第8話 座学と実践
指摘された彼は、ここでようやく机の中を覗き込む。そこには筆記用具と各種テキストとノートが収納されていた。全てはしっかり準備されていたのだ。
自分の確認不足を自覚した明は、この不手際をごまかすようにケラケラと笑う。
「あはは。ありました」
「君がここまで間抜けだとは思わなかったぞ。まぁいい、では授業の再開だ。魔法のテキストを開きたまえ」
「やっぱ魔法なんすね。僕に使えんの?」
「たとえ使えなくとも、法則を知っておく事は大事だ。襲われた時の対処にも役に立つ」
レミアはそう言いながら授業を始める。魔法の授業らしく、お約束の4大元素の話とか、精霊の話とか、魔法使いのお約束の薬剤の調合の話などをザックリと説明していった。
「とまぁ、こう言う話を深堀りしていくのだが、大丈夫か? ついてこれるか?」
「こう言うの結構好きだから大丈夫っす」
「ほう? 君のいた世界も魔法が発達していたと?」
「いや、そう言う設定の話が流行ってただけ。本物の魔法使いとかはいないよ」
明の夢のない答えに、レミアは少し表情が曇る。大魔女だけに魔法が娯楽で消費されているのが悲しかったのだろう。目の前の生徒も娯楽の延長でしか魔法を捉えていない。その目の輝きを見た彼女はニヤリと口角を上げる。
「きっと君のいた世界はマナ濃度が低いのだろうな。だが、魔法の概念が残っていると言う事は魔法使いはいるぞ。君が知らないだけでな」
「あはは。まさかあ」
「少なくともこの世界には魔法が実在する。油断してると死ぬぞ」
「それは……。それは怖いっすね」
明はこの世界に召喚されてまだ少ししか魔法を体験してない。それでも、クロ子の壁抜けやテレパシーなど、日本にいた頃には見た事も聞いた事もない現象を目の当たりにしている。簡易転送陣なんてのも使ったばかりだ。
だからこそ魔法の存在は信じるし、攻撃力を伴った魔法に未知の恐怖すら覚えていた。
「攻撃魔法とか、やっぱりあるんですか?」
「当前だ。私みたいなのになると、どの属性魔法も使えるし、オリジナル魔法だって簡単に創れる。そうだな、少し見せよう」
「え?」
スムーズに魔法実践の流れになって、明は少し戸惑う。ただ、そこまで本格的なのはしないだろうと呑気に構えていた。レミアは杖などのマジックアイテムを使用せず、開いた手を彼の背後の壁に向ける。
その直後に手のひらの先で炎が生成され、壁に向かって発射された。ミサイルのように超高速で打ち出された火炎弾は壁にぶつかって爆発。半径50センチほどの穴を開ける。呪文も唱えずにノーモーションで打ち出された攻撃魔法の威力に、明はただただ圧倒された。
「これが火龍。威力はかなり抑えたが、どう言うものかは分かったかな」
「えぇ……。直撃したら死ぬってこんなの」
「あはは。せいぜい私を怒らせないように」
「いや、冗談でもキツいっす」
レミアの魔女ジョークに明の顔は凍りつく。その後も魔法の授業は続いたものの、ゲームなどでお馴染みの概念の話以外はさっぱり頭に入らなかった。各魔法の相性や発動条件、属性による覚えやすさだとか魔法陣の法則などを丁寧に教えてくれてはいたのだけれど……。
やはり魔法属性がないために身が入らなかったのだろう。
「で、これが大体の魔法の概要だ。理解は……難しかったか?」
「ごめん。途中から全然分からんかった」
「まぁ向き不向きもあるからな。次は格闘の訓練だ。下の闘技場に行くぞ」
レミアがそう言い終えた途端、2人は昨日の検査でも利用した格闘場に転移する。これは当然レミアの魔法だったのだけど、明は全く魔法を使う素振りも見せなかった彼女のそのテクニックに呆然とする。
いきなり視界が全然別のものに変わったため、彼はキョロキョロと顔を動かした。
「えっ? 何これ魔法?」
「そうだぞ、魔法だ」
「あ、そっか。魔法だ」
そんな頭の悪い会話の後、明は着替えるようにと服をもらう。確かに学生服で武闘は動き辛いだろう。ついでに武器格闘用に、冒険者が着るような服も渡される。
「適切な服装は大事だ。武術や格闘などの実践時には着替えてくれ」
「了解っす」
で、まずは格闘の訓練だけど、昨日の検査でも使った魔法人形が明に向かって突進してきた。身長が1メートルくらいの小柄な人形なので、まるで子供がじゃれついて来ているようにも見える。
大きさは子供でも顔ものっぺらぼうのただの木の人形なので、彼は躊躇なくファイティングポーズを取った。
「壊してもいいんですよね?」
「出来るものならな」
人形の動作を魔法で制御しているレミアは、腕組みをして高みの見物を決め込む。その態度に若干苛ついた明は、彼女を驚かそうと人形に向かって本気の攻撃を繰り出した。相手が襲ってくるタイミングを見計らって、パンチやキックを繰り出してく。
しかしそのどれもを余裕で避けられて、反対に人形からのパンチをモロにみぞおちに喰らって一撃でダウン。全くいいところを見せられなかった。
「ぐは……っ」
「ちょ、君、弱すぎにもほどがあるぞ。それじゃゴブリンにも勝てない」
「もしかして、今の人形の強さ設定がゴブリン?」
「そこは勘がいいんだな。ゴブリン程度には勝ってもらわないと困る。一生街を出ないつもりか?」
レミアの厳しい一言に、明は意気消沈する。何か言い返したかったものの、弱い言い訳は何を言っても惨めになるだけなのでゴクリと飲み込んだ。
何とか立ち上がったはいいものの、肩で息をしていてまともに動けそうにない。
「仕方ない」
「?!」
レミアは癒やしの魔法を使って明を回復させる。どうやら簡単には休ませてくれないようだ。回復ついでにレベルアップはしなかったものの、相手の力がゴブリンレベルと知った明のやる気は少しだけ上がった。
「ゴブリンくらいには勝てないと……」
「ほう、やる気になったな。いい傾向だ」
その後はやられては回復し、やられては回復しの繰り返し。あんまりワンパターンでやられるので、レミアはアドバイスを飛ばす。そのおかげで人形の初撃は避けられるようになってきた。
ただし、明の攻撃は当たらないし、隙を突かれたらまたワンパンで倒れるしと、いいところを何ひとつ見せられずに初日は終わる。
「済まない。格闘以外もさせたかったんだけど、時間切れだ」
「ここまで殴られたの人生初っす……」
「明日は剣を使った武術の特訓もやってみようか」
「あ、それならイケる気がする」
時間になったので施設を出ると、クロ子が女の子の姿で迎えに来ていた。レミアから今日の授業の内容を聞いていたらしく、明の顔を見た途端にいやらしい笑みを浮かべる。
「ゴブリンにも勝てなかった最弱さん、お迎えにあがりました」
「別に1人で帰れるよ!」
「いえいえ、何かがあってはいけませんから」
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