身体検査

第3話 大魔女の使い魔

 RPGや異世界ファンタジーでよく見るタイプの宿に通された明は、小鳥のさえずりで目覚めた後もしばらくぼうっとしていた。窓から差し込む朝日を浴びながら、昨日大魔女によってこの世界に呼び出されるまでの間の事を反芻する。


 あの日、昼休みに単独行動をとった明は教室の窓から運動場を見ていた。そこでは様々な生徒達が思い思いに過ごしている。昼休みにその光景を見るのが彼のルーティーン。友達がいない訳ではないものの、1人の時間も大事にしていたのだ。

 彼の体に変化が起こったのは、昼休みが後数分で終わろうとしていた頃。教室外で過ごしていたクラスメイトが続々と戻ってくる中で発生する。


「明、お前光ってんぞ?」

「え?」


 一番近くにいた級友の指摘に明が自分の両手を覗き込んだ時、逆に自分の周囲が強い光に包まれていく。その初めて体験する異常事態に戸惑っている内に光は収まり、彼は大聖堂に転移してしまっていたのだ。


「まだ信じられん……。ここは夢の中なんじゃないか」


 そんな現実逃避をしながら、明は二度寝を決め込む。次に目覚めた時に、見慣れた舞鷹市の風景が視界に戻る事を期待しながら――。


「おい寝坊助! まだ惰眠を貪ってやがんのか!」

「うぇっ?」


 ドアの向こうから聞こえてきた突然の毒舌に、明は完全に目が覚める。どんな乱暴者が来たのかと怯え、ガタガタと震えた。ここが自分のいる世界ではない、アウェイである事を実感して頭の中が真っ白になる。

 どうにかこの災厄から逃れようと考えた彼は、何も反応しないと言う手段を選んだ。嵐はいつか過ぎ去るもの、無反応ならその内あきらめると思ったからだ。もちろん、相手が鍵を持っているかも知れないと言う想定はこの時点の明にはない。


「起きてんだろ? 起きてねぇとおかしいよなあ」

「……」

「あぁ? 無視かよ。じゃあ、邪魔するぜ」

「!!」


 声の主はそう宣言すると、すうっとドアを通り抜けてきた。鍵を開けるとか、豪快に蹴破るのを想定していた明は、この展開に目を丸くする。


「やっぱ起きてたじゃねえか。早く支度しろ」

「!!」


 彼が声を出せなかったのも当然だ。何故ならその声の主が可愛らしい黒猫だったからだ。その声はどうやらテレパシーに近いものらしい。口が動いていないのに言葉が聞こえてきたからだ。

 明はこの突然現れた猫について頭の中で正体を推理する。魔法を使う黒猫で自分の事情を知っている。そこから想定される結論は――。


 彼は、目の前の黒猫に向かって恐る恐る自分の出した結論の確認をする。


「君、あの魔女の使い魔?」

「お? 少しは勘がいいじゃねぇか。オレの名前はクローディアス。レミア様が呼んでんぜ」

「レミア様?」

「オメェ、自分を召喚した相手の名前も知らなかったのかよ?」


 クローディアスからの言葉で、明は大魔女の名前を知った。そこで、彼は自分を呼び出した魔女の事を何も知らない事を実感する。


「あの魔女、レミアって言うんだ。へぇぇ」

「レミア様は世界一の大魔女なんだぞ、何で知らな……。そっか、お前は異世界人だったな」

「お前なんて呼ばないでくれよ。僕の事は明って呼んで欲しい」

「じゃあ明、支度しろ。宿を出るぞ」


 クローディアスに急かされて明は渋々支度をする。着替えて部屋を出たところで、彼はおもむろに振り返った。


「クローディアスはどうすん……え?」

「何だよ?」


 明が絶句したのも当然だ。後ろからついてきていたであろう黒猫が10歳ほどの見た目の可愛らしい女の子になってたのだから。声が同じだったのですぐにさっきの黒猫が変身した姿だと気付いたものの、何故人の姿になったのかが分からず、彼は首をひねる。


「何で変身したの?」

「これから一緒に朝食を食べるからだよ。この姿の方が自然だろ?」

「女の子だったんだ」

「何だよ? 悪いかよ?」


 性別に言及したところで、クローディアスは分かりやすく不機嫌になる。不満を持っていると言う事は、好きな性別や見た目にはなれないと言う事なのだろう。つまり猫の姿の時からメスであり、まだ幼いと言う事が分かる。

 その事情が分かったところで、明は目の前の毒舌少女が可愛らしく思えてきた。


「じゃあ、一緒に行こうか。クロ子」

「はぁ? なんだよそれ」

「クローディアスって長いじゃん。愛称だよ」

「オレは絶対に認めねえ!」


 2人はそんな会話を続けながら食堂へ。クロ子は宿の人にも認知されていたようで、気さくに挨拶されていた。


「クロちゃん、今日はその子の付き添いかい?」

「ああ、暇だからな」

「一緒に朝飯食べるんでしょ? いつものでいいかい?」

「頼むわ」


 給仕のおばさんはニコニコ笑顔で厨房に入っていく。毎回同じメニューを頼む時のお約束の『いつもの』が通じるくらいなのだから、きっと常連なのだろう。

 明は宿の人との会話から、クロ子がここの人達に愛されている事を実感する。


「みんなクロ子の正体を知ってんの?」

「そりゃあな。って言うかクロ子やめろ」

「じゃあクロちゃん?」

「そっちもやめろ。まだクロ子の方がいい」


 クロ子は不満げな表情を浮かべて顔をそらす。その仕草も可愛らしくて、明は心がほわほわした。街には他にも宿があるようなので、この宿がレミアのお気に入りと言う事なのだろう。魔女やその使い魔にも寛容なのが理由かも知れない。

 彼がそんな事を考えていると、朝食が運ばれてきた。パンに卵焼きにソーセージにスープ。意外と異世界らしくないような異世界らしいような定番っぽい感じのメニューだ。


「クロ子はこれが好きなん?」

「別に。注文が楽だからだよ」


 この返事に、明は改めてテーブルに置いてあったメニューを眺める。この料理に相当するものは見当たらない。特別メニューかなとも思ったものの、それなら注文が楽と言うさっきの言葉と矛盾する。

 何度か見比べていたところで、ようやくこのメニューの正体に彼は気付いた。


「そうか! 日替わり朝食だ!」

「それが一番楽なんだよ」

「あれ? 何で文字が読めるんだろ?」

「馬鹿だな。召喚の時点でそうなったに決まってんだろ?」


 クロ子いわく、召喚前に得ていた知識などは召喚した際にこの世界用に変換されるものらしい。考えてみれば、その機能がなければ会話だって困難だろう。明はなるほどと何度かうなずいた。

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