第1話 宣戦布告

 勇者の死から400年という長い時が流れた頃、世界中の名だたる大国ではある魔法が流行った。


 伝説によれば、勇者は異なる世界より渡ってきた賢者の力を借りて、魔王軍を倒す術を手に入れたという。実際、今この世界で使われている魔法や技術には、賢者のもたらした知恵で発展したものが多い。


 ゆえに、多くの国々は勇者の故事に倣う形で、異なる世界より賢者と呼ぶに相応しい者を次々と引き入れた。特にイルピア大陸の西側に位置する島国ロードリア王国は、八つある島々の統一のために力を欲しており、多くの召喚者を引き入れた。


 しかし、何事も限度が過ぎれば自らに害を成す事をロードリアの民は知るべきだった。ロードリア諸島の統一が成されたことを世界に宣言する予定だった勇暦467年、首都アダルには2万の将兵と3000騎の竜騎が攻め込んでいた。


 召喚者とその子孫の反乱は見事に芸術的な計画と算段の下に行われ、国王一族はそろって斬首。名だたる大貴族の大半も同様に処刑場で晒し首となり、大衆は知恵ある者達の支配を大歓声で迎え入れた。そうして翌年、ロードリア諸島はヤシマ諸島へと改名。新たな統一国家『ヤシマ合衆国』の建国が発表された。


 それから60年近くの歳月が流れ、世界の文明は変貌した。イルピア大陸最大の国と呼ばれたオルギュスト帝国がヤシマ合衆国との戦争で敗れ、多くの国々がその機に乗じて独立を宣言。イルピア大陸には数十の国々が生まれた。


 その中の一つがヴォストキア王国であり、この国は魔王の末裔である魔人族の首長を旗頭にして、様々な種族の糾合を呼び掛けた。召喚者のもたらした技術の数々は科学が魔法を凌駕するのに足るものであり、ヒト族の科学文明が魔族や亜人族の魔法文明を超越するのは自明の理だったからだ。


 勇暦481年に独立を宣言して44年の歳月が過ぎたこの年、ヴォストキア王国を含むイルピア大陸の独立国群は最大の試練に直面することとなる。


(あるドラマ冒頭より)


・・・


勇暦525年/ヤシマ暦57年5月4日 ヤシマ合衆国首都エド ヴォストキア王国大使館


 ヤシマ合衆国はかつてロードリア諸島と呼ばれていた八つの島々を領土とする海洋国家で、人口は本土だけでも1億に達する。そして召喚者由来の高度な技術力と、ヤシマ諸島の潤沢な資源を用いて築かれた軍事力は、イルピア大陸の西半分とイルピア以南のフラウステラ大陸の西半分を支配する程の成果を生み出した。


 そうして60年近くかけて築き上げた栄光の象徴が、この首都エドの街並みだった。旧ロードリア王国首都アダルより東の低地に築かれたこの都市は、建国者たる召喚者達の趣向が反映されていた。政府首班の官邸と国会を集約した城塞を中心に、官庁街と裁判所がそれを囲み、さらにその外側に商業施設や平民の居住区が築かれるという構造をしている。


 ヤシマ城と名付けられた城塞の建築物の多くは木造であり、しかし外郭にある官庁街は無機質な鉄筋コンクリート造り、そして市民の営みがある平民居住区は2~3階建てのビルや木造家屋など、旧市街の石造りやレンガ造りの建物とは全くかけ離れた建物ばかりが立ち並ぶ。その平民居住区の中でも、裕福な者達が暮らす地区や、いわゆるビジネス街として知られる地区に、イルピア大陸諸国の大使館は置かれている。


「閣下がわざわざこの場に来られたのは、一体如何なる理由からなのでしょうか?」


 エド新市街地にある大使館の一室で、ワチェスロフ・グロムスク大使は目前の椅子にてどっしりと構える相手に尋ねる。ヤシマ合衆国外務奉行総裁のヒロシ・タヌマは、大使の質問に対して扇を仰ぎつつ答えた。


「無論、貴国に対し一つの通達を下すためである。我がヤシマ合衆国幕府はイルピア大陸全土に対し、我が国への恭順を示す様ここに命じることを決定した。貴様も知っての通り、我がヤシマ合衆国は世界で最も進んだ国であり、国力は最も先を行くものである。故に、我がヤシマの下で世界は栄えるべきである」


