第9話


 いつから好きになっていたのだろうか。


 私──マリーはアントを追いながら、彼と初めてあった時を思い出す。


 ◇ ◇ ◇


 8歳の時。

 自室のベッドで目が覚めたら知らない男の子が顔をのぞき込んでいた。

 不思議と恐怖を感じなかった。

 それどころか昨晩読んだ絵本に出てきた赤毛の男の子になんとなく似ていると思うほど冷静だった。

 

「·····綺麗な赤毛ね」 


 同い年くらいの赤毛をした男の子は目をキョトンとさせ、頬を林檎色にしてポリポリと鼻をかいた。


「·····君の金髪も綺麗だよ」


 私は上体を起こし、恥ずかしいそうにボソボソと話す男の子に顔を向ける。


「当たり前じゃない」

「えっ·····」


 微笑を向けたら男の子が一歩身を引いた。


 瞬間、ドアが勢い良く開いた。


「おい!アント!何してる!?」

「と、父さん!?」


 見ず知らずの男性と衛兵が二人部屋に飛び込んできた。


 ドアの方を振り返った彼は今度は私側に一歩引いた。


 彼の父親らしい男性がズカズカと部屋に入ってきて、乱暴に彼の腕を掴む。


「お前は何をやってるんだ!?勝手に······しかもマリー様の部屋に入るなんて───」

「私が呼んだのですわ」


 えっ、と固まった彼の父親を見ずにベッドから出る。


 名前すら知らない男の子を庇う義理など無い。

 けど助けたいと······いや正確にはもっと彼を知ってみたいとその時私は思っていた。

 城にいる男以外はどんなものなのか。

 その時は単に好奇心が働いただけだったと思う。


「彼と今日1日遊ぶので貸してくださいますか?」

「「えっと·····」」


 親子そろって声が重なったのがなんだか面白くなってクスッと笑ってしまった。


 本当は仲のいい親子なんだろう。


「あなた、名前は?」

「·····アント」

「ではアント。私とこれから一緒に遊びなさい」


 ───それからというもの。


 週に2、3日ほどアントとは城内、城外問わず一緒に遊んだ。当時はまだ門限が無かったが、城の外に出る時は衛兵付きだった。しかし程よい距離感で見守ってくれていたため煩わしいと思ったことはなかった。


 一緒にいて彼の事が段々わかってきた。

 優しいこと。ごめんなさいがちゃんと言えること。妹思いなところ。そして何より私を特別扱いしないこと。一人の女の子として接してくれること。

 わかる度に嬉しくなり、もっと知りたい、もっと一緒にいたいと思った。


 始まりはただの好奇心だったのに。


 お互い14歳になった頃、背も高くなった彼にさよならのバイバイをする時に気持ちが寂しくなっていることに気づいた。


 この気持ちの正体は何だろうかと、私は母に尋ねると微笑が返ってきた。


「それはきっと恋ね」

「恋····ですか?」

「そう。マリーは彼が好きなのよ」

「好き······」


 私が。アントを。


「彼はどう思っているかしら?」

「······私が彼に『私といて楽しい?』って聞くと恥ずかしそうにしてはぐらかしたり、その場から逃げます」

「あら。お可愛いこと」

「どうしたら答えを聞けますか?」

「うーん。そうね·····」


 母は眉を曲げながら言葉を吐き出す。


「逃げられるのなら·····捕まえて聞いてみたら?」


 なるほど。

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