第2話 大魔女の失敗

「地上へようこそ。久しぶりだな」

「え?」

「どうした? 私の顔を忘れたのか?」

「うわっ! ここどこ?!」


 レミアはこの反応に自分の目を疑う。魔法陣から召喚されたのがお目当ての人物ではなかったからだ。彼女が呼び出した誰かは、魔族どころか一般人レベルの力しか感じられない。

 召喚失敗の事実を前に、レミアはガクリと膝から崩れ落ちる。


「私が失敗……有り得ない。何もかも完璧だったはずだ……」

「あの~?」

「君は一体何者なんだ! 私の完璧な召喚魔法に割り込むなどと……」

「えぇ……」


 召喚された人物はこの身勝手な大魔女の怒号に困惑している。彼はしばらく戸惑っていたものの、この重い雰囲気耐えきれずに自己紹介を始めた。


「僕は明。瀬尾 明。16歳の男子高校生……です。えっと、趣味は……」

「つまり、魔王ではない?」

「あ、はい」

「そうだな。君はただの凡人だ」


 召喚された明はこの質問にコクリとうなずく。この時点で、彼も自身が招かれざる存在だと言う事を自覚した。


「あの……魔法使いさん。ここは異世界とか言うアレですか?」

「君から見ればそうなるな。その格好を見れば分かる。済まない。君を呼ぼうとした訳じゃないんだ」


 レミアは自分のミスを素直に認め、明に謝罪する。手違いで召喚された事実が分かった彼は、困惑している自分より背の高い魔女の顔を見つめた。


「じゃあの、帰してくれませんか?」

「それは無理だ」

「え、何で?」

「異世界召喚者を元の世界に返すには、返す世界の情報を知らないと無理なんだ。私は君のいた世界を知らない。君が戻るには、君のいた世界を知る召喚魔法使いか、君がいた世界の魔法使いが今ここにいる君を召喚し直すしかない」


 レミアは召喚魔法のルールを説明する。いくら稀代の大魔女と言えども、魔法の前提を崩す事は出来ない。ただし、魔法の概念を知らない目の前の少年は、そこにも納得が行っていないようだった。


「だってあなたは僕を召喚出来たんでしょう! それなら戻せないのはおかしいですよ!」

「私は魔王を召喚するはずだった。成功するはずだった。それなのに……。おそらく魔王が私の魔法を妨害したのだろう。文句があるなら魔王に言って欲しい」

「えぇ……」


 自分の召喚が魔王絡みだと知り、明は絶句する。彼はこの世界が剣と魔法の世界だと察すると、腕を組んで考え込み始めた。


「じゃあ、僕はもう二度と帰れないって事?」

「そうなるな」

「そっちのミスなんだから責任取ってよ!」


 大体の事情が分かったところで明はキレる。こっちの都合もお構いなしに勝手に召喚されたのだから怒って当然だろう。鼻息の荒い彼に対して、レミアは飽くまでも冷静だった。

 彼女は指を顎に乗せると、明の全身を値踏みするようにじっくりと見つめる。


「責任か。じゃあ、君はどうしたい?」

「どうって?」

「何か秀でた能力があるならそう言う職を紹介出来る。それとも、この国の庶民になるかい? 何か特技とかは?」


 特技を聞かれた明はゴクリとつばを飲み込む。実は彼には特筆すべき能力は特にない。元の世界なら何かしら役に立つスキルもあるかも知れないものの、この異世界で役に立ちそうなものは何も思い浮かばなかった。

 思い悩んだ明は、ここが異世界だと言う事を改めて思い出す。


「ステータス! あれ? プロパティ! あれ? えーとえーと……」

「いきなり何だ? 魔法の呪文か?」

「あの、この世界ってレベルとか経験値とか?」

「レベルとは何だ? 経験は経験だろう?」


 レミアの言葉を聞いて自分が知っている異世界でない事が分かり、明は膝から崩れ落ちる。ラノベでお馴染みのゲーム系異世界でないとすると、それ系ではお約束のチートだって期待は出来なかった。

 彼はじっと自分の両手を見つめ、何か不思議な力が宿っていないか色々と念じてみる。けれど、何度試しても何も変わらない。その現実に更にショックを受けた。


「あの……。僕、庶民でいいです。特技とかないんで」

「そうか。じゃあそうしよう」


 こうして、手違い召喚された日本の少年は異世界の一般国民と言う第二の人生を歩む事になった。レミアに肩を抱かれながら聖堂を出ようとしたところで、彼女の足が突然止まる。


「いや、ちょっと待て」

「え?」

「君は実は魔王の罠だったりしないか?」

「は?」


 レミアいわく、魔王を召喚しようとして別人が呼ばれたと言う事は、それ自体が魔王の罠の可能性もあるらしい。

 全く身に覚えのない容疑をかけられた明はそれを必死に否定するものの、ムキになればなるほど怪しいと思われてしまい、彼の主張は聞き入れられなかった。


「僕はその魔王とか知らないし、被害者だよ!」

「証拠は? 本当に魔王とは無関係?」

「無関係だよ! 悪魔の証明だよ! そうだ! 魔法が使えるなら嘘発見器みたいなのもあるんじゃないの? それで調べてくれれば……」

「駄目だ。そんなのはいくらでも偽装出来る」


 議論は平行線を辿り、一旦収まりかけた明の処遇も振り出しに戻る。どうしても魔王の罠の線を捨てきれなかったレミアは、抗議する彼に向かって右手をぐいっと伸ばして手のひらを向けた。


「え? 何かの儀式?」

「魔力感知の身体検査だ。何もなければすぐに終わる」


 明に向けられた大魔女の手のひらは、頭の先から足の先までじっくりとスキャンするように動いていく。まるで自分の体の中身まで見られてるような気になってしまった彼は、蛇ににらまれた蛙のように微動だに出来なかった。

 たらりと頬に冷や汗を流しつつ、彼女の魔法的なスキャンが終わるのを待つ。


「おかしい。何もない」

「これで分かったでしょ。僕は無実だよ」

「でも魔王の偽装が私の想定を上回っているかも知れないし、この結果を鵜呑みには出来ない」

「えぇ……」


 どうやらレミアは自分の思い通りの結果にならないと納得が出来ないタイプのようだ。それでも現実を捻じ曲げるほど捻くれてもいないため、結局は納得の行くまで調べると言う事で落ち着く事になる。

 気の済むまで散々調べまくった彼女は、その上で首をひねった。


「今日は疲れたから、明日改めて徹底的に調べる事にしよう。君も今日は休んでくれ。宿は手配しておく」

「あ、明日もやるの?」


 こうして、ようやく開放された明はレミアの指示を受けた使いの人の案内で宿に泊まる。この時、彼が召喚されてから実に6時間が過ぎていた。

 いきなり初めての経験をたくさんした事で気疲れしてしまったのか、ベッドに倒れ込んだ明は翌朝まで意識が戻る事はなかった。

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