第6話


 走るペースを上げる。


 息継ぎするたびに朝の新鮮な空気を肺に取り込んでいる俺──アントは大地を蹴る。


 マリーが拡声器で呼んで来る時、それは即ち俺を肉眼できっちり見えた瞬間である。

 これはマリーのいつものクセみたいで叫ばずにはいられないらしい。


 理由は『会えて嬉しいから』らしい。


 遠くからでもハッキリとわかるブロンドの髪をした、顔立ち整った美人で、少し変わってはいるが性格は決して悪くない王女から好かれるというのは悪い気はしない。てか嬉しい。


 頬を少し朱色にしながら目的地に向っかってひたすら走る。


 家から職場のある隣国の国境まではおよそ600メートル。

 家を出るとまずは傾斜の緩い丘がある。登りきると国一面を見渡せる風景が広がり、その瞬間を見るのがとても好きだ。

 その丘を下るとすぐに大きな橋が架かった大河が待っている。

 100メートルほど掛けて向こう岸まで伸びている橋は木造であり、随分と長い間そこに存在しているため、所々が傷んでいる。

 大きい橋を渡りきると後は平坦な草原が広がっており、隣国との分け目になっているもう一つの小さな川まで何も障害物はない。


 いつも走っているコースを頭に思い描きながら丘を登りきった。


 俺は頂上で立ち止まり雄大に広がる一面緑の大地を一望する。所々に川の蒼色がいいコントラストになっていて翠色を更に際立たせている。他国の人に自国の良さを説明するのにこの景色を見せるだけで納得させられそうだ。


 その場で振り返って追ってくる王女様を見る。


 距離はどんどん詰まってきているがまだまだ肉声が届く程ではない。向こうは丘を登り始めたところだった。


『アントー!待ちなさーい!』


 拡声器からいつもの声が発せられる。


「まだまだ捕まるわけにはいかないのっ」


 俺は呟き、今度は緩い坂道を下り始める。


 生い茂る草花に見送られながら俺は足を動かし続ける。

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