第3話 オルバニア会戦

勇暦525年5月19日 ヘレニア連邦北西部 オルバニア州国境地帯


 イルピア大陸の南西部を占める大国、ヘレニア連邦。魔王が支配していた時代から連綿と続いてきた共和制国家であるこの国は、かつてイルピア大陸の覇者がオルギュスト帝国だった時代、潤沢な農業資源を背景に経済的に自立し、属国の名目で高度な自治権を確保。帝国崩壊後は戦争を介さずに独立を宣言し、イルピア大陸でも有数の平和な国としてその名を広めていた。


 無論、外交のみで平和を維持しているのではなく、国民からの志願による軍隊を組織。十分な軍事力を確保することで理不尽な侵略を受けることがない様にしていた。そして現在、北西のいち地方であるオルバニア州には、侵略者を迎え撃つべく陸軍第2歩兵師団が展開していた。


「将軍、高射砲兵連隊より報告です。先程対空警戒レーダーに敵機を捕捉。また空軍からも、第22戦術飛行隊がスクランブルし、防空任務を実施するとの事です」


 偽装で覆い隠された師団司令部にて、幕僚の一人が説明する。第2歩兵師団長のイオアニス・デリオス将軍は唸りつつ、別の幕僚に問いかける。


「うむ…こちらの斥候からの情報は来ているか?」


「はっ…魔導偵察隊の偵察兵からはまだ―」


 幕僚が質問に答えていたその時、通信機と向かい合っていた兵士が振り向いてきた。


「将軍、偵察兵から入電!敵戦車部隊の前進を確認したとの事です!」


「来たな…迎え撃て!我がヘレニアの戦士たちの力を見せつけよ!」


 デリオスは命令を発し、北西の方角を静かに睨みつけた。


・・・


 先に攻撃を仕掛けたのは、ヤシマ陸軍第7軍団の先陣を切る第7戦車師団だった。


「撃て!」


 砲兵連隊長の号令一過、砲兵陣地に整然と並べられた重砲群は天高く向けられた砲身より、咆哮と共に巨大な砲弾を飛ばす。その数十秒後、10キロ先に位置するヘレニア軍陣地に幾つもの土煙と火柱が聳え立つ。


 54門並べられた15センチ榴弾砲の破壊力は凄まじく、塹壕の大半が木っ端みじんに粉砕される。そうして最前線の陣地に打撃を与えたのち、次に動き出したのは40両の戦車群だった。


「全車、前進せよ」


 命令一過、40両の53式戦車はなだらかな平原を埋め尽くす様に横一列に並び、履帯とディーゼルエンジンの駆動音を響かせながら突き進む。地球人が見れば旧日本陸軍の開発していた四式中戦車に酷似しているそれらは、塹壕より飛んでくる機銃と対戦車砲の砲撃を弾きながら、ヘレニア陸軍陣地へ砲撃を行う。


「くそ、対戦車砲を優先的に潰されてる!」


「狼狽えるな、塹壕を乗り越えようとした瞬間に差し違え―」


 懐に手榴弾を忍ばせた歩兵がそう呟いたその時、戦車群の合間から次々と歩兵が現れる。短機関銃を構えて陣地に突っ込んできた敵歩兵は、手始めに塹壕に向けて手榴弾を放り込み、爆破。その数秒後に再び駆け出し、塹壕へ突っ込む。


「チェストぉぉぉぉぉ!!!」


 タガーナイフと短機関銃のみで突っ込んだ歩兵は一気に複数人を倒し、それを合図に53式戦車は塹壕を乗り越えていく。その後方では榴弾砲群が砲兵トラクターによって牽引され、戦線はより南へ押し上げられていく。


 その別の地点では、少数の53式戦車を先頭に、装甲兵員輸送車を引き連れた部隊が街道を突き進み、ヘレニア陸軍陣地の側面へ襲い掛かる。そこにはヘレニア陸軍の軽戦車部隊が展開しており、数も30両程度と数では勝っていた。


 しかし、真っ向から対峙するには非力に過ぎた。軽戦車の37ミリカノン砲は歩兵部隊の用いる57ミリ対戦車砲よりも貫通力に劣り、53式戦車は最大圧75ミリの装甲で弾きながら主砲で応射。最大圧38ミリの装甲しかない軽戦車は車体を容易く貫かれ、次々と撃破されていく。


 蹂躙は上空3000メートルでも繰り広げられていた。ヤシマ空軍の主力戦闘機である〈ハヤテ〉は次々とヘレニア空軍の戦闘機を翻弄し、20ミリ機関砲の砲撃で主翼をへし折っていく。そうしてヘレニア空軍機のいなくなった戦場へ攻撃機の編隊が舞い降り、航空爆弾と大口径機関砲によって陣地や車両を叩きのめしていった。


 攻勢は3日間続いた。後に『オルバニア会戦』と呼ばれることになる戦闘にて、ヘレニア陸軍第2歩兵師団は壊滅し、救援に赴いた陸軍他部隊と空軍も甚大な被害を被る。それを契機に他のヤシマ軍部隊も攻撃を開始し、戦線はより東へ押されることとなったのである。

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