第6話 師匠はあっさりとした婚約破棄と儀式を見る
機関長の視線はセオに行く。その力強さに逸らすことができず、互いの視線が絡み合う形となる。機関長の口が開く。
「まずは表向きの事情だ。ユゼ・シェンロンは半年の長期留学生として、ウチに迎え入れることになった。私達が扱うウェルズ語を多少使えるが、細かいところまでは対応できない。通訳として、お前か魔法薬学の教授のプリムが請け負うことになった。構内ではプリムが対応することになり、外ではセオ……お前がやってくれ」
事務的な側面のある内容のため、機関長の声は淡々としている。拒否権というものは存在せず、セオはひとつしかない答えを言う。
「承知しました」
「よろしい」
セオの承諾に機関長はほんの少しだけ、表情を柔らかくする。
「次に行こう。ただこれは一つ目と関連することになる。ユゼ・シェンロンからご要望があってね。この都市以外も行くことになった。農業都市のエルム・シティと工業都市のスチルウルドだ。お前が同行者として行くからな。細かい日時を後程伝えるから、予定を開けておくように」
セオは返事の代わりに縦に頷く。
「とりあえず私からは終わりだ。あとはお前達の問題だからね。静かにするよ」
「え」
機関長の予想外の言葉にセオは素の声を出す。ユゼを除き、ほとんどの人は固まる反応をしている。
「言葉に甘えよう」
ユゼは立ち上がり、スイレンの前に座る。じっと、彼女の顔を見つめる。やられている彼女は困惑している。
「スイレン。私の父に代わって謝罪を」
ユゼは突然頭を下げた。それにより、スイレンは更に困惑する。
「なっえ?」
「勝手に婚約の約束を交わしたことだ。私の父とあなたの父が取り決めたものであり、一種の縛りでもある。ずっと気になっていたのではないか? 異様なほどに異性からの誘いがないことを」
セオはスイレンを窺う。目が合ったスイレンは軽く頷いて、再びユゼと向き合う。
「ええ。最近、何かをかけられていることに気付きました。リリアン様でも対処できないほど。いえ。恐らく違うのでしょう。シェンロン自身か、それと同等の者がやった。そうでしょう?」
弟子の鋭い指摘に、師匠は口角を上げながら、頷く。ユゼは否定しない。
「ああ。シェンロン様がかけたものだ。とはいえ、数年以上も経っている。代理人である私でも解くことが可能だが」
そのセリフにセオの目が大きく開く。
「幼い頃に滞在し、共に過ごした身とはいえ、数年も経てば……ただの他人だ。立場というものも互いに持っている。あなたが望むのなら、婚約破棄をし、かけられたものを解こう」
スイレンは深呼吸をする。数秒の沈黙後、彼女は覚悟を決める表情をする。
「婚約破棄に応じます。それと解呪をお願いします」
いつもと異なる静かで真剣な雰囲気に、セオは介入することすら出来ない。
「分かった」
ユゼはシェンロンの言葉でもなく、ウェルズ語でもない、聞き取れない言語を使い始める。心地の良い彼の声に、スイレンは祈るように目を瞑る。少ししたら、暖かみのある色彩の光から、神秘的な白い光に変わり、場の雰囲気が変わっていく。
「一種の神殿だな」
ずっと静かにしていたリリアンがようやく口を開いた。いつの間にか傍にいたことに驚きつつも、セオは同感の言葉を出す。
「ああ。擬似神殿と似た類だろうね。神官が祓う時に使うって奴の」
「とはいえ、あれとは比較にならないだろうな」
「だよねぇ」
シェンロンの代理人というユゼと、一般的な神官との力量の差は大きい。思い出して、比較をしたセオは笑う。諦めたような笑みを、リリアンに見せる。
「俺達ですら叶わないかもね。シェンロンの代理人だからかな」
「本当にそうとも限らないぞ。判断材料がなさすぎるしな。だが、考える必要があるだろう。本物なら何故、表舞台に立つことを決意したのか。代理人という言葉を使う理由は何かを」
冷静な魔女様の言葉に、セオは瞬時に気持ちを切り替える。
「ああ。そうかもしれない。ドラゴンロードに産業革命が起こった。魔法による効率的な使用。幅広い技術の布教。その波は近くにある大陸に広がって、豊かになった。更に植民地化という形で南の大陸にも……西の大陸にも……進出している」
そしてこの世界の数十年の間に起きた出来事を振り返るような言い方をした。また、聞いていたリリアンは現状を端的に表現する。
「ああ。世界が広くなった。神々という手を借りずとも、我々は歩くことが出来るようになった。神々がどう考えるかは分からぬが」
白い光は少しずつ小さくなっていき、元からあった暖かみのある色彩に戻っていく。ユゼの雰囲気が穏やかなものになり、スイレンの肩を優しく叩く。目をそっと開けた弟子は嬉しそうに笑う。微笑ましく見守りながら、師匠は今後のことを魔女様に伝える。
「とりあえず、今のところは大きい変化はないようだし、見守るよ。ユゼ・シェンロンは俺達よりも強力だけど、俺の可愛い弟子の意見を尊重してるわけだし」
「そうだな」
互いに共通した弟子を、二人は優しい眼差しで見る。その弟子は拳を強く握り、己の悲願達成などを数年ぶりに再会した幼馴染に力説している。幼馴染は押されながらも、どこか楽しそうに彼女の話を聞いていた。仲良くなるような雰囲気に、セオは師匠として、家族として、今日一番の嬉しそうな笑みを浮かばせた。
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