第7話 レミア先生の楽しい授業
棒立ちになっている明に、大魔女の視線が鋭く刺さった。
「さあ席について。始めるよ」
「あ、はい」
レミアに指示され、明は大人しく席についた。目の前の女性教師はいつもの黒尽くめの魔女衣装。お約束のメガネも掛けておらず、彼は少なからず落胆する。
意気消沈した明を目にしたレミアは、呆れたように軽くため息を吐き出した。
「君の世界の教師の衣装でなくて悪いが、一応これも正装なのでな」
「え?」
いきなり心を見透かされた明は分かりやすく動揺する。目を見開いたその表情を見たレミアは、得意げな笑みを浮かべた。
「私が君の心を読めないと思っていたのか?」
「読めるなら、僕の無罪だってすぐに分かったんじゃ」
「君は魔王の代わりに召喚されているんだぞ? 裏の裏まで疑うのは当然だ」
「とほほ」
大魔女の正論に、明は反論出来ない。場が落ちついたところで、早速授業が始まる。
まず最初に彼女が黒板に書き始めたのは、この世界の歴史だった。
「では最初に、この世界の成り立ちから話していこう」
レミアいわく、神話の昔には神々が様々な生物を作っていたらしい。その生物が自然淘汰を繰り広げていく内に生態系が整えられていった。
そして、その結果からまた神々は別の生物を作り出していく――。
「その繰り返しが続いて、最後に作られたのが人間だ」
「まるで実験みたいだ」
「そうだよ、神々の実験だ」
「え? じゃあ魔族とかは?」
明はレミアの話から『最後』と言うワードが出たところに引っかかりを覚えていた。魔族は強力な魔法を使う種族のはずで、それなら人間より後に作られたと考えるのが普通だ。
この当然の疑問に、レミアは軽く感心する。
「中々鋭い着眼点だ。だが惜しい。魔族と呼ばれる種族、魔獣と魔人族は、元々は普通の獣であり人間なんだよ」
「普通の動物から進化した?」
「そう、魔獣や魔人族は神が手を加えて誕生した訳ではない。その可能性を、神は最初から埋め込んでいたんだ」
どう言う事かと言うと、神々が人や獣を作った時に魔獣や魔人になる要素込みで作ったと言う事。神々のこの世界に対する直接的な介入は、この世界が多種多様な生物で満たされた時に終わったのだそうだ。様々な可能性の余地を作り込んで、後は観察に徹していると言う流れなのだとか。
ここまで黙って聞いていた彼は、ぽつりと言葉をこぼす。
「でもその話、本当なんですか?」
「私の師匠が世界に残る各種伝説や霊界通信で得た情報だ。私も確認している。信じる信じないは君の自由だがな」
「じゃあ、先生も神様と交流が?」
「まぁ、間接的には。私は世界が誇る大魔女だからな」
軽く口にした冗談が普通に受け入れられたしまったため、明は何も言えなくなってしまう。複数の神様が地上の生物を次々に作っていったと言う話はどこかSFめいていて、特定の名前の神様が万物を作ったと言う話よりも受け入れやすかった。
そう、宗教っぽさがなかったのだ。まるで本当にそう言う話があったみたいに。
「じゃあ神様って宇宙人?」
「確かにそう言う見方も出来る。全ては捉え方次第だ」
異世界ファンタジーの住人のレミアが、宇宙人の概念を素直に受け入れている事に明は感心する。そう言う存在と交流が出来ているなら、驚くべき事でもないのだろう。何を口にしても驚かないところに、彼はレミアの器の大きさを思い知っていた。
ここまで聞いた話を頭の中で構築していたところで、明はある重大な事実に気付いてしまう。
「でもそうしたら魔族ってこの世界に誕生したって事? 魔界は?」
「魔界は最初はなかったんだ」
「え?」
「そこは今のこの世界の問題にも直結しているから詳しく話すぞ」
まず、地上に初めての魔人族が誕生して、同時期に魔獣も誕生する。彼らは魔素を放出し始めた。それは、魔族が魔法を使った時に排出されるものだ。魔族が魔法使いや魔女と違うところは、この魔素の存在が大きい。生まれつき魔法が使える彼らだけが魔素を出してしまう。
魔素が少ない内はすぐに分解され、大気中のマナに溶け込む。ただ、許容量を超えると分解されずにまそのまま残ってしまうのだとか。
「これが問題なんだ。魔素が溜まると世界を汚染してしまう。魔族以外の生き物が生息出来なくなってしまうんだよ」
ここまで聞いた明は、自分のいた世界の環境問題を思い出す。原因は違えど、起こってしまった問題は同じようなものなのだろう。地球では世界中のエラい人が集まって対策を考えているけれど、こちらの世界では――。
この問題の対策についても、レミアは話を続けていく。
「この問題に真剣に取り組んだ私の師匠が出した結論が魔界だ。魔法で魔界を作って、そこに魔族を隔離したんだ。世界に魔族がいなくなったおかげで、こうして普通の生き物が普通に暮らせている」
なんと、魔界を作ったのはレミアの師匠だった。大魔女の師匠なのだから更に凄い魔女だったのだろう。それにしても、ひとつの世界を作ってしまうだなんて途方もないスケールだ。
あまりに神話めいていたので、明は好奇心のままにこの話を深堀りする。
「それはいつ頃の事なんですか?」
「ざっと3000年前だ」
「先生もその頃からいた?」
「私はもっと若いわ! 魔界の話は師匠から教えてもらったんだよ」
年齢について聞いたところでレミアはちょいキレる。その反応からして、彼女は割と若いようだ。実際の年齢は直接は聞けないけど、このキレ具合だと多分1000歳は行っていないのだろう。
話の流れを変えないと場の空気が悪くなると考えた明は、軌道修正を試みる。
「で、その魔族がこの世界に出てくるようになって問題になっていると」
「だから深刻な話なんだぞ。こっちの世界が完全に魔界化したら我々は全滅するんだからな」
「全滅って……」
レミアの話す最悪の事態を想定して、明は絶句する。そうして、自分が世界存亡の危機の関係者になったしまった事に改めて頭を抱えた。凡人である彼には、明らかに関わっている問題が重すぎたからだ。
とは言え、自分には何の力もないと言う事実が逆に気楽さも与えていた。この事態の傍観者である事が許されている、そんな気さえしていたのだ。
ここは楽観で乗り切ろうと明が心を決めたところで、レミアはテキストを取り出して教壇に置いた。そうして、教師っぽい口調で目の前の生徒に向けて視線を飛ばす。
「じゃあ次は旅をする上で必要になってくる各種技術の勉強を始めようか。自分の身は自分で守る、これが鉄則だからな」
「センセー、こっちには教科書やノートがないんですけどー」
明の脳天気な申告に、レミアは額を抑えながらため息を吐き出す。呆れ果てた顔をした彼女はビシッと机を指さした。
「机の中、普通は確認するものだぞ」
「え?」
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