第8話


 かくっ、と膝の力が抜けた。


 今それを言うのかよ!


 心の中でツッコんだ俺──アントは、だがそこもマリーらしいな、と苦笑から微笑に表情を変えた。


 丘を下り終えた俺は橋の上を駆ける。

 この木造の橋は横幅が8メートル程もあり、マリーが乗っている台車も悠々と通れるサイズがあった。


 靴と木の板が触れる度にギシギシと音をたてる。老朽化が止まらないのだろう。日を増して音が大きくなっている気がしてならない。


 現在の距離を測ろうと振り返る。

 マリーたちは今丘を下りきったところだった。


 少しペースをあげたほうがいいか?


 太陽に反射してキラキラと輝いている水面を横目で捉えながら自問自答をする。


 いや、もし捕まえる道具がなら問題はないか。


 そう結論付けた俺はペースを変えずに走る。

 

 ペース配分を間違えたくない。


 無心で走るには長すぎる橋を俺は追ってきている王女のことを考えながら走った。


 ◇ ◇ ◇


 マリーとは8歳の頃に知り合った。

 12年ほど前、父親に連れらせて初めて城に入った際、好奇心で待機を命じられていた部屋から抜け出し、城内を探索していたら迷子になってしまった。

 どうしようと、広い城内を歩き回っていると、部屋のドアが一際華やかな部屋の前に行き着いた。

 好奇心が警戒心に勝ったとき、俺はドアノブを回していた。


 音を立てずに部屋の中に入り、ゆっくりとドアを締める。


 その部屋は先程待機を命じられてた部屋よりも大きく華やかな装飾が壁一面に広がっている。


 なんといっても一番目についたのが部屋の真ん中には大きなベッドだ。


 俺はベッドに近づいて、微かに聞こえてくる寝息の発生源を見た。


 そこには目を瞑った人形が横たわっていると思った。


 ブロンドの長髪と、綺麗に整えられた顔立ち、白く透き通っている肌艶に息が止まったのを覚えている。


 同い年の女の子に会う機会が無かった俺は立ち尽くし、暫くその寝顔を見入った。


 数分後、気配を感じとったのだろうか。少女はゆっくりと瞼を上げ、左右に視線を移してから、俺の目とバッチリあった。


「·······」


 目を開けたら知らない男の子がいたのだ。大声を上げて助けを呼ばれると思った。


 しかし、目の前の『お人形さん』はゆっくりと、されどしっかりとした声を出す。


「·····綺麗な赤毛ね」


 口の端を上げた顔は更に綺麗だった。

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