「な…」


 その言葉に、グロムスクは言葉を失う。ヤシマ合衆国は確かに以前より尊大な態度を見せつけていたが、まさかこの場でこの様な明確に相手を支配することをひけらかすなどとは思いもしていなかった。するとタヌマは立ち上がり、腰に差している一振りの刀を抜く。そして刃先をグロムスクに向けながら、声高らかに言った。


「特に貴国は、スオミア王国からの亡命者を多数受け入れている!スオミアはわが国に対して度重なり不義を働いた、愚かなる国である!よって我が国はヴォストキア王国を優先的に侵攻することを決定した。幕府は貴様ら大使を国外追放することをここに決定している。今この場で貴様の首を撥ねられぬことを光栄に思うがいい」


 タヌマはそう言い、刀を鞘に戻す。そして踵を返して離れていき、グロムスクは唖然とした様子で立ち尽くしたまま見送る。しかし彼にはこのまま呆然としている猶予は皆無だった。


「ハッ…た、直ちに本国に伝えよ!」


・・・


同日 ヴォストキア王国東部 首都ヴォストグラード


 幾つもの大陸を広大な大海原の底で繋ぎ、大陸内部を東西南北に走る様に敷設されている地下通信ケーブルは、大陸西側の島国で交わされた会談内容を3500キロ東の位置にあるヴォストキアの中心地へ一瞬で届けるに足る能力を有していた。


「ヤシマめ、ついに戦争を始めてきたか…」


 首都ヴォストグラードの赤薔薇城クラースヌイローザ・クレボスチで、国王カルル・シュトリゴスク2世は唸る。先王より王位を引き継いで14年目に達する彼は、赤薔薇城の会議室に主だった閣僚と軍人、そして政治と軍事に携わる王族を集めて会議を開いていた。


「すでにスオミア国内にてヤシマ陸軍は進駐を開始しており、他の国境を接する7か国に対しても同様の軍事行動を始めております。このタイミングで各国大使に布告を発したということは、こちらに対応を取らせぬためでしょう」


 ヴォストキア王国軍の中枢たる王国軍統帥本部を率いるミハイル・ジルコフ元帥は述べる。カルル2世即位に合わせて統帥本部に就任した、御年250歳の若い黒エルフの男は、44年前の独立戦争にて二等兵として奮戦。不老長命のエルフならではの経験値の多さとフィジカル、そして独立後の軍制改革に対する適応力の高さでのし上がってきた智将として知られている。


「先日、セベリスティナ山脈で狩猟中に私が発見したスオミア人女性の証言によれば、首都はすでに陥落し、相当数の兵力が国境へ迫っているらしいです。彼女はその斥候と交戦しながら、こちらに逃れてきたとのことです」


 アルトゥール王太子の補足説明が入り、カルル2世王は唸る。頼れる息子がここ赤薔薇城に帰ってきて以降も、西や南の隣国からの難民流入は絶えておらず、国境警備隊からは逐次その報告が統帥本部に送られてきている。恐らくはヤシマがそうなる様にけしかけているのだろう。


「ともあれ、相手はすでに戦端を開きました。彼の国の暴挙が我が国の存亡に関わる以上、我らは総力を以て迎え撃たなければなりません。でなければ、同じヒト族とではなく、異なる魔族と歩みを共にすることを選んだ者達に示しがつきません」


「…ああ」


 ジルコフの言葉に、王は頷く。イルピア大陸そのものが召喚者によって文明を進展させた様に、このヴォストキアも同じヒト族を信頼できなくなった召喚者の亡命を受け入れたことで国力を発展させてきた。自身の祖先たる魔王の生きていた時代とは異なり、ヒト族は科学で魔法を凌駕することが容易になってきたのだ。


 これまで魔法ありきで優位を得ていた亜人族や魔族が国家単位で生き残るために、ヒト族と同じく科学を手にしていく道を選んだ結果が、このヴォストキアである。まさしく、此度の戦争は単なる国家の存亡ではなく、これまでの歩みの是非を証明する試練であった。


「直ちに国家総力戦体制を発令し、戦時体制に移行。他の隣国とも連絡を綿密に取り、これを迎撃する。我らの誇り、高慢なるヤシマの民達に見せつけようぞ!」


『御意!』

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