第5話 疑い晴れて事実に凹んで
「いいね。手に馴染んでくる」
「どーせ剣を持ったのも初めてなんだろ?」
「バレた?」
「実践経験ないって、さっき自分で言ってたよな」
クロ子からの冷たい視線に明は沈黙する。彼がいたたまれない気持ちになったところで、検査は始まった。大魔女がパチンと指を鳴らすと魔法で動く人形が生成され、その場にあった木の棒を持って襲ってきたのだ。
「じゃあ倒してみてくれ」
「よし! 任せろ!」
剣を振って気が大きくなった明は、先手必勝とばかりに上段で振りかぶりながら突進していく。魔法人形は振り下ろされた切っ先を軽く避けて、彼の脇を棒で思っきり叩いた。
「ぐほっ!」
アキラはこの一撃であっけなくダウン。床にバタリとうずくまる。その様子を目にしたクロ子は、ジト目になって大きくため息を吐き出した。
「ダッセェ……」
「あんなに強く叩くの反則だろ……」
「あれは剣で防げる速度だよ。それも出来ないとはね」
「ぐぬぬ……。未経験なんだから仕方ないだろ」
逆ギレした明はヨロヨロと起き上がると、壁にかかっている様々な武器でリベンジを試みる。バトルアックス、槍、鞭、ブーメラン、弓……。
どの武器も素振りや試し切りなどでは様になるものの、実践になると一撃を避けられて反撃を受けてダウンのワンパターン。全く話にならなかった。
「戦闘センス、なしと……」
「そんな馬鹿な」
「じゃあ続けて、格闘センスの検査」
「えっ?」
戦闘検査でのダメージが残っている状態で、今度は格闘センスの検査に入る。バトルの相手は引き続きの魔法人形だ。インドア派の明は、当然格闘技経験もない。なので、結果は火を見るよりも明らかだった。
最初こそかっこいいファイティングポーズをしたものの、人形が襲いかかってきた時にパンチの一発も繰り出さずに逃げてしまう。
「やっぱ無理ィィィ!」
「駄目じゃんコイツ」
クロ子が呆れる中、レミアは検査を終わらせずにずっと様子を見守る。逃げるのもまた才能のひとつだからだ。
明は必死で逃げていたものの、体力が尽きたところで派手にすっ転んだ。
「はいそこまで。何の才能もなし」
「そんなあ……」
「でも芸人の才能はあるかもな。笑わせてくれたし」
「うっせえクロ子」
クロ子に笑われて、明は悪態をつく。座り込んでふてくされている彼のもとに歩み寄ったレミアは、しゃがみ込んで彼の額にそっと手をおいた。
「え? 何?」
「意識体チェックだよ。悪意があるかどうかを視てる」
「そう言うのも分かるんだ」
「うん、悪意はないね。単純馬鹿だ」
軽く馬鹿にされたものの、明は反論出来ない。なぜなら、単純馬鹿は日本にいた頃からよく周りから言われていたからだ。
心の中を覗かれてそれが真実だと確定した事に、彼は妙に納得する。
「じゃあ魔王の罠って言う疑いは晴れたよね?」
「それはそうだな」
レミアは、ここまでの検査結果を踏まえて指を顎に乗せる。相手を特定した召喚で別のものが呼ばれると言う事は、そのものにも相手と同じものがあると言う事。このルールから言うと、呼び出された明が魔王とは程遠い無能少年と言うのは考えられない話なのだ。
それはつまり、明と魔王には何かしらの共通点があると言う事。今回の検査でその答えが導き出せなかった事は、逆にレミアの探究心に火をつける結果になった。
「もう役立たずが証明されたんだしさ、この国で暮らせるようにしてくれない?」
「いや、まだ君が召喚された理由が分かってない」
「それは僕も知りたいよ」
「だから、一緒に行こう」
満面の笑みを浮かべたレミアは明に向かって手を差し出す。反射的にその手を取った彼はゆっくりと起き上がり、体についた埃を落とした。
しばらくは肩を動かしたり背伸びをしたり軽いストレッチをして体をほぐしていたものの、落ち着いたところで明はまだじっと自分を見つめている大魔女の方に顔を向ける。
「で、行くってどこに?」
「決まっているだろう。魔界だよ」
「は?」
この意外な流れに、明の口が大きく開いた。クロ子も目を丸くして口を手で押さえている。その様子から言って、レミアの言動はその場の思いつきのようだ。
そんな2人のリアクションを目の当たりにした大魔女は、軽く頭を振って左手を腰に当てる。
「明、君は魔王と何かしらの共通点がある。じゃないと召喚は成立しないからね。でもまだその正体が分からない。これは危険な事だ。その謎を解くためにこっちから魔王に会いに行く。その時に君がいないと話にならない」
「でも、魔界ってすごく危険なんじゃ……」
「大丈夫。私が一緒についていくから」
「じゃあ……。絶対に守ってくださいよ」
言質を取ろうした明に対して、レミアは何かを思いついたのか喋るのをキャンセルして腕組みを始めた。絶対何かしらの悪巧みをしてるのだろうと感じた彼は、すぐに言葉を続ける。
「何で黙っちゃうんですか?」
「いやね。基本的には守るけど、それでも必要最低限の技術は身につけて欲しいんだ。道中は何が起こるか分からないし」
「つまり?」
嫌な予感がした明は思わず聞き返す。そこでレミアは軽く胸をそらすと、腕組みをしたままニヤリと笑みを浮かべた。
「これから私が君を鍛えよう。で、行けそうになったら魔界に向かう。いいかな?」
「どうせ拒否権とかないんでしょ」
「オレも手を貸してやんよ。今のままだと雑魚過ぎて話にならんからな」
「お、お手柔らかにお願いします……」
こうして、明の修行がなし崩し的に決定される。旅が出来るくらいに鍛えると言うのがどのくらいのものなのか、今の彼には見当もつかない。ただ、そんなぬるくないのだろうなと言うのは薄々感じ取れていた。
話が決まったところで今日の予定は全て終わり、明は開放される。施設を出たところで色々な疲れが一気に襲ってきて、彼はどこにも寄らずに宿に直帰。前日同様にそのまま泥のように眠ったのだった。
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