第17話 野良ゴブリンと魔法の弓

 クロ子はあっさりと前言を撤回した。その素直過ぎる反応は相手がレミアだからと言うのもあるだろうけど、最初から明をからかうつもりだったと言う部分も大きいのだろう。

 2人のやり取りに少し理不尽な気持ちを抱きながらも、明はまたあの緊張感の中に戻らずに済む事に胸を撫で下ろす。


「じゃあ、このまま真っ直ぐ進むって事で。この先はどうなってんの?」

「ここを抜けたらまた野原だな。景色も生態系も変わるけど」

「どんなの?」

「あの辺りだと犬や猫やうさぎかな」


 クロ子情報によると、今度は可愛らしい動物が出るらしい。ペットショップで見かけるような動物達をイメージした明は、自然に頬が緩んでくる。


「言っとくけど、大きさはオレ達より大きいからな」

「大きいのしかいないの?!」

「小さいのは街の中だけだ。探せばいるかもだけどな」


 クロ子の補足情報に明は落胆したものの、それでも街には見慣れた愛玩動物がいる事が分かって心の平穏を取り戻す。ただ、大きさが桁違いの種がいると言う事に彼は疑問を覚えた。


「でもなんでそんなに大きかったりするんだろう」

「それもマナの影響だろうな。マナを取り込めた種が体の巨大化に成功し、それらが元々の種を駆逐していったんだ。人は巨大化する代わりに魔法を使えるようになった」

「で、魔法に特化した魔族が生まれたんですね! 先生」

「ああ。その辺は覚えていたんだな」


 レミアに褒められた明は満面の笑みを浮かべる。話が盛り上がったのもあってしばらくは質疑応答が続いた。そんな簡易講義をしている内に一行は完全に林を抜ける。

 その頃には日も傾き始めていたので今日のキャンプ地の候補を探していたところ、そのタイミングで明を狙う影が背後から襲いかかってきた。


「キエエエェエエ!」

「うわあああああ!」


 いきなりの襲撃に対し、明も咄嗟に剣を抜いて対抗。襲ってきたのは単独行動のゴブリンだった。敵の獲物は棍棒。明が上手く対処出来たのは、魔法人形で体が覚えるまでゴブリン退治をしていたからだろう。

 ただし、襲ってきたゴブリンは修行時の仮想ゴブリンよりもいくらか強かった。何度かの打ち合いの末に棍棒の破壊に成功したものの、剣の方もまた砕けてしまう。


「クソ! 命拾いしやがったな!」

「シャ、シャベッタアアア!」


 武器を失ったゴブリンはどこかに逃げ去っていく。明はそれを呆然と見ているばかりだった。落ち着いたところで、テント設営を終えたクロ子が声を掛ける。


「野良ゴブリンは割と強いんだぞ、よく追い払えたな」

「アイツ、喋ってた」

「亜人種はみんな喋れるぞ。常識じゃないか」

「知らなかった……そんなの」


 明は、剣を壊された事よりゴブリンが喋った事にショックを受ける。武器が失われた事に気付いたレミアは新しい剣を渡そうとするものの、何か閃いたのかそこで指を顎に乗せた。

 彼女が近付いてきた事に気付いた明は、立ち止まっている理由が分からずに首をひねる。


「先生?」

「ああ、君に相応しい武器を考えていてね。色々試した方がいいかなと思って」


 そう言うと、レミアは明に魔法弓を渡した。魔力があれば無限に矢を生成出来る弓だ。明には魔力がないので、当然物理的な矢を使う事になる。魔法の弓なので、使用者に魔力がなくても普通の弓よりもかなり軽い力で矢を放つ事が出来る。

 早速明は弓を試してみる事にした。最初は目標を決めずにただ矢を射るだけ。それだけでも彼は謎の手応えを掴んでいた。


「これ、いいですね。有難うございます」

「気に入ってくれて良かった。君は武具を使いこなす才能があるようだな」


 すぐに弓を使いこなす様子を見たレミアは、満足そうに何度もうなずく。新しい武器を手に入れた明は色々と狙いを定めてみたものの、矢が有限なのもあって実際に射ってみたのは最初の一度だけ。この時点で既に暗くなっていたので、ちゃんと標的を狙えなかったと言うのも大きいだろう。

 その内に料理が出来上がったとクロ子が呼びかけ、一行は楽しい夕食タイムに入った。様々な出来事が起こったものの、何もかもを楽しい思い出にして1日は終わる。



 一方、レミアの魔法で吹き飛ばされたシルヴィラは、遺跡から遠く離れた砂漠に落下していた。落下時のダメージこそなかったものの、灼熱の日差しに肌を焼かれた彼女はその暑さで意識を取り戻す。


「また負けた……悔しい。それにしてもここはどこですの?」


 起き上がった彼女はすぐに冷気魔法で体感温度を下げる。キョロキョロと周りを見渡して現在地が砂漠である事を確認すると、おもむろに歩き出した。

 彼女も転移魔法を使えるので、すぐにでも安全な街に転移出来る。けれど、この砂漠に来たのが初めてだった彼女は、好奇心に突き動かされて周囲の探索を優先していた。


「こう言うところには、何かしらの面白い出会いが待っているものですわ」


 歩き回る事3時間。周囲には砂しかなく、流石のシルヴィラも歩くのに飽きて、その場にずさりと座り込む。

 歩き回った末に発見したのはいくつかの岩山と、1ヶ所のオアシスのみ。砂漠特有の巨大生物にも出会わなければ、旅の商隊にも会わなかった。まだ一部のエリアしか歩いていないものの、そろそろ街にでも転移しようかと彼女は立ち上がる。


「結局つまらない砂漠でしたわ。もう二度とここに来る事もないでしょうね」


 軽くため息を吐き出したシルヴィラが魔法の杖を砂地にザクッと突き刺した時、その感触に違和感を覚えた。気になった彼女が掘り起こすと、魔族の彫刻が出現する。


「よく出来てますわね。って言うかこれは石化した魔人ですわ!」


 彫刻の正体を見抜いたシルヴィラはすぐに石化解除の魔法を使う。一度かけただけでは無反応だったものの、それが彼女の闘争本能に火をつけて手を変え品を変え解除魔法をかけ続けた。

 27回目の挑戦で、ついに魔族にかけられた石の呪いが解き放たれる。


「ついにやりましたわ!」

「ふむ。余の封印の解いたのはお前か?」


 その言葉遣いから、かなり高貴な魔人だと言う事が分かる。お家騒動に負けて封印された貴族か何かなのだろう。シルヴィラはこの出会いに興奮して気遣いが荒くなる。


「ええ、あなたを助けたのはこの私、シルヴィラ・ミラガストですわ。あなたは誰ですの?」

「余の名はゼラム。助けた礼に願いをひとつ叶えてやろう」

「でしたら、私を強くしてくださいまし! あのレミアより強く!」

「レミアと言うのは分からぬが承知した。そなたを強くしてやろう」


 ゼラムの体から魔素があふれる。その魔素がシルヴィラを包み込み、体内のマナを黒く変色させていった。それまで持っていた魔力と魔素との融合によって、彼女は底知れない力の胎動を感じ取る。


「これですわ! 魔素と魔力で私は生まれ変わるのですわね!」


 彼女は自分の体に起こった変化を戸惑う事なく受け入れていく。魔素に侵食されていくシルヴィラの姿を見て、ゼラムは邪悪な笑みを浮かべるのだった。

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