第4話 レビウ防空戦

勇暦525年/王国暦44年5月24日 ヴォストキア王国首都ヴォストグラード 赤薔薇城


 ヘレニア連邦軍とヤシマ合衆国軍のオルバニアでの戦闘結果は、ヴォストキア王国の首都ヴォストグラードで執り行われている王前会議の場にも届いていた。


「へレニア連邦軍は現在、北西部内陸の都市カストリア近郊に陣地を築き、オルバニア州へ侵攻したヤシマ合衆国軍を再度迎え撃とうとしております。対するヤシマ軍はオルバニア州中部の都市エルバサに兵力を集中させ、次の攻勢の準備を進めております」


 統帥本部長の説明を聞き、カルル2世はため息をつく。へレニア連邦軍は勇暦以前より長い伝統を引き継ぐ勇敢な国民軍である。過去にはオルギュスト帝国軍の侵攻に対し、いち地方の領主が勇敢な兵士300人を率いて10万の軍勢を足止めしたという事もあったという。


 事実、オルバニア州内での大規模会戦に負けて以降、へレニア軍は後退を余儀なくされているが、大部隊の展開が難しい山岳地帯を防壁とし、谷間を通る街道や集落に兵力を集中させて陣地を築く事で、敵陸上戦力の攻勢を防ぎつつ下がる事に成功していた。


 だが、有利な戦場へ引き込むまでにヘレニア軍は大きな代償を払っていた。1個歩兵師団を壊滅させ、救援に赴いた部隊にも大きな損害が出ているのだ。戦術的にも戦略的にも敗北を喫しているのは明白な事実だろう。


「スオミア方面はどうなっている?確か第9軍団の兵力が侵攻してきていると聞いたが…」


「スオミア方面は純粋に厳しいですね…現在、我が国へ亡命を求める難民の数は5万を超えており、国境検問所は身分確認で多忙を極めております。ヤシマ軍はそこへ散発的に砲撃を繰り返しており、被害が出ております」


 この時点で直接ヴォストキア領内へ侵攻してこないのは、単純に追加兵力の到着を待っているからだろう。セベリスティナ山脈を防衛する北西軍管区の戦力は2個機械化歩兵師団と1個山岳猟兵旅団であり、いざというときには南西軍管区からも増援が駆け付けられる。街道が整備されているとはいえ狭い山道を進撃するのは骨が折れるだろうヤシマ軍側にとっては、できる限り有利に戦いたいはずだろう。


「また、ヤシマ軍は戦略的な打撃を試みて、国境付近の都市と軍事施設に対して爆撃を開始しております。現在は空軍が迎撃を実施しておりますが、そろそろ抜本的に対策する必要があると存じます」


 統帥本部長はそう言い終え、着席する。カルル2世王は小さくため息を吐きつつ、彼に命令を発した。


「分かった。直ちに東部及び北部軍管区の部隊を抽出し、北西軍管区へ派遣。当面は侵攻の阻止を主軸に対応せよ」


「御意に、陛下」


・・・


ヴォストキア王国西部 工業都市レビウ近郊


 セベリスティナ山脈は、スオミア王国との国境線を成す山岳地帯の一つとして有名だが、この平均標高1000メートルの山々の地下深くには、莫大な量の鉱物資源が埋蔵されている。それらの掘り起こされた鉱石や化石燃料は、山麓部の平原に広がる工業都市レビウにて、様々な工業製品へと加工・輸出されていた。


 ヴォストキアの産業に大きく関わる都市であるだけに、レビウには重要な軍事施設が配置されている。陸軍第2歩兵師団の司令部のみならず、郊外には空軍第2航空師団隷下の第21飛行連隊が所属するレビウ飛行場が配備され、レビウを中心とした西部地域の防空の要となってその存在感を示している。そしてこの日も、飛行場には敵襲を示すサイレンがけたたましく響いていた。


「やれやれ、またお出でなすったよ」


「関係ねえ、いつもの通り迎え撃つまでのことよ」


 飛行場のハンガーへと続く廊下にて、パイロット達は軽口を飛ばしまくる。ハンガーに入ると、すでに彼らの相棒たる〈ラストチカ〉戦闘機の準備は整っていた。かつてソ連が保有していたヤコブレフ〈Yak-9〉戦闘機に酷似したそれは、格闘戦において求められる高い機動力を有している。武装も主翼内に装備した20ミリ機関砲を主体としており、ヴォストキア戦闘機の最高傑作と名高い1機だった。


