第2話 解呪不可能なまじない

 太陽がいる時間帯が伸び始めた。島国が指定する農業都市からたくさんの新鮮な野菜が調達される時期とも言える。数少ない爽やかな季節を堪能するような鼻歌を交えながら、セオは紅茶を飲みながら魔術書を読む。


「師匠。スイレンです。入ってもよろしいですか」


 弟子の声が廊下から聞こえる。セオは慣れたように言う。


「ああ。いいよ。入って」


 ドアを開けた彼女の顔は真剣なものだ。セオは彼女全体を観察する。何も持って来ていない。いつもと違う弟子に、師匠は背もたれのない椅子を用意する。


「雰囲気からして、遊びに来たって感じじゃないね」


 弟子は椅子に座りながら、小さく頷いた。


「それでどういったことかな」

「……貴族出身の男からお誘いが一向に来ないんです」


 その口から出た言葉にセオの目が点になる。


「ん? お誘い?」

「はい。少しずつお作法の勉強とかをし始めたので、ご令嬢からそろそろお誘いがあってもおかしくないとの話だったのですが……来てません」


 セオは両腕を組む。


「すぐには来ないとは思うよ。お茶会とかそういう類は金がかかるし、メンツも考えないといけない。君も知ってる派閥の争いは貴族の世界に影響があるぐらいだからね。あと東方の地から来たことも考慮しておくべきだね」

「そのぐらいは知ってます。それでもおかしくないですか」

「……何が」


 弟子が突然立ち上がる。その勢いの良さに師匠は驚く表情を見せる。


「魔女と錬金術師の資格を持ち、そしてこの顔立ちです! 例え出身が遠い東の国だとしても、お誘いが来るってものでしょう!」


 師匠は呆れた声で反応をする。


「自分で言うか」

「ええ。言います。ファンクラブがあることも知ってます」


 弟子は東方の人の特徴である黒髪と黒目を持ち、容姿端麗である。実際、非公認ではあるが、ファンクラブがある。それを知っている師匠は生暖かい目で弟子を見る。


「うん。それなら待つしかないね」

「ええ。何もなかったらですけど」


 セオは静かに問いかける


「……何か思い当てはまることがある?」

「はい。この身体にかかっているまじないが原因かと」


 師匠はため息を吐く。


「そういう類は魔女の専門分野だ。自力で解呪出来ないタイプなら、あの魔女様に頼むしかないよ」

「そのリリアン様が出来なかったんです」


 師匠は思わず、素の声を出してしまう。


「え。彼奴が出来なかった? すぐとかじゃない時もあるだろ。構造が複雑なら、時間させかければ」

「手に負えないとおっしゃっていました」


 弟子のその言葉で師匠は怪訝な顔になる。


「どういうことだ」

「私だって聞きたいです。仮説として魔女由来のものではないことでしょう。いくらリリアン様でも、別の系統の術式を知っているとも限りませんから」


 魔法の研究者だからこそ、弟子はすぐに仮説を立てていた。師匠はその空気を感じ取り、魔法の研究者としての意見を出す。


「いや。そういう時は普通に時間さえかければ可能だと思うよ。十年ぐらいの付き合いがあるから分かる。この時代が生み出した最高傑作の魔女だ。投げること自体があり得ない。いや。何かを悟ったと考えた方がいい」

「ならどう考えますか」


 セオは目を閉じて、思考の海に漂う。西洋の島国を含む列強国という枠組みだけでは足りないと、かつて旅をした東洋の国独自の術式や生活、更に自身の魂が所有する別世界の知識も総動員させる。


「古代魔法というものが生まれた時代は何がいた?」


 師匠の突然の質問に、弟子は戸惑いながらも、当たり前の答えを出す。


「そりゃあ……神々ですけど」

「その通りだ。その神々が消えたという証拠は」

「ないです。違う形で私達の世界にいるという説が有力です」


 弟子はハッと気づくような顔になる。


「まさか。その神々が私にまじないをかけたというのですか」


 彼女の答えに師匠はただ静かに聞く。紅茶を飲み仕草をする。


「でもあり得ないですよ。だって私は物語の末裔ではない。農民の子のはずです。え。まさか。ストーカー?」


 予想外の答えに師匠は汚い音を出して吹き出す。


「酷い答えを出してきたな!?」

「だって素養があったとしても、普通かけます? 恐らくは輪廻転生をしても、発動する類なのでしょう。神々が仕掛けたなら、出来て当然でしょうし」


 ぶっ飛んだ答えに師匠は思わず頭を抱えてしまう。


「師匠もそう考えているのでしょう?」


 師匠が悩んでいる様子すら気にせず、弟子は平然とした態度で質問を投げた。


「まあ否定はしないけど、ひっでえ誹謗中傷を聞いたよ。ここにいないとはいえ、もうちょっと言葉を考えようか。多分泣く」

「それなら腐るほど、犯した過ちとかその他諸々で謝罪してからですね。それで。師匠ならどう対処します」


 期待の目で見つめられた師匠はプレッシャーに圧されながらも、研究者としての答えを提示する。


「実害があるというわけじゃ」


 弟子に睨まれたため、少し怯んでしまう師匠だが、どうにか己の考えを伝える。


「ないから。様子を見るしかない。下手に解呪したら、何かが来るリスクがあるからね。万が一、変化があった場合、魔女様に連絡をして。あとは古代魔法絡みでウォンハイムにもね」

「そうする。師匠に相談して良かった」


 満足そうに弟子が出て行く。師匠は脱力するように、机にもたれかかる。窓から見える、雲がない青空に思わずため息を吐いた。

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