第2話 兆し
前日のショックからなんとか立ち直った裕太郎だったが、大学のゼミが急遽長引いてしまい、バイトに遅刻することになってしまった。店には電話で報告済みだが、大急ぎで店へと向かう。
息を切らしながらマルヤに入店した裕太郎。薄暗い照明に照らされる店内は、何故だかいつもより広く感じた。なんとなく照明もいつもより暗く感じる。電池の寿命だろうか。
そしてもう一つの違和感。本来出勤のはずの藤崎さんが来ていない。いつもなら先に来ていて必ず挨拶をしてくれるのだが。すると…
「お疲れ様です!」
後ろから聞き慣れない声に呼びかけられた。振り返ると、同年代くらいの背の小さな女性が制服を着て立っていた。
「お疲れ様です…新しく入った方ですか?」
少しびっくりした裕太郎だが、すぐ落ち着いて言葉を返した。
「はい!三輪奏です!本日からお世話になります!結月先輩ですよね?いつも藤崎先輩からお話伺ってました!」
「藤崎さんとはお知り合いですか?」
「はい!高校の部活が一緒だったんです!」
どうやら奏は茜の一学年下の後輩で、卒業してからも交流があったらしいが、大学は同じ県内ではあるものの離れてしまったという。そして先輩の茜がいて、家から通いやすいこの場所をバイト先に選んだようだ。
昔から優しくて面倒見がよかったのだろう。だからこそ、後輩からも慕われている。自分も見習わなきゃと思った裕太郎であった。
「ところで藤崎さんは、高校の時はどんな感じだったの?」
「それが…」
奏は話そうとして一瞬、言葉に詰まる様子を見せた。それまでの明るい雰囲気の彼女とは打って変わり曇った表情になる。
「ああ、嫌なら無理して話さなくても大丈夫だよ。あっ!俺着替えてこなきゃ、遅刻してたんだ…」
遅刻のことを思い出した裕太郎は急いで着替えの準備に向かう。奏の表情が少し気になってしまったが、今は深く考えるのをやめ、支度を済ませた。
着替えが終わり、仕事を始めようとした裕太郎。しかし次の瞬間…
「ギギ…ギギ…」
どこからともなく、何かがきしむような音が店内に鳴り響く。その不気味な音はすぐに止んだが、耳に鈍く残る嫌な音だ。
(なんだったんだ、今の音は…)
裕太郎はひとまず、店長の後藤さんのもとに挨拶をしに行った。
「お疲れ様です、後藤さん。遅れてしまってすみませんでした。」
「裕太郎くんか、お疲れ。来てくれて助かったよ。何せ今日は人が少ないからね。」
後藤さんはつい最近変わったばかりの店長らしく、店のことはまだ色々と手探りだという。人当たりの良い性格で、裕太郎もよくお世話になっていた。
「そういえば今日、藤崎さんもシフトに入ってましたよね?」
「ああ、茜ちゃんか。彼女なら今日は遅れて来るって連絡があったよ。少し体調が悪いらしくてね。無理はしないようにと伝えておいた。」
「そうだったんですか…」
いつも元気な藤崎さんが休みなんて珍しいな、と思っていると、またもや…
「ギギ…ギギ…」
奇妙なきしむ音が聞こえてきた。
「後藤さん…今の…聞こえましたか?」
「ああ、またこの音か、古い店だからか最近よくあるみたいだな。」
あまり気にするな、と後藤さんは笑っていたが、裕太郎の中にある不安は消えないままでいた。その音はまるで何かを訴えているかのようだった。
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