第5話 師匠は衝撃的な事実を知る

 長い静寂と思考の時間は急に終わりを告げることになる。ノックの音に主のセオは立ち上がる。


「はいはい」


 いつものようにドアを開けて、廊下の様子を窺ってみると、ユゼと名乗る白髪の青年がいた。彼の左右に従者であるウェイジンとコウグゥがいる。彼らを見てしまったセオは反射的に身体を固くしてしまう。


「すまない。貴殿のところに行けと言われてな」


 ユゼはセオのことを気にせず、微笑みながら言った。機関長の姿が見当たらなかったため、セオは恐る恐る訊ねる。


「はあ……機関長はどこに?」


 その質問に変わらない笑みで答える。


「彼女なら先に行っている。隠れ家と言う名だそうだが」


 機関長からの伝言を聞き、セオは思わず後退りをしそうになる。


「師匠。誰か来たんですか」


 誰かのやり取りを聞き気になった弟子は師匠の背中から、ひょっこりと顔を出す。


「あれ」


 向こうにいる彼らの顔を見て、弟子は傾げた。


「お……お嬢だ」

「スイレン嬢」


 スイレンの顔を見たウェイジンとコウグゥは突然、従者のようにかがむ。


「え。ちょっと。ねえ。農民の出なのにそれされると困るんだけど!? 久しぶりなのに、その態度も恥ずかしいし!」


 スイレンの頬が赤くなり、戸惑うような声が口から出て来た。


「そうはいきません。あなたは我が主のユゼ・シェンロンの正式な花嫁ですから」


 コウグゥの衝撃的な発言にセオは反射的にスイレンを窺う。視線を合った弟子はフルフルと横に振る。そういうことかと、師匠は頭を抱える。


「両親の話し合いで決めた約束ってことか」

「はい。それが原因で、私に許婚がいたということになります」


 何年も魔法研究の世界におり、貴族の世界も知っている弟子は戸惑いながらも、事情を把握していた。


「でもそれはあそこでも貴族のみです」


 正々堂々と、セオの前に出る。スカートの裾を上げ、この国の淑女らしく、礼儀正しいお辞儀をする。


「お久しぶりです。ユゼ。まさかあなたがシェンロンの名を使うとは思ってもいませ」


 最後まで言えなかった。ユゼがスイレンに抱き着いたためだ。師匠は目をぱちぱちとする。


「ああ。こうしてまた出会えることになるとは。あの村が散り散りになり、全体が混乱と化し、探すことすら困難だったから……気がかりだった。大きくなったな。スイレン」


 どこか嬉しそうな声を出しながら、ユゼは彼女の頭を優しく撫でる。


「あなたも随分と大きくなりましたね。いえ。私より三つほど上でしたし、男ですから当然ですが」


 スイレンはぶっきらぼうに言いながら、力を込めていない拳でユゼの腹に当てている。腹で感じ取ったユゼは静かに彼女から離れた。


「師匠。そろそろ行きましょう。隠れ家へ。と言っても分からないので、道案内よろしくお願いします」


 切り替えが早く、謎に力強い声を出した弟子に、セオは苦笑いをする。


「そうだな。待たせるわけにはいかないし」


 案内を開始する。階段で一階まで降りて、外に出る。その後はドーム状の庭園に向かう。


「師匠?」


 硝子で出来たドーム状の庭園の前で、セオの足が止まった。右手で何かにかざす仕草をする。


「おお!?」


 ユゼの従者二人が感嘆の声をあげる。植物の蔦で囲まれることで周りが暗くなり、トンネルのようなところに立つ形になる。


「これが隠れ家ですか。限られた人しか入られないという。擬似異界の魔法の一種でしょう。それと、隠匿の魔法以外にも結界や何らかの縛りがあるような印象があるのですが」


 一方で弟子は冷静に魔法の分析をしていた。師匠は嬉しそうに解説をする。


「その通り。隠匿。空間。結界。解呪の応用。まあ色々とあるけど。そういった類のものを組み合わせた魔法だよ。出すわけにはいかない情報とかを扱う時は大体使うかな」

「なるほど。その感じだと、師匠も使えますね?」


 さらりと師匠は肯定する。


「そりゃあね。正式の研究者と教授はなったと同時に、土台となる術式を覚えるし。いくつかを埋めておけば、即発動が出来る形にはなってるよ」

「ということはリリアン様も」

「そうだね。てか。何でそこで魔女様が出て来るわけ」


 セオはジト目でスイレンを見る。スイレンは当然のように答える。


「師匠がリリアン様とお付き合いしているからですけど」


 その答えにセオは反射的に強く否定をする。


「してない!」

「え?」


 信じられないという目で師匠を見る。


「だってリリアン様からそう聞いてるのですけど」

「そういうのを鵜呑みにするな!」


 師匠の顔が一気に赤くなる。それを隠すように、振り向いて、さっさと歩き始める。弟子は急いで追いかける。ユゼ達も当然、彼らに追いかける。後ろからの生暖かい視線を受け取りながらも、セオはスイレンに貴族としての知恵を授ける。


「そう公言することで、面倒ごとに巻き込まれずに済むというメリットもあるからな」

「処世術ということですね。学習しました。やはりリリアン様は賢いのですね」

「そう……来ちゃう?」


 あまりにも納得いくまでに早かった弟子に、師匠は苦笑いをしてしまう。


「さて。そんなこんなで、そろそろ着くよ」


 彼らはトンネルの先にある光に突入する。隠れ家といっても、魔法の名称でしかなく、薄暗さはない。ほんのりと暖かい色彩の灯りを使っており、明るい色の木材の家具と柔らかなソファーがあることで、よくあるリビングだと思わせるデザインだ。


「ようこそ。私の隠れ家へ。ああ。これ余り物だからな。壊れても問題ないさ」


 どっしりと構える機関長が出迎えていた。彼女の隣には癖のある金髪を高く結び、ボディラインが出ている真っ黒なドレスを着ている、艶めかしい若い女性がいる。それを見た途端、セオは視線を逸らし、スイレンは顔に喜びを表現する。


「リリアン様!」


 スイレンに呼ばれた、若い女性は微笑みながら、優雅に手を振る。


「全員揃ったことだし、話し合いを始めようかね? ほら。立ってないで座った座った」


 立場関係なく、機関長が発言をして、その場を仕切る。誰もが素直にソファーに座ったり、地べたに座ったりする。


「高貴なあなたがそこでいいのか?」


 意外にもユゼは地べたに座っており、それを見た機関長は思わず声をかけていた。


「構わない。あなたが思っているほど、私は高貴な人間ではない。よくいる留学生という認識でいい」


 その返しに、機関長はため息を吐く。


「まあいい。さて。ひとつずつ片していこうじゃないか」


 その機関長の言葉にセオは唾を飲み込む。その一方で、隣にいる弟子は出された紅茶を口に入れる。いくつものお題をこなす。隔離された空間での話し合いが始まるのであった。

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