。

 この予想外の展開に、明はパニックになる。


「うわああああ!」

「射つなよ、あいつらは逃げてるだけだ! 敵じゃない」

「えええっ?」

「本命はその後ろだ!」

 クロ子の忠告通り、ネズミ達は明達を避けて一瞬で走り抜けていった。警戒する2人の姿は、ネズミ達の眼中になかったのだろう。

 走り抜けた時に発生した生臭い突風を受けて、明は顔をしかめる。


「一体何に追われて……」

「余所見をするな! 来たぞ!」

「えっ?」

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