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「篠森の家って歴史が古いんでしょ?」
部屋に存在感を放つ丁寧に置かれた日本刀を見て、私は尋ねる。急な質問に篠森は一瞬びっくりした顔をするもすぐにいつもの面倒くさそうな顔をする。日本刀は鞘に納められてはいるものの、美しい弧を描き重鎮している。鞘は艶やかで素人目線でも、この日本刀がただの代物ではないと思わせるような威厳があった。
「そうだよ。室町時代に建立されたからかれこれ六百年くらい経つかな」
篠森は当然のように答える。篠森からすれば耳に胼胝ができるほど聞かれた質問であろう。
六百年という長い月日を紡いできた篠森家と篠森神社は神無市とともにその歴史を紡いできた一役者であった。
元々篠森丘は四森丘と書かれ、神様、人間、行者、魑魅魍魎の4つがそれぞれこの丘に棲み分けていたことに由来するという。初めはお互いに接触することなく平穏に暮らし、その期間は気が遠くなるほど長く続いた。しかし、人間の世界では度重なる飢饉と戦乱により混沌とした時代を迎えた。機会を伺っていたかのように混乱する人間の世界へ魑魅魍魎が押し入ってはたびたび子供を攫っていくことが多発したのだ。しかし、他者へ気を回せるほどの余裕などなく知らぬうちに行方不明者は続出し、当時の四森丘周辺に住む人々は恐れおののいた。とりわけ夜に連れ去られることから「日が沈むまで遊び呆けていると魑魅魍魎に連れ去られる」と噂が広まっていく。
話を戻そう。人々はこれ以上行方不明者が増えることを危惧した。そこで当時ほかの神社で見習い宮司であった篠森肇に白羽の矢が立つ。人々の期待を背負い、篠森肇は二つ返事で人々の平安の世を願う祈りを受け入れた。
篠森肇はどのように魑魅魍魎を鎮めるかに頭を悩ませた。結果、四森岡で近接する神々に魑魅魍魎を鎮めてもらうことを思いついた。当時、四森丘には土地神を祀る神社がなかった。土地の平穏を願い土地神を祀り献上品を備えることを引き換えに魑魅魍魎を抑えてもらうために建てたのが篠森神社なのだ。
ちなみにだが、大昔には、篠森寺があったそうだが事の真偽は定かではない。
篠森肇が神を祀ったことで、神無市には平穏が訪れた。神が魑魅魍魎たちに「昼は人間の時、夜は妖の時」と言い、魑魅魍魎立を封じ込めたのだ。しかし、魑魅魍魎が暴れていたころの名残で神無という地名が今でも続いている。
「所詮ただの伝説でしかないけれどね」
子供のころよく聞いた、夕暮れ時に流れる夕焼け小焼けの音楽を聞いたら早く帰らなければならない。遅くまで遊び惚けていると神隠しに遭うというのは、魑魅魍魎に攫われることに由来していると篠森は言う。
日が沈み空が黄金に輝く黄昏時は、逢魔が時と呼ばれ昼から夜に移り変わる時刻である。この時間帯は魔物が出没し始めるため遅くまで出歩いていると攫われてしまうということらしい。幼き頃の少年に「帰ろう」と言われたあの日の記憶が蘇る。
「ねえ、篠森の家って家系図はないの?」
ふと、頭に浮かんだので思ったまま口にする、篠森家のように歴史ある家柄では家系図のある印象だが、今までそのような話を聞いたことがなかったことに気づき尋ねると篠森は「勿論あるよ。ちょっと待ってて」と言い、部屋をでていく。しばらくすると、紙束を持ってやってくる。
「これは写しだけど、よかったら見てみな」
そう言い持ってきた家系図を広げてくれる。
一番上には、篠森肇の名前が書かれていた。彼が初代宮司で篠森神社を建てた人物である。
篠森定まではどう続くのかと上から順に目で追っていくと、時折鼎という名前の者がちらほら存在していることに気づく。そのほかの人物は、似てはいるものの名前が被ることは無かったが、鼎の名は複数人おり、二人を除き皆長男である。篠森肇の長男である篠森和佐の横には鼎と書かれており、そこには血筋を示す線は何も書かれていなかった。もう一人は篠森定の横に同じくただぽつんと書かれていた。
「ねえ、この篠森の横に書かれた鼎って誰?」
私は家系図を食い入るように覗き込みながら尋ねると、篠森は首を傾げ困ったように言う。
「俺もよくしらないんだ・・・。今まで鼎なんて名前の人と会ったことなんてないよ」
これだけ鼎の文字が出てくるのだから、きっと長男は鼎という名前にしなければならないなどの決まりがあるに違いない。しかし、篠森は長男であるはずなのに定という名前があり、血縁関係者とは別に鼎が存在するのだ。
「篠森でも知らない人物が書かれているなんてことあるんだね。おばさんは鼎の存在を知らないの?聞いたら何か知っているんじゃない?」
「俺だってもちろん聞いたことはあるさ。けど、何も教えてくれないんだ」
この時、篠森の表情から目を離さずにいれば私が真実にたどり着くことは無かったのかもしれない。悲しき出会いと別れを経験する必要もなかったのかもしれない。私がもっと早くから篠森の心の重しをとってあげれていれば篠森は・・・。
私はこの時中途半端だったのだ。もっと鼎について深く考えていれば、彼を悲愴の海から救い出すことができていたのだろうか?
篠森家の話も気づけばほかの話題へと移り変わり、他愛もない話をして息抜きをした後再び勉強を再開した。ふと外を見たときには日がだいぶ傾き始めていた。
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