レミアを狙う魔女

第14話 突然の強制転移

 明の修行の旅は続く。王国周辺の原生生物の攻略が完了したので、彼らは次の強敵出没エリアに向かって歩き出した。当然土地勘のない明は列の最後尾だ。


「先生、次はどこに?」

「この野原を抜けたら林が見えてくる。まずはそこかな」

「林の中ではお馴染みのゴブリンも出てくるぞ。楽しみだな」


 クロ子はそう言いながらいたずらっぽく笑う。馬鹿にされたように感じた明は気分が悪い。


「ゴブリンなら魔法人形でさんざん倒したんだ。楽勝だね」

「林のゴブリンがあの魔法人形と同じだといいな」

「なっ……」


 クロ子の含みをもたせた言い方に、明の頭の中で悪い想像が広がる。今まで戦ったのが巨大なカエルやナメクジなどなのだから、この世界のゴブリンも巨大化していてもおかしくない。

 明はその最悪の想定が正しいのかどうか、目の前の黒髪少女に確認を取る。


「もしかして、あそこには3メートルのゴブリンがいるのか?」

「さぁて、どうだろうな?」

「ちゃんに答えてくれよ。不安になるじゃんか」

「実際に入ってみれば分かる事だぜ? 安心しな。骨は拾ってやるから」


 クロ子は質問をはぐらかしつつ、明に挑戦的な態度を取る。首の後ろで両手を組んでリズミカルにステップを踏むように歩くその態度は、からかいモードのそれだ。この状況から察するに、林の中が素人にはどれだけ危険であっても、大魔女とその使い魔にとってはただの散歩コースなのだろう。

 心強い2人がメンバーだと言う事が、同時に明の精神的安定を補強している。彼は腰に下げた剣の柄を握って、迫りくる不安を振り落としていた。


「ま、何が襲ってきても一刀両断で倒してやるぜ」

「ヒュー! 頼るになるねえ」

「任しとけよ!」

「じゃあ、せいぜい頑張れよな」


 2人が雑談を交わしている間に、周りに木々が多くなってくる。どうやら林が近付いてきたようだ。やはり野原とは根本的に雰囲気が違う。どこからか鳥の鳴き声が聞こえてくるし、地面から木の根が顔を出ていてたりして、しっかり足元を確認しないと転んでしまいそうだ。

 木々からは特殊なフェロモンが出ているみたいで、心が休まってくる。それとは別に、この木々からも意思のようなものを感じ取っていた。


「先生、この世界には世界樹とかあんの?」

「あるぞ。ここからは結構遠いけどな。興味あるのか?」

「あるなら見てみたいけど、遠いならいいや」

「転移で一瞬だぞ」


 レミアからの魅力的な誘いに明は顎に指を乗せる。意識が足元から離れた途端に、彼は木の根に足を引っ掛けて見事にすっ転んだ。


「フンギャ!」

「あはは、ダッセ」


 コケた明に対して、前を歩いていたクロ子が振り返って指を指して笑う。大地を抱きしめていた彼は、顔だけ上げて必死に抗議をした。


「笑うなっ!」

「そんなんじゃ世界樹は無理だな。あの周りは強い原生動物が世界樹を守ってんだ。明なんてひとたまりもないぞ」

「じゃあクロ子は行った事あんのかよ」

「年1で行ってんぜ。レミア様のお供でだけどな」


 売り言葉に買い言葉の応酬になったものの、やはり大魔女の使い魔の方が一枚上手だった。明は素直に負けを認め、起き上がって服の埃を払った後は質問を変える。


「世界樹ってやっぱすごい?」

「ああ、すごいぞ。世界を支えているからなあ。明が見たらビビって動けなくなるだろうな」

「イメージ通りだ。すごいなあ」


 世界樹の話に深い感銘を受ける明に、レミアの視線が鋭く突き刺さった。


「君のいた世界に世界樹はないのか?」

「ないよ。でも物語にはよく出てくるんだ」

「伝承が残っているなら、君の世界にも世界樹はあったんだよ。失われてしまったのは残念だな。ああ、だから魔法使いがいないのか」

「え? 世界樹と魔法って関係あんの?」


 明の素朴な疑問にレミアは額を抑えながため息を吐き出す。どうやら失望させてしまったようだ。何故そうなったのか分からず、明は困惑する。


「全く、ちゃんと授業でやっただろう。マナは世界樹が精製しているんだ。私達が魔法を使えるのは世界樹のおかげなんだよ」

「あっ、うん。そうだったそうだった」


 呆れ果てたレミアの顔を見て、明は取り繕うように何度もうなずきながら同意する。話を聞いてなかったのがバレバレのリアクションに、クロ子もジト目になった。


「レミア様の有り難い話を聞いてないなんて、最悪だなお前」

「い、いや、覚える事が多くて……。他の事は覚えてるから!」

「言い訳とかダセェ」

「うう……」


 クロ子のトドメの一言は明のメンタルに深手を負わせる。彼が何も言えなくなったところで、レミアからの助け舟が入った。


「じゃあ軽く復習するぞ。マナってのは分かるな?」

「大気に含まれる微細な魔力を含んだ粒子……ですよね?」

「厳密には違うな。魔力などが流れる層のようなものだ。ここに魔力が流れている。魔物が吐き出す魔素もそうだ。私達が魔法を使う時、このマナに流れている力を使っている。人間の体にもマナの層があるんだ。非物質のレベルでそれは大気中のマナとリンクしている」


 レミアいわく、マナは魔法を使う度にその威力と引き換えに汚染するらしい。魔素はそれ自体が汚染物質なので、臨界点を超えるとマナの層からそのまま漏れ出して、周りを侵食してしまうのだとか。


「このマナを浄化しているのが世界樹だ。魔法を使って汚れてしまった魔力を自身の生命エネルギーに変えている。そうする事でマナの純度を保っているんだ」

「逆に言うと、魔法使いが世界樹を育てている……?」

「ああ、だから世界樹も魔法使いが作ったんじゃないかって説もある。私は神々が私達のために用意したんだと思っているがね」

「ロマンのある話だなあ」


 レミアの話に明が感動していると、一瞬めまいを感じた彼はしゃがみ込む。一体何が起こってしまったのか分からず、襲ってきた頭痛に明は両目を右腕で抑えた。


「う、何だこれ……」

「どうやら呼ばれたみたいだね」

「レミア様、これって……」

「ああ、分かってる」


 大魔女とその使い魔との意味深な会話。それを耳にした明は軽い不安を覚える。痛みの収まった彼がまぶたを上げて状況を確認すると、周囲の景色が全然違うものになっている事に気が付いた。

 さっきまで林に向かっていたはずなのに、木々はどこにも見当たらない。野外なのは間違いないものの、地面は石畳で周りの雰囲気は古代ローマのコロシアムのようだ。


「先生、転移させられたんですか?」

「ああ、相手と目的は大体見当がつく。安心しろ。あの子のターゲットは私だ」


 どうやらレミアは犯人を把握しているようだ。となると、こう言う事はよくある事だったりするのかも知れない。その割にクロ子は動揺している。何かしらのイレギュラーな事態ではあるのだろう。

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