第4話 魔導ビルでの資質検査

 朝食を終えた2人は宿を出る。明は行き先を知らなかったので、当然先導するのはクロ子だ。


「ちゃんとついて来いよ。迷子はゴメンだぜ」

「じゃあ、手を繋いで歩こうか?」

「バッ、ふざけんな」


 クロ子は声を荒げるとそこから無言になる。明はちょっとからかいすぎたかなと思いつつ、歩きながら街の様子をキョロキョロと観察した。ファンタジー系のゲームや異世界アニメなどでよく見るような建物が実在していると言うのが、彼の心を高揚させる。


「あの店ちょっと見ていい?」

「寄り道は厳禁だ。分かってんのか? オメェはまだ疑いが晴れてねえんだ」

「疑いって、僕が魔王の罠ってやつ?」

「オメェが無実だと言うならそれを証明しねぇといけねぇ。今向かっているのはそう言う場所だ。そこでレミア様が待ってる。あんまり待たせちゃいけねえだろ」


 クロ子は急ぐ理由を説明する。使い魔は主人に忠実だ。だから急かしていたのかと納得した明は、寄り道の代わりに情報収集をしようと考えた。


「クロ子はあの魔女……レミアさん? の使い魔になって長いの?」

「10年くらいかな」

「えっ? クロ子ってもう結構おばさん?」

「ちげーよ! 使い魔は普通の10倍長生きするんだ!」


 年齢に関して、クロ子は人間の女子と同じくらい過激に反応する。そこは女の子なんだなと明は声を荒げる彼女に軽い恐怖を覚えた。確か猫の1歳は15歳くらいだったので、10倍長生きだとしても10年も生きていたら本来は明と同年代くらいの見た目になっているはずだ。

 ただ、この時の彼にそんなツッコミを入れる心の余裕はなかった。


「えーと、なんかごめん」

「見えてきた。あれだ」


 明の謝罪をスルーしてクロ子が指さしたのは、周りの建物とはかなり異質な造形の建物だった。他の建物は異世界ファンタジーでよく見られるような作りをしているのに、その施設はまるで鉄筋コンクリートで作られた建物のようだ。

 デザインも何もない白い無機質な四角い箱は、周りからむちゃくちゃ浮いている。


「あそこだけ文化が違っていない?」

「魔法技術で作られているからな。気にするな」

「あそこで何をさせるつもりなの?」

「ただの検査だよ。ただの」


 クロ子が『ただの』を強調したところに明は引っかかる。魔法技術で作られた近代風な建物。中では人体実験的な事をされるのかも知れない。拘束されて体を切り刻まれたり、高圧電流的なものを流される可能性だってある。そう考えた彼は、どうにかこの状況を抜け出せないものかと思案し始めた。

 腕を組みながら立ち止まり、軽くうつむく。すぐに様子が変だと気付いたクロ子はくるりと振り返ると明の腕を掴んだ。


「何もヒドい事はしねえよ。行くぞ」

「それを信用しろって? 冗談じゃない!」


 恐怖心がピークに達した明はクロ子の手を振りほどいて駆け出した。向かう先はさっきまでいた宿だ。戻れば事態が好転するとかそんな保証はどこにもない。ただ、今から待ち受けているであろう運命から少しでも離れようとしたのだ。

 この反乱にクロ子はすぐに追いかけようとしたものの、彼の進行方向に目をやったところでそれをやめる。振り返って追手が来ない事に安心した彼は誰かにぶつかった。


「いたっ! す、すみません」

「構わないよ。明くん」

「ゲーッ! レミア……さん?」

「さあ、楽しい楽しい検査の時間を始めようか」


 レミアは楽しそうに明を見下ろして笑みを浮かべる。彼は一瞬の内に魔法で全身を拘束され、有無を言わさずに魔法技術で作られた3階建てのビルっぽい建物内に放り込まれた。

 室内もまるで近代建築のようになっており、内装はシンプルで必要なものしか置かれていない。明は身動きの取れない状態で空中に浮遊したままレミアに運ばれていく。辿り着いた部屋の中には椅子と机と水晶玉があった。


「じゃあ、このクリスタルに手を乗せて」

「意外と普通だ」

「だからヒドい事はしないって言っただろうが」

「あはは、ごめんな」


 クロ子に軽く謝りながら、明は指示通りに机の上に鎮座するサッカーボールくらいの大きさのクリスタルに手を乗せる。ここで何かしらのチート能力が発現すれば、クリスタルに異常な反応が出ると言う訳だ。

 明はそんなイメージを強く抱きながら、じっとその様子を見つめているレミアに向かってニヤリとやらしい笑みを浮かべる。


「このクリスタル、壊しちゃったらごめん」

「うん?」

「いやだから、僕の力がすごすぎて壊したら……」

「それはなさそうだな。見てご覧、無反応だ」


 レミアの呆れ顔に、明は自分の手元を改めて眺める。そこには乗せる前と何も変わらない透明で冷たいクリスタルが沈黙していた。確かに何の反応もない。彼はこの想定外の事態に目が泳ぐ。


「え? なんで? おかしいよ。壊れてんじゃないの?」

「じゃあ、私が手を乗せるぞ」


 試しにレミアが手を乗せた瞬間、クリスタルはまばゆい虹色の光を放つ。その美しく荘厳な光を目にした明は言葉を失った。そこから察するに、このクリスタルは魔力を検知するためのものなのだろう。

 手を離したレミアは、明の顔を見ながら冷たく言い放つ。


「クリスタルは正常だ」

「じゃあ何? 僕は魔力がこれっぽっちもない?」

「みたいだな」

「えぇ……」


 この結果を受け入れられないまま、彼は次の検査に向かう。廊下を歩いて突き当りにあったドアを開けたその先にあったのは、壁一面に武器が飾られた闘技場のようなところ。所々に傷もあって、この部屋で様々な戦いが繰り広げられていた事をうかがわせた。

 その雰囲気から、明もすぐにここでの検査内容を理解する。


「なるほど、魔法が駄目ならって事ね」

「明、武術や格闘技の経験は?」

「いや、何も……」

「これも望み薄だな」


 彼の気の抜けた返事を聞いたレミアはため息を吐き出しながら頭を抑える。全く期待されていないリアクションに憤慨した明は、フンスと鼻息を荒くした。


「何だよ! やってみないと分からないだろ!」

「じゃあ好きな武器を取って。早速始めよう」

「見てろ。驚かせてやる!」


 彼がまず手にとったのはお約束の長剣。本物の刃物がついた剣は確かな重量がある。それを握った明は何度か振り回して感触を確かめた。普通に上から下に振り下ろしたり、袈裟懸けで下から上に切り上げたり、水平にないでみたり、鋭く突いてみたり――格好だけは一丁前だ。

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