二人が再び結ばれるまで~師匠として、美人で可愛い弟子を見守りたい

いちのさつき

第一章 

第1話 師匠と弟子の何でもない日常

 金属で出来た塔などを含む新しい建物と、レンガで出来た古い建物が混在している首都。大陸の西側にある島国――ドラゴンロードの労働者が働き始める時間帯ということもあってか、布で屋根を作るという簡易的な屋台が並び始め、貧乏民が住むエリアの道は人が多い。今いる国では珍しい、黒髪で三白眼気味の、黒い服を纏う男は慣れたようにその中を掻い潜る。


「うーん。前よりも衛生面が改善してる。いいことだ。手伝った甲斐があったなぁ」


 しれっと買った揚げたじゃがいもを頬張りながら、土煙が漂うエリアから政府の中心地に向かう。そこは道が整備され、派手なドレスや紳士の格好をした者達が歩いたり、馬車が軽やかな音を出しながら移動をしたりしている。出勤その他諸々でごった返している。それでも数は少なく、スピードがないため、衝突することは滅多にない。


「ごきげんよう!」

「ああ。ごきげんよう」


 男は行き交う人々と挨拶を交わしながら、勤務地である研究所に行く。研究所というより、教育機関という表現が正しい。大学の役割を持っており、赤いレンガのキャンパスに近い見た目で、いくつもの高い円柱型の塔を有する。正門にいる警官に会釈(この国ではだいぶ異端である)をしながら、敷地内に入る。庭師が定期的に手入れしている、木々たちを眺めながら、自分が持つ部屋がある塔に入る。


「師匠」

「おわ!?」


 廊下で、ある十代後半の女性がひょっこりと顔を出してきた。不意打ちだったため、男は思わず声をあげる。


「びっくりした。スイレンかぁ」


 彼女を見て、男は安堵をした。彼女は男と同じく、黒髪黒目を有しており、決定的な違いは圧倒的な顔立ちの良さだ。また、ある魔法の行使の影響で前髪付近に青いメッシュのようなものがある。魔女の象徴であるとんがり帽子(フリルやリボンがたっぷり)を被り、薬品や土で汚れた白いエプロンを装着している。


「何しに来たの。古代魔法のウォンハイムは休みだけど」


 男がスイレンの現在の先生の名を提示したところ、彼女は驚きすら見せていない。


「知ってます。だから師匠に聞きに来たんですよ」

「おいおい。俺の専門分野外だからな? 答えられる範囲じゃないと」


 師匠という男の専門は多岐に渡る。物質変換の錬金術。四大精霊の力を借りる精霊術。魔法薬。生死及び魂に関する魂魄学。これらの魔法の分野に精通しているが故に、頼られやすい。ただし、専門外となると、彼でも困るものだ。


「でも師匠なら答えられるでしょ」


 期待感モリモリの表情に男は反射的に応える。


「それはこの間、精霊術の元となる古代魔法だったからな! 今回知ってるとも限らないよ! たく。紅茶出すから。話はそっから。いいね?」


 弟子からの圧を感じながら、男は階段を上って、三階にある自分の研究室に入る。奥に白い机があり、左右に魔術の本がぎっしりと詰まった本棚がある。机の右隣りに簡易の魔法コンロがあり、その上にガラス管やビーカーに似た物がいくつか置かれている。ビーカーに魔法で精製した水を入れ、茶葉を中に入れて、魔法コンロで温める。


「で? その聞きたい古代魔法ってどういうものなの?」


 師匠の質問にスイレンはサッと粘土板を出す。土の色が赤く、絵に似た文字が横三列に並んでいる。


「これ南の大陸の……古い奴だろ」

「流石。実はそう。大きい墓場にあったものです」

「まさかとは思うけど。これ。ウォンハイムの野郎」


 弟子が傾げる仕草に、師匠は最後まで言わずに咳払いをする。


「ごほん。まあそれはいいや。それが古代魔法の類とも限らない。発掘した奴の話とか、文献とかの調査とかで、明らかにするしかないと……俺は思う」

「その感じだと何も分からないというか、師匠に丸投げしてたってこと?」


 たどたどしい師匠の反応で弟子に悟られてしまった。ちょっとした努力が泡になった。その現実に項垂れる。


「必死に隠してた意味がぁ……てかスイレン、分かって投げただろ?」

「分かればそれでいいぐらいの気持ちで来ました。師匠の紅茶、美味しいから」


 微笑む弟子に意気消沈中の師匠は要領よく、コップに入れて、小皿に乗せる。


「本場に行きなさい。本場に。この周りに店があるし、お茶会とかもあるから、触れなさい。師匠として。兄として。言っておく。その辺りもお勉強しましょう。魔法界という学問は貴族のルール学習も必須なの」

「でもリリアン様はそういう感じ一切ないですけど」

「同居人の魔女様は貴族だからな。赤ん坊の時から教育を受けてるから、今は必要ないってだけ!」


 ムッとし始めた弟子を見た師匠は机の下から十数ページ程度の薄い冊子を出す。


「この時代だからまだマシだっての。最低限のルールを知っていれば、ある程度は許してくれる。お前も正々堂々と会得した資格で苗字として使えるご身分なわけだからな」


 説教染みたことをしている師匠の一方で、弟子は静かに渡された冊子を読み始めていた。


「うん。そういうものは家でゆっくりとね。紅茶を飲んだら帰って帰って」


 その男は可愛らしくも優秀な弟子と交流をしながら、魔法の研究を進める日々を過ごしている。師匠と呼ばれる男――セオ・アイヴンはそれを当たり前だと感じながら、振り回されながらも、楽しんでいた。


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