第13話 修業の成果

 もちろん最初から上手く行くはずもなく、毎度傷だらけになる。攻撃がうまく弾けずに食べかけられる事もあった。その度にクロ子に救助されてレミアが回復。

 それを何度も繰り返す事でこれも実践の修行だと理解した明は、死を恐れずに攻撃出来るようになっていく。


「何が巨大カエルだっ! お前なんかデカいだけでただのカエルだーッ!」


 気合を入れた彼は、舌攻撃をくぐり抜けてカエルの体を切り裂く。最初こそ上手く行かなかったものの、何度も何度も繰り返す内に手応えを掴めるようになっていった。一撃で倒せない時は、クロ子がとどめを刺す。明はその攻撃を見て学ぶ。

 そんな繰り返しを続けていく内に、最終的にはカエルやナメクジなどを一撃で倒せるまでになっていった。


「ハァハァ……何とか……1人で……」

「やるじゃねーか。ちょっと見直したぜ」

「ふむ。修業の成果が出ているな。いい感じだぞ」


 最初こそ冷ややかな目で見ていた女性2人も、原生生物を倒せるようになった彼を素直に褒め称える。

 少し気分をよくした明は、照れ隠しに鼻の頭を擦った。


「確かにコツさえ掴めば怖い敵じゃなかったよ」

「だから言ったろ、雑魚だって」

「て事は、この先に出てくるやつって……」

「カエルとか比べ物にならんくらい強い」


 そうきっぱりと断言するクロ子に、明の顔はみるみる青くなっていく。


「やっぱもう街に帰る!」

「待て待て。大丈夫、君は私が死なせない。それにもう経験しただろ、今日の繰り返しをすれば君は強くなれる。自分の力を信じろ。そしてクロ、あんま脅すんじゃない」

「はい、ごめんなさい……」


 レミアに叱責され、クロ子はしゅんと小さくなる。そのやり取りは魔女と使い魔と言うより、まるで仲の良い母娘のようだった。その微笑ましさを感じるやり取りに、明の頬がフニャリと緩む。

 この時、彼の視線を感じとったクロ子がジロリとにらみ返してきた。


「何ニヤけてんだてめえ!」

「や、ごめん。いいなあって思ってさ」

「何だそりゃ、意味分かんねえ」


 からかわれていると感じたクロ子はおかんむり。何とかなだめようとするものの、彼女はしばらく明と口を利かなかった。そんな微笑ましいやり取りを、レミアもニヤニヤと楽しそうに眺める。

 その内に空が紅く染まって風も冷たくなってきたので、今日の修行もお開きと言う事になった。


「じゃあそろそろ休むか」

「え? 野宿?」

「当然だろ? それが旅ってもんだ」

「ええ~」


 テキパキとテントの準備をする女性達に対して明は不満たらたらだ。どうやら彼は別の街の宿屋に泊まれるものと思っていたらしい。

 テントの準備自体は大魔女の魔法で程なくで終わったものの、全く協力的でなかった彼にクロ子がブチ切れる。


「てめぇ遊んでんじゃねえよ! 晩飯抜き決定!」

「そ、そんなぁ……」

「手伝わなかった罰だ。反省しな!」


 明はクロ子からの厳しい一言にショックを受ける。シュンとうなだれて体育座りをする彼に、レミアが歩み寄ってきた。


「クロがヒドい事を言ってごめんな。アレも本当は優しいんだ」

「分かってます。ちょっと口が悪いだけですよね」

「ああ、朝食まではこれで胃袋を満たしてくれ」


 大魔女は明に黒くて丸い物質を手渡す。昔の忍者の兵糧丸みたいなそれは、簡易非常食みたいな感じのものなのだろう。見た目こそ異様なものの、不思議と悪い匂いはしない。と言うか、無臭だった。食べても大丈夫なものか嗅いで確認したものの、匂いがしないので全く判断出来ない。

 明は、じいっと見つめてくるレミアに不安を訴えかける。


「食べても大丈夫なものっすか?」

「勿論だとも。異世界人の君の舌に合うかどうかは分からんがね」

「……」


 得体のしれないものを口に含むと言うのは躊躇するもの。ご多分に漏れず、明もこの丸い何かを口に入れる勇気は持てなかった。何度も口を開けて近付けるものの、どうしても放り込めない。

 何度もそれを繰り返していたので、レミアは軽く指で魔法陣をなぞる。


「ちょ、先生? 僕の体を勝手に……」

「そうしないと君は食わんだろ。毒じゃないんだ。まずは味わってくれ」

「うぐっ! うぐぐ……」


 彼女の魔法で体の自由を奪われ、明は黒い何かを強制的に食べさせられた。口の中に広がる何とも言えない食感と、舌が感じる味わった事のない味の不協和音。

 咀嚼の後にゴクリと飲み込んだ彼は、白目を剥いて口から泡を吹き出しながらその場に倒れた。


「クソまじい……」

「やっぱり合わなかったか」


 残念がるレミアの前に、クロ子が様子を見に現れる。倒れている少年を目にして事情を察した彼女は、軽くため息を吐き出した。


「レミア様、そりゃ無理ですよ。魔女用の栄養玉ですもの。魔力のない人には土を食べているのと変わりません。まぁ、毒って訳じゃないし、ヘタレ明にはそれがお似合いですけどね」

「もう寝かしとくか」


 レミアのはからいで、気を失った明は魔法でテントの中に転移。そのまま一夜を過ごす事になった。

 次に彼が目覚めたのは翌日の朝。昨夜のレミアとの栄養玉のやり取りの事はすっかり記憶から抜け落ちていた。


「あれ? 何で僕テントの中に?」

「起きたかよ! 今日も楽しい修行の始まりだぜ!」

「うう、クロ子……。早いよ。もうちょい寝かせて」

「うっせ! これも修行なんだ。早よそこから出てこいや」


 クロ子にせっつかれて、明はもぞもぞと寝袋から抜け出してテントから出る。そんな彼を出迎えたのは、地平線から生まれたばかりの太陽だった。まぶしい朝の光に包まれて、明の気力ゲージがフル充填されていく。

 思いっきり深呼吸しながら背伸びをしていると、クロ子が近付いてきた。


「いい天気になっただろ。気持ちのいい朝だ」

「クロ子、僕にこれを見せたかったの?」

「ああ、いい景色はみんなで見ないとな!」


 そう言うクロ子の笑顔を見て、明も心が暖かくなる。レミアが朝食の準備をしていたので、2人もすぐの彼女の前に集まった。朝食のメニューは焼いたパンにスープにサラダと言うシンプルなもの。

 全員が揃ったところで、穏やかな朝食の時間が始まる。昨夜の栄養玉と違って普通の料理だった事もあって、明の声も明るく弾む。


「先生の料理、美味しいです」

「だろ? レミア様は何でも出来るんだ」

「クロ、何でもは言いすぎ。でも気に入ってくれて良かったよ。明、今日もバリバリ修行だな」

「うへぇ……」


 修行と聞いて昨日の有り様を思い出した明は、分かりやすく嫌そうな表情を浮かべる。そんな態度にクロ子がツッコミを入れたりして、食事の時間は楽しく過ぎていったのだった。

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