第9話 卒業試験
からかわれながらも2人で歩くのは楽しかったようで、明はクロ子と雑談しながら足取り軽く宿に戻っていく。その2人の姿をレミアは親目線で見守っていた。
「明日からはもっと効率良くやらなくてはな」
レミアはレミアで明の性質に沿った構成にしようと気合を入れ直す。そうして、また施設に戻って明日以降の授業計画を練り上げるのだった。
翌日も授業は続く。午前中はみっちりと魔法の知識を学び、午後は格闘や武術の実践だ。レミアは魔女だけどそれなりに武術も格闘も身に着けていて、魔法人形相手に模範的な対処方法を披露する。明とは逆にワンパンで人形を倒すし、剣を使っても鮮やかに一撃で人形を再起不能にしていた。
「こんな感じかな」
「おおお……すごい」
「いや、ゴブリンレベルで感心されちゃ困るのだがな」
盛大に拍手されたレミアは困惑。彼女の動きをよく目に焼き付けた明は、とりあえず武器があればゴブリンレベル人形を倒す事が出来るようになっていった。
いきなり真剣を使ったのでは武器に振り回されてしまうからと、最初の渡されたのは竹刀。この時は話にならないくらい一撃が弱かったものの、そこから木刀に持ち替えたところでいきなり一撃で倒せるようになる。素材が変わったのだから、威力が変わるのも当然の話なのだけれど。
「武器戦闘はまずまずって感じだな」
「だろだろ。僕だって成長してるんだ」
「じゃあ、格闘でもこのくらい出来るようになろうか」
レミアの目がキュピーンと光る。肉体言語でも最低限ゴブリンを倒せるようにならないと街から明を出すつもりはないらしい。そこからはスパルタな仕打ちが続き、心を折られた彼は強くなるより先に逃げる事を考え始めた。
「ちょ、トイレ」
「行ってきなさい」
申告すると、レミアがトイレに転送してくれた。逆に言うと、トイレに行く道中で逃さないようにする意味もあるのだろう。明はトイレの出入り口を見ながら腕を組む。
「多分ここから出ると自動的に闘技場に戻っちゃうな」
レミアが考えそうな事を先読みした彼は、トイレの奥の窓に注目する。窓を開けると外から心地良い風が入ってきた。ここは1階のトイレなので、窓から飛び降りてもノーダメージ。明は窓から顔を出して周囲を確認すると、えいやっと飛び降りた。
彼の想定通り窓には何も仕掛けがされておらず、無事に脱出に成功する。
「やったぜ」
「本当、君は単純だな」
「ゲーッ! 先生!」
明の考えた脱出作戦はあっさりと失敗し、彼は闘技場に連れ戻される。それから何度も魔法人形にボコボコにされた。レミアが脈なしとあきらめるまでの一週間、明はそれを繰り返され続けたのだった。
「本当に格闘技は身につかないな。でも武器を持つとそれなりなのも不思議だ。これは研究のしがいがある」
「僕の体質を玩具にしないでよ!」
「あははは。悪い悪い」
レミアの授業を受け始めてから1ヶ月。明はこの世界の常識や旅に必要な各種知識を身に着けていく。さんざんしごかれたものの、結局魔法と格闘の技術は素人の域を越えられなかった。多少モノになったのは武器を使った戦闘だけ。それも旅をするのに必要最低限のレベルだ。
一般動物は追い払えても猛獣相手には厳しい。そこらの追い剥ぎとはいい勝負が出来ても、名のある山賊とかに襲われたら負けそうだ。
彼の成長具合を見定めたレミアは、卒業試験を提案する。この街を出てみたかった明はすぐにその話に飛びついた。
「そろそろかなと思ってたよ! 僕も腕を上げたからね!」
「言っとくが採点は厳しいぞ。旅に出ても君が死ぬようではな」
「死ぬとか怖い事言わないで……」
レミアの軽い脅しに明の声は小さくなる。本当に、単純と言うか臆病と言うか。それでも容赦なく試験は始まる。魔法や格闘は話にならないので、最初から剣を使った剣術のみの試験だ。相手はいつものようにレミアが作った魔法人形。
修行時点でゴブリンは余裕で倒せるようになっていたので、この試験の人形の強さはオークレベルに設定されている。
「始めっ!」
「さ、さあ来いっ!」
木刀を握った明は緊張で体の動きに切れがない。魔法人形は全力で走ってきたため、その勢いに飲まれた彼は木刀を捨てて逃げ出した。
「やっぱ無理ィィィ!」
「こら、試験だぞ!」
「だってコイツいつもより強いじゃんかあ!」
「当たり前だ! 世界にはゴブリンしかいない訳じゃないんだぞ」
レミアは走り回る明に厳しい言葉を投げつける。しかし、彼がビビるのも仕方のない話でもあった。何故なら、オークレベルの魔法人形との対戦は今日が初めてなのだから。今日の試験もゴブリンレベルだと高をくくっていたために、毛色の違う強さを見せつけられて、彼は逃げ出したのだ。
魔法人形は追いかけるものの、明との距離は縮まらない。その逃走テクニックを見たレミアは腕組みをしながら感心する。
「中々上手く逃げるじゃないか」
「こっちは必死なんだよお!」
敵意を持った存在との戦闘で、勝ち目がないと分かったら逃げるのも大事な戦略だ。ここを間違えれば犬死に確定。その点で言えば、明は生き延びる才能には恵まれていると言える。
そこを評価したレミアは、逃げ回る彼に助け舟を出す。
「ヨシ! じゃあこれを使え!」
「えっ?」
走り回る明にちょうど届くように投げられたのは本格的な剣。レミアからのプレゼントだ。強い武器を手にした彼はすぐに鞘を投げ捨てて、襲い来る魔法人形に向き合った。
「これさえあれば勝てそうな気がする!」
「キョエエエエ!」
雄叫びを上げる魔法人形は明に向かって殴りかかってくる。それより一瞬早く、彼は剣を振り下ろした。きれいに真っ二つになった人形はそのまま沈黙。勝負は一瞬で片がついた。
明は自分が倒した人形を見下ろしながら、勢いよく剣を握っていた右手を上げる。
「やったぜえ!」
「ま、及第点かな。その剣はもう君の物だ。大事に使いなさい」
「あざす!」
こうしてレミアに認められ、明は冒険に出る切符を手に入れた。魔界へと続く旅の一歩を踏み出したのだ。
試験の翌日、彼はクロ子に言われるままに必要なものを買い揃えていく。
「意外と早かったよな。明の事だから1年は修行すると思ってた」
「俺様を舐め過ぎだぞそれは」
「調子に乗んじゃねえよ。魔法も格闘もダメなくせに」
レミアから情報を聞いているだけに、クロ子の明への評価はまだまだ低い。出発の日を明日に控えながら、彼はいつかクロ子を認めさせてやるぞと強く心に誓ったのだった。
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