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篠森の家は代々続く宮司の家で、篠森神社は市内で最も歴史のある土地であり建築物だ。篠森神社の歴史は室町時代まで遡る。歴史ある家というだけあって、その敷地は非常に広く篠森の住む家から神社に行くまでも十分ほどは緩く続く坂道を歩く必要がある。テスト習慣のため午前帰りということもあり時間はたっぷりとある。篠森の家で勉強をした後、篠森神社から夕焼けを見ようという話になったのだ。
「夜月はどの科目が一番自信ないの?」
「んー、数学」
私は少し考えつつも返事をした。
明日のテストは数学、現代社会、日本史の三科目だ。文系科目は一夜漬けでもある程度どうにかなりそうだが、数学だけはちんぷんかんぷんだ。決して授業をさぼっていた訳ではないのだが、授業を受けているとあまりにも理解できず気づけばいつも意識は遠くかなたへといってしまっており、ノートはほとんどとっていなかった。
「だと思った。夜月、ずっと授業寝てたもんな」
「うっさい」
ここぞとばかりに満面の笑みで篠森が揶揄ってくる。私が不機嫌な顔をすると、嬉しそうに口元を緩める。全くもって私の幼馴染は意地悪なやつだ。
飽きれる私に対し、篠森は「夜月のことはなんでもお見通しだよ」と言うので、これ以上調子づかれるのもムカつくなので聞かなかったふりをした。
車通りの多い道路から脇道へと入る。小さな丘を登る道は木々で覆われている。斜面はそこそこ急であるため、物凄い勢いで下っていく車とは反対に、自転車で登るには腰が折れそうになる。時折下ってくる車もおるが速度を出しておりカーブでは大きく膨らんで走るため非常に危ない。坂道を上り終わるころには体力という体力を根こそぎ持