「機体の状態は万全です!いつでもどうぞ!」


「了解した。行くぞ!」


 準備ができた機体より、次々と滑走路へ移動。そして管制塔からの離陸していく。対空警戒レーダーで捕捉した目標は即座に空軍警戒隊の手で解析され、実働部隊へとデータを送信。目標に応じて戦闘機や高射砲による迎撃といった有効的な対抗手段を実施する。それがヴォストキア空軍の模範的な防空戦闘であった。独立戦争時はワイバーンと箒に乗った魔法使いが空戦の主役だったものが、わずか30年という月日で飛行機に取って代わられた現在の空戦に適応したのが、こんにちのヴォストキア空軍なのである。


「隊長、捕捉しました。前方より爆撃機16、戦闘機24の40機です」


「メーガス隊は爆撃機を優先的に攻撃しろ。プリズラク隊は護衛機を相手にする。交戦開始!」


 隊長の命令に従い、24機の〈ラストチカ〉はスロットルを引き上げ、加速。時速600キロメートルの高速で敵護衛機へと突っ込む。相手も接近に応じる形で機銃を撃ち始め、幾つもの火線が交錯する。


 二つの編隊が交差した瞬間、互いに2機の戦闘機が黒煙をまといながら地表へと墜ちていく。そして同時に24機の〈ラストチカ〉は出力1500馬力の水冷式レシプロエンジンを轟かせながら上昇し、レビウ郊外の工業地帯へ爆弾を投下しようと東進していた爆撃機群へ強襲を仕掛けようとしていた。


「掛かれ!」


 号令一過、高度6000メートルに位置し、機は角度50度で降下を開始。対する爆撃機は胴体上部に装備する連装式銃塔を指向し、発砲。上空に20ミリ機関砲の火線が放たれる。〈ラストチカ〉の編隊はその弾幕を搔い潜る様に降下し、銃撃が確実に当たる距離にまで迫る。


「食らえ!」


 照準器に目標を収めた瞬間、操縦桿と一体化しているボタンを押し、主翼内に装備されているМ39・20ミリ機関砲が火を噴く。毎分400発の連射速度で解き放たれる特殊鋼製徹甲弾は爆撃機の主翼を撃ち抜き、内部の燃料タンクは爆発。主翼を裂かれた機体は一気に失速して墜ちていき、成果を上げた機体は即座に上昇。復讐に燃える敵護衛機を突き放しつつ、再度敵爆撃機へ攻撃を仕掛ける。


 敵爆撃機は4発式の大型爆撃機であり、公表されているカタログスペックによれば最大4トンもの爆弾を搭載することができるという。レビウの工業地帯は今自分達が乗っている〈ラストチカ〉の部品を生産工場へ供給する工場もあり、もしこれを破壊されてしまえば、自分達の戦闘能力は著しく落ちることとなる。それ故に彼らは必死に敵に食らいついていた。


 その眼下では、空軍警備大隊所属の兵士達が、箒にまたがって地上に展開し、パラシュートを展開して脱出した敵味方兵士の身柄確保に急いでいた。味方の救助はもちろんのこと、敵兵も現地住民の私刑に巻き込ませずに、講和交渉の際の材料として生かしておくために助ける必要があるからだった。


 そうして空戦が始まって5分は経ったか。敵の残存機は撤退を開始しており、地上の方では墜落した機体による火災を、現地住民や陸軍憲兵部隊が水魔法で消火している。メーガス隊隊長は小さく息をつきつつ、無線のスイッチを入れる。


「よし、これで敵軍は稼働可能な爆撃機を半分失った。少なくとも1か月ぐらいは、俺たちは地上で自由にできるだろうな」


 敵護衛機をあしらったメーガス隊隊長はそう呟きながら、西へ遁走し始める敵機群を見送る。その隣を飛ぶ僚機から通信が入る。


「ま、次はこっちがちょっかいをかける番でしょうな。すでに爆撃軍団の連中が〈ザモク〉を展開し始めているそうですし」


「ああ…戦いはまだ、序盤に過ぎん」


 2機は無線でそう話しながら、機体を翻し、航空基地へと凱旋するのだった。


 かくして、ヴォストキア空軍は1週間に渡り、自国の西部地域に広がる工業地帯の破壊をもくろんだ敵爆撃機部隊を複数回迎撃。王国西部の防空圏を守り抜くことに成功する。その一方でヴォストキア空軍爆撃軍団はヤシマ合衆国が接収したスオミア空軍基地の一つへ空襲を敢行。滑走路や駐機中の爆撃機を破壊し、即時作戦再開の可能性を破壊する事にも成功していた。


 この結果、制空権の維持能力が低下したヤシマ軍はヴォストキア方面での攻勢は延期を余儀なくされ、戦線は停滞する事となる。そしてヴォストキアはその間に反撃準備を進めることとなる。

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ヴォストキア王国記~召喚者が好き放題した後の世界で、魔王の末裔は戦う~ 広瀬妟子 @hm80

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