第15話 魔女シルヴィラ

 明は立ち上がると、改めて周囲を確認する。周りに人の気配はない。目に映るのは石畳の地面と白くて丸い複数の柱。自分達が立っているのは円形の舞台の中央付近で、何かしらの儀式を行う施設のようにも見える。


「先生、ここは?」

「かつて栄えた文明の置き土産だな」

「遺跡って事ですか? 一体誰が……」


 明が真相を問いかけている途中で、彼らの前方の景色が歪む。その異様な光景を目にして、明の言葉は止まった。彼がしばらく注意深くその異常事態の経緯を見守っている間に、レミアは魔法の杖を具現化させる。

 やがて歪んだ空間は人の形を取り、1人の魔女の姿に変わっていく。金髪ロングヘアのその女性は身長が160センチくらいで、服装はレミアとそっくりだった。帽子を深く被っていて、表情はよく分からない。


「お久しぶりですわね」

「シルヴィラ……何のつもりだ」


 どうやら2人は旧知の仲のようだ。ただし、お世辞にも2人の仲はいいとは言えない。シルヴィラは強い敵意を持ってレミアを挑発しており、クロ子ですらその中に割って入れなかった。

 一行をこの場所に引き込んだ魔女は、帽子を上げてその緑色の瞳をレミアの背後にいた少年に移す。


「あらあら? 素敵な彼氏さんのデートの邪魔をしてごめんなさいね」

「用がないなら帰るよ」

「馬鹿ね。私が逃がすとでも?」


 シルヴィラの目が鋭く光る。その手に握られていた杖は、レミアに向けてかざされていた。いつでも攻撃可能だと言う意思表示なのだろう。

 レミアも杖を握ってはいたものの、攻撃の体勢は取っていない。その上で、彼女は敵意を持つ目の前の魔女に真意を問う。


「目的は何?」

「決まってますわ。勝負ですわよ。今度こそ私が勝つ!」


 シルヴィラはそう叫ぶと、自身の魔法力を開放させる。足元には光の魔法陣が展開され、湧き上がるオーラに金髪ロングヘアが翻弄され始めた。

 このあまりの予想通りの展開に明はゴクリとつばを飲む。彼はまだレミアの本気を知らない。このライバルっぽい魔女との戦いでその本気が見られると期待したのだ。


「懲りないね。いいよ。その実力、見せてみて」

「相変わらずの上から目線! いつまでもあなたの天下だと思わない事ね!」


 シルヴィラはかざした杖から無数の魔法陣を生成して魔法攻撃を開始。それぞれの魔法陣から発生したビームがレミアを襲う。その発動は1秒にも満たないスピードで、明からはほんの一瞬の出来事にしか感じられなかった。


「うおっまぶしっ!」


 この魔法によって発生した視界を奪うほどの強烈な発光に、明は腕で顔をガードしながらまぶたをぎゅっと閉じる。そのフラッシュは一瞬で収まり、光と共に発生した熱もすぐに収束する。攻撃はレミアに向けられたものであり、受けたであろう彼女からの反応は何もなかった。

 静かになったところで彼がまぶたを上げると、そこには無傷の大魔女の姿が。


「気は済んだかい?」

「キイィィィ! 何でよ! 何で私が5年かけて開発した光魔法を! 初見で! 防ぎ切れるのよォォォ!」

「あなたの努力は認める。よく頑張ったよ」

「何それ? 労ってるつもりですの? そう言うところがムカつきますわ。ここからが本番! 覚悟はよろしくてっ!」


 自慢の攻撃を防がれてブチ切れたシルヴィラは、勢いよく杖を地面にぶつける。杖からは強烈な赤い光がレミアに向かって伸びていった。それは直線状の魔法陣であり、魔法科学的な幾何学図形が次々に展開されていく。

 彼女の攻撃の魔法式を解読したレミアは、同じように杖を地面につき当てた。


「クロ!」

「はい、レミア様!」


 大魔女に名前を呼ばれたクロ子はすぐに明を連れてその場を離脱。突然お姫様抱っこをされた彼は、この急展開に混乱する。


「なっ、クロ子?」

「被害の及ばないところまで離れるぞ!」

「あ、うん」


 クロ子の肉体強化ジャンプで2人は一瞬で円形舞台から離脱。300メートルくらい離れたところで明は降ろされた。

 舞台上では今すぐにでも激しい魔法の撃ち合いが始まりそうな雰囲気だ。魔女達の周囲に漂うオーラが、魔法の才のない彼にすらハッキリと視認出来ていた。


「あのシルヴィラって強いの?」

「レミア様に戦いを挑もうなんて命知らずはあの人だけ。こう言えば分かるだろ。この世界で2番目に強い魔女だ」

「へぇ。それでまだ一度も勝ててないと」

「明の癖に勘がいいな。その通りだよ。だからいつも目の敵にされてるんだ」


 クロ子のその言い方から、シルヴィラは結構な頻度でレミアに勝負を挑んでいる事がうかがわれた。明はきっと今回のバトルもレミアが勝つだろうと予測する。隣で同じ光景を見ている使い魔少女も同じなのだろう。それは彼女の瞳の輝きからも明らかだ。

 と言う訳で、2人は魔女同士の魔法バトルを手に汗握りながら観戦する。彼らが完全に観戦モードになったタイミングで、先にシルヴィラの魔法が発動した。


「座標確定! マナモードハイ! サラマンダファイア!」


 レミアの足元まで伸びていた魔法陣がムクリと起き上がり、形を得る。それは火の精霊サラマンダーとなり、攻撃対象の大魔女に襲いかかる。灼熱の炎が対象者を含む周囲の空間ごと包み込み、じっくりと黒焦げにしていった。

 この光景を目にして攻撃の成功を確信したシルヴィラは、ニヤリと口角を上げる。


「この魔法はあなたの火龍より火力が高いんですの! だから絶対に防げませんわ!」


 ドヤ顔の彼女は自分の放った魔法に絶対の自信があるようだ。彼女の放った魔法の炎はまだ燃え続けてるものの、同じ光景を目にしている使い魔と少年はその魔女の言葉を全く信じてはいない。


「あんな事言ってるけど?」

「シルヴィラはレミア様の力の底を知らねぇんだ。見てな」


 クロ子が言う通り、またしても攻撃を受けた側のレミアからの反応はない。それはつまり、攻撃が全く効いていない事の証明だ。悲鳴も苦痛の声も上げない事に何も疑問を抱かない実力No.2の魔女は勝ち誇ったように揺れる炎を眺めている。

 その勝利の象徴の炎が突然消え去った。現れたのは大きなシャボン玉のような魔法の膜に包まれたレミア。炎が消えた事でシャボン玉もパチンと消滅した。この急展開にシルヴィラの目が大きくなる。


「何……ですって……?」

「やるじゃないか。腕を上げたね」


 クロ子の推測通り、レミアは全くの無傷だった。この結果に納得いかないシルヴィラは、間髪入れずに次の攻撃呪文を詠唱し始める。今度はさらに高火力の魔法を使おうとしているのか、かなり発動に時間がかかっている。

 詠唱中は無防備になるので攻撃のチャンスでもあるものの、レミアはその隙を狙うでもなく、全く動こうとしなかった。

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