冒険の始まり

第10話 いざ、出発!

 大魔女レミアとその使い魔の黒猫クロ子、そして魔王の代わりに召喚された明は地上魔界化の危機を阻止するために王国を出発する。旅立ちの前夜、緊張して眠れなかった彼は朝方になってやっと意識が闇に沈んでいった。

 その1時間後に世話焼き黒猫がやってくる。いつものようにノーノックで壁抜け登場だ。


「やっぱり寝てた。こいつオレが来た時に起きていた試しがねえな。まさか今日もそうだとは思わなかったけど。大した度胸だぜオラ!」


 人の姿に変身したクロ子は思いっきり掛け布団を引っ剥がす。いつもの明ならこれで目覚めるのだけれど、流石に睡眠時間1時間では睡魔が打ち勝つ結果になっていた。

 掛布団がない状態で惰眠をむさぼる彼をじいっと見つめてたクロ子は、手だけ猫に戻してシャキンと爪を伸ばした。


「起きろつってんだろうがッ!」

「ギャアアア!」


 思い切り頬を引っかかれ、その痛みで明は目を覚ます。そして、この過激な目覚ましを行った黒髪の少女をにらみつけた。


「いってーよ!」

「起きてねえ方が悪いだろが!」

「昨夜は眠れなかったんだよ!」

「そんなん知るかボケェ!」


 怒鳴り声の応酬に明のテンションも上がっていく。このまま怒鳴り合いが続くのかと思いきや、先にキレたクロ子がまた猫爪をニョキッと伸ばす。


「まだお仕置きが足んねぇようだなぁ……あぁ?」

「ちょ、やめい!」

「じゃあとっとと支度しやがれ! 今何時だと思ってんだ!」

「はえ? えっと……?」


 時間の確認を求められ明は反射的に置き時計の盤面に顔を向ける。そこで現在時刻を目にした彼は一瞬で顔を青ざめさせた。


「嘘だろ? もう8時?」

「早く支度しろ! 飯抜きにすっぞ!」

「はいィィィィッ!」


 寝坊の代償は残り時間の減少。明はすぐにベッドから飛び降りると、冒険者用の服に着替え始める。そして、事前に準備してた荷物を肩に担ぎながらドアを開けた。


「クロ子、行くぞ!」

「命令すんじゃねえよ」


 部屋を出た2人は急いで食堂へ。一番早く出来る日替わり朝食を頼んで、急いで口の中に放り込んでいく。この宿で食べる最後の朝食なのに、いつも以上に焦って食べなければならないと言う散々な記憶が明の脳に上書きされていった。


「で、こうはろんあよれいらった?」

「食べながら喋んな。食べる方に集中しろ!」

「ふあい」


 叱られた明は素直にその言葉に従う。食べながら観察すると、クロ子もまたものすごい早食いだった。そのテクニックをじっくり観察していると、ほぼ丸呑みだと言う事が判明する。

 普段から咀嚼は念入りがモットーの彼は、丸呑みクロ子の作法に苦虫を噛み潰したような表情になった。


「あんだよ? 早く食べろや」

「クロ子、ちゃんと噛んで食べな」

「うっせ。今朝はしゃーないだろが。早よ食えや」


 確かに今朝遅くなったのは明が寝坊したからだ。反論が無意味だと悟った彼は黙々と食事に集中する。ただ、いくらハムスターのように高速咀嚼をしたところで、丸呑みにスピードで勝てる訳がない。

 結局、食べ終わったクロ子を5分ほど待たす結果になった。


「この状況でよくチンタラと食べられるな。感心するわ」

「丸呑みとか出来ないんだよ、こっちは」

「不便な奴め。行くぞ」

「ちょ、待てって」


 出発を急かすクロ子の背中を明は追いかける。宿を出たところで2人は駆け出した。レミアはそこまで時間にうるさくはないものの、待たせるのは心証が悪い。待ち合わせ時間は8時30分。2人が宿を出た時点で残り時間は後3分しかない。待ち合わせ場所の正門の前までは走っても6分はかかるのだ。

 見た目10歳くらいの人間体のクロ子に一向に追いつけない事に、明は走りながら首をひねる。


「何でそんなに早いんだよ」

「肉体強化魔法かけてるからだよ。先行くからな!」

「お前、僕の護衛的なやつじゃなかったのかよ。おいてくなよォ……」


 一瞬でクロ子の背中を見失ってしまったところで、それまで全力疾走していた彼はあきらめたように足を止める。そうして、呼吸が落ち着くまでそこに立ち止まった。


「ハァハァ……。クロ子、壁抜けは出来ても転移魔法は使えないんだな」


 肩で息をしながら、少し落ちついてきた彼は両手を重ねて地面に向けると意識を集中する。これはレミアが授業で教えてくれた転移魔法を使う時の仕草だ。明自身に魔法を使う才能はないので、これはただの真似でしかない。

 ただ、もしかしたら今なら使えるかもと、ダメ元で転移魔法を使おうと試みていた。


「座標確認……必要マナ変換開始……魔力充填……。ダメだ! 手応えが何もない」


 どれだけレミアの真似をしたところで、明の手の先から魔法陣は発生しなかった。この想定内の結果に彼はヒドく落胆する。


「やっぱり僕には魔法の才能はないんだ……。どうして……」

「ない才能に悩んでも仕方ないだろう。行くぞ」

「先生?!」


 ずっと地面を見ていた明に声をかけてきたのは、待ち合わせ場所にいるはずの大魔女だった。この予想外の展開に、彼はぽかんと大きく口を開ける。


「なんでここに?」

「時間になっても来ないから迎えにな。さ、行くぞ」


 レミアは明の腕を掴むと息を吐くように転移する。一瞬強い光が彼らを包み、それが消えたらもう正門前に転移していた。

 明がキョロキョロと周囲を確認していると、見慣れた黒髪少女の姿が目に入る。


「全く、世話が焼けるよな」

「クロ子、マジでダッシュで辿り着いてたんか。早いなあ」

「フン、このくらい朝飯前だぜ」


 明に褒められたクロ子は得意げに鼻を鳴らした。こうして全員が揃ったところで、改めてレミアは宣言する。


「これでみんな揃ったね。それじゃあ、行こうか」


 責任者の大魔女が歩き出したので、明達もすぐに後に続く。この国でのレミアの影響力はかなりのものらしく、顔パスで城壁の外に出る事が出来た。

 街を守る衛兵が、すれ違った時に明達に次々に声をかけていく。


「いい旅を。少年」

「あ、はい」

「朗報を期待しているからな!」

「あ、ども」


 国の外に広がっていたのは視界いっぱいに広がる一面の緑の野原。空は青く澄み切っていて、綿菓子のような雲をいくつも泳がせている。吹き抜けていく風が頬に優しい。

 外の空気を思いっきり吸い込んだ明は、このどこか懐かしさすら感じる光景に感動を覚えていた。

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