第11話 冒険の予感に酔いしれる明
「ああ、これだよこれ。冒険の第一歩は野原が鉄板だよなあ。うーん、風が気持ちいい」
「何言ってんだコイツ」
「面白い反応するな、君は」
両手を広げて外の世界を堪能する明を、現地人2人は冷めた目で見つめる。クロ子に至っては呆れ返ってすらいた。そんなリアクションをされているのに、初めての外の景色に感動している彼には何のダメージもなかった。
「う~ん、空気が美味しい~」
「はぁ? 空気に味とかないだろ」
「いや、確かに魔界には空気が悪い所もあるな。明、魔界に行った事が?」
レミアは明の感想に興味を持ったようだ。どうやら魔界は空気が悪いらしい。空気中に毒物が浸透しているなら、そうなるのも当然と言えるだろう。
とは言え、当然彼に魔界渡航の経験はない。明はレミアの質問に簡単に答えた。
「や、僕の元いた世界の話。息苦しい場所とかもあるんだよ」
「ほう、興味深い」
「もう、そんなのどうでもいいだろ。早く行こうぜ」
2人のやり取りに興味のなかったクロ子が急かすので、レミア達も歩き始める。目的地を聞いていない明は最後尾だ。しばらく黙ってついて行っていたものの、いつまで経っても説明が始まらなかったので、彼はしびれを切らした。
「そろそろ教えてよ。これどこに向かってんの?」
「言ってなかったか? これは修行の一環だ。だから特に目的地はない。君に魔物退治の実践をしてもらう。もう魔法人形にも飽きただろう?」
「じゃあ、この辺りをぐるぐる回るんすか?」
「あはは、まぁそうなるな」
明の例え話にレミアは軽く笑う。それで魔物はどこにいるかと言えば、見渡す限りどこにも見られない。気配すらもない。やはり冒険序盤のフィールドはエンカウント率が低いのだろう。
土地勘のない明は、女性陣の背中を見ながら金魚のフンのように歩いているだけ。彼はそれを少し屈辱的にも感じいてた。
「魔物どころか動物も出てこない……」
「退屈かな? じゃあ呼んでみようか?」
「えっ?」
レミアからの提案に明は即答出来ない。何故なら、故意に呼ぶと言う事は今の自分に対処出来ないほどの強敵を呼ばれかねなかったからだ。昨日までの闘技場でのスパルタな指導を思い出して、結局彼は沈黙する。
しかし、そんな考えをあっさり見抜いたクロ子がニヤリといやらしい笑みを浮かべた。
「コイツ、自分が勝てないようなヤツを呼ばれると思ってビビってんな」
「そ、別にビビってなんか……」
「素直になんな。バレバレなんだから」
「くっ……」
図星を突かれた明は下唇を噛む。そして、剣を鞘から抜くと思いっきり駆け出した。
「ウオオオオオオ!」
「何やってんだアイツ」
「面白い。まぁ見てみようか」
溢れ出る感情のままに走り出した彼は、敵もいないのにブンブンと無闇に剣を振り回す。傍から見れば狂人にしか見えないものの、幸い周囲にはレミア一行しかいなかったため、明の悪評が広がる気配はなかった。
レミアとクロ子はその奇行をどこか冷めた目で眺めている。呆れ果てている使い魔に対して、主人の大魔女の方はその様子に興味津々のようだ。
「けどまぁ確かに、この辺りは修行には向いてないかもな」
「それは、レミア様が強めに結界を敷いてるからでしょう」
「じゃ、私達の周りだけ弱めよう。何が出てくるかな?」
レミアは指で小さく魔法陣をなぞる。すると、少しだけ場の空気が変わった。あまりに微妙な変化なので、レミア以外はその差異に気付く事もないだろう。
当然、暴走している明には分かるはずもない。剣をむちゃくちゃ振り回していた彼は、疲れが溜まってその場でかがみ込んだ。
「ハァハァ……何だよ何も出てこないじゃんか。アーッ!」
「準備運動は済んだかい?」
「いやどこに魔物とかいんの?」
「戦う気があるのはいい事だよ。ほら、出てきた」
肩で息をする彼に追いついたレミアは、すっと少し先の景色に向けて指を指す。明がその指の指し示す方向に顔を向けると、突然見た事もないシルエットがぬうっと現れた。
「うわああああ!」
「君が求めていた敵だ。存分に戦うがいい」
彼らの前に現れたのは、全長が3メートルはあろうかと言う巨大なカエル。近くに水源もないのにどこからやってきたと言うのだろう。ただ、図体こそ大きいものの、その姿は日本でよく目にするアマガエルと何も変わらない。ツヤツヤした緑色の肌に特有の瞳。カエルマニアが見たら喜んで飛びつくに違いない。
剣は持っていたものの、初めて目にする巨大モンスターの登場に明の顔からすうーっと生気が消えていく。
「で、でかすぎんだろ……。あれが魔獣?」
「いや、ここらに現れるのは原生生物だ」
「あんなのがこの世界にはゴロゴロしてんの?」
「ああ、だから旅をするにはある程度の実力が必要なんだ。良かったな。やっと修業の成果が試せるぞ」
カエルは明達の存在を視認したものの、いきなり襲ってはこない。どうやら敵意はないようだ。それどころか、剣を握る戦士の存在を恐れたのかすぐにその場を離れていく。図体がでかいので、一回のジャンプで10メートルくらいは飛んでいた。
逃げ出したのを見て明は胸をなでおろしたものの、レミアがそんなカエルに向かって魔法で雷を落とす。進行方向に落ちた雷を目にして、カエルはくるりと向きを反転させた。
「ちょ、先生何やってんの?」
「君は戦うために外に出たんだぞ。さあ、存分に剣を振るうがいい」
「うっ……」
迫ってくる巨大カエルの迫力に明は戦意喪失。剣を放り投げて一目散に逃げ出した。修行時でも逃げのセンスが抜群だった彼は、カエルのジャンプからも見事に逃げ切る事に成功する。
ただ、攻撃もせずにただ逃げ回る人間を目の前にしたカエルは、その存在を危険な対象から美味しい餌に認識を変えた。逃げる明に向かって舌を長く伸ばしてきたのだ。
「うひィィィ!」
彼は最初の一撃を天性の勘で避けたものの、それがカエルの闘争本能を刺激したらしい。それからも次々に舌攻撃を繰り出してきた。
捕まったら口の中の放り込まれると、明は更に死に物狂いで足を動かしていく。
「死ぬっ! 死ぬってこれっ! 助けてーっ!」
「アイツ逃げてばっかりじゃん。カエルなんて雑魚中の雑魚なのに」
「本当、あの子は興味深いね」
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