第7話 師匠はユゼの従者達にお茶を提供する
話し合いが終わった翌日から、魔法研究機関内は東洋の留学生であるユゼの話題で賑わうようになった。あまりにも顔立ちが良く、数年前に滅んでしまったシェンロン国の者であるためだ。
それでもセオの生活は変わらない。いつも通りに研究をしたり、他の研究者と討論を交えたりする日々を繰り返している。ユゼと初めて会ってから二日後、セオは本を借りる目的で図書館に入った。
「スイレン。すまないが……この辺りを読んでも分からぬ」
「ちょっと何でそういう難しいところから取っちゃうわけ」
例の二人の声が聞こえるため、セオは「お?」と思いながらも、図書館内を歩き回る。元々の目的である精霊術に関する本を取り、新しく入って来た書物があるコーナーに向かおうとした時、不審者のような大男二人がいた。ウェイジンとコウグゥだ。大柄な野郎どもが本棚に隠れて、スイレンとユゼを見守っている。
「二人とも何してるんだ」
それを見たセオは呆れた声で二人に声をかけた。
「ああ。セオか。異国の地だからな。こっそりと護衛を」
ウェイジンは本気の顔をして答えた。
「十分な警備あるから、そこまでしなくてもいいからな」
セオから指摘されたウェイジンは無言になった。隣にいるコウグゥが申し訳なさそうな表情をする。
「すみません。いつもの癖でこうなってしまうんです。何かあるのではという不安もありまして……つい」
その言葉にセオは思わず微笑んでしまう。
「心配性ってことか。安心して。何でか知らないけど、スイレンは軍が使う精霊術を会得してるから、万が一のことがあれば、守ることぐらい容易だし。さっき言ったことだけど、様々な警備体制があるからさ」
そしてセオはあることを提案する。
「彼から連絡が来るまで、お茶をしようか。あなた達にも休む時間というものもいるだろうし、ユゼ様とスイレンの交流を邪魔するわけにはいかないからね」
ボソリと二人に届かない声量で本音を漏らしていく。
「というか野郎三人か。花が欲しかった」
見えない形でわざと涙を流し、引っ込んだ状態の顔を二人に見せる。
「それじゃ食堂に行きましょう」
彼らは静かに図書館から出て、食堂に行く。数少ない生徒や研究者に挨拶を交わしながら、百人の収容が可能な食堂に入る。夏季休暇と言う名の長期休業中であり、ひとりもいない。
「お茶らしきものがありませんが」
粗方見たコウグゥの指摘に、セオは動揺することなく答える。
「そこはご安心を」
慣れた様子で食堂にある厨房に入る。瞬時に魔法でお湯を作り、食堂が持つティーポットに入れる。自前で持っている茶葉を入れ、蓋をして蒸らす。
「手慣れているな」
ウェイジンの感心したような声に、セオは笑う。
「まあ。俺にとって欠かせないものだからね。人によったらコーヒー派だったりするけど。あ。コーヒーは知らなかったりする? ドラゴンロードの支配地だと、コーヒーハウスとかないって話だし」
「存在だけは知ってる」
「機会があったら体験すると良いよ。独特な雰囲気とかも味わえるからさ」
魔法で茶葉を取り除き、東洋の貿易で獲得した白い陶器を棚から出す。人数分のコップを出し、温かい紅茶を注ぐ。
「そだ。お茶を入れる時があるんだったら、水の温度に気を付けた方がいいよ。同じ材料だけど、作り方に違うがあるからさ。あ。自由にコップ持っていって。話は向こうでやるから」
三人は食べるスペースに行き、席に座る。だだっ広い食堂にぽつりといる。普段と異なり、とても静かだが、彼らは気にしない。
「良い香りだ。紅茶というものを何度か経験したが、高品質なものは初めてですね。相当な値段をしたのでは?」
コウグゥは紅茶を飲み、リラックスした態度で、セオに質問をした。セオ自身もいつもの香りを堪能しつつ、落ち着いた声で答える。
「色々とご縁があって安く提携してるだけで、本来はバカ高い貴族様のものだよ」
ちらりとユゼの従者二人を観察する。狼狽えている様子はない。魔力感知の魔法を使い、周辺に誰もいないことを確認する。食堂という空間から音を漏らさないように一時的な術式を盛り込ませる。完了後、セオは切り込んだ質問を仕掛ける。
「お茶の楽しみ方を知ってるとなると……やはり仕えているユゼ・シェンロンはかつてあったシェンロン国の重鎮の息子とかだったりする? この間はだいぶアッサリ気味だったし、立場とかを理解して接したい」
二人の飲む行為がピタリと止まり、ティーカップをテーブルの上に置く。コウグゥはウェイジンに視線を送り、ウェイジンは静かに頷いた。真剣で重い雰囲気が漂い始める。
「あ。言っとくけど、外に漏らさないように仕掛けたから」
セオの慌てて言ったその発言で、コウグゥの口が開く。
「立場という意味では本当に何も無いんです。千年以上前から、ユゼ様やその祖先たちを含む一族はひっそりと暮らしていました。王朝が生まれ、滅んでの繰り返しの歴史に出ることなく。決して豊かとはいえないでしょう。それでも平和に、睦まじく、営んでいました。とはいえ、外部とのやり取りがないと生活できないのも事実で、定期的に外出をしておりましたし、情報を手にしていました」
その説明にセオは気になったことをそのまま言葉にする。
「その話が事実となると、シェンロン国との接点がまるでないみたいな言い方だな」
コウグゥは空になったセオのティーカップに紅茶を注ぎ、彼に渡しながら言う。
「ええ。表舞台に立ったことはありませんよ。ただ外出する機会はありましたので、記録に軽く残る程度でしょう。先祖代々、良い容姿ですから」
ウェイジンは短く、ある事実を言う。
「その先代の外出で出会ったのがお嬢ってわけだ」
セオは時系列を整理しつつ、質問をする。
「まだその時はシェンロン国があった時期か」
「そういうことだ。デカい戦争の何だったか。痛い」
コウグゥからデコピンをくらったウェイジンは痛そうに擦る。
「第一次紅竜戦争ですよ。それが起きる前でしたから。まだ平和な時代だったと言えます」
「そうなるとまだ……スイレンの両親も生きていたし、村も無事だったんだ」
「ええ。ただ……規模が大きくなった第二次紅竜戦争で国家全体が荒れ始めて、彼女がいた村も壊滅状態に陥りました」
かつて立ち寄ったところを思い出しながら、セオは弟子との出会いをついでのように軽く言う。
「丁度、俺が騎馬民族のルーツ巡礼で東洋に行ってた時だな。確かに荒れてたなぁ。唯一生きてたのって、スイレンぐらいだったし」
立ち上がるような音に、セオの身体がびくりと反応してしまう。彼が戸惑っている中、二人はセオの近くに行き、従者のように姿勢を低くして、頭を丁寧に下げる。
「セオ・アイヴン。今は婚約が解かれているとはいえ、当時のスイレン様を保護し、育てていただき、感謝をいたします」
突然の感謝の言葉にセオは狼狽える。
「たまたま出会っただけだよ。頭を上げてくれ。二人とも」
二人とも素直にセオの懇願を聞き、頭を上げる。真剣な眼差しにセオは怖気づいてしまう。相手をリラックスさせようとしつつ、情報を得ようとしたら、逆にこちらがガチガチになってしまう。策士策に溺れることも、時々ある……というより、セオの場合はしょっちゅうある。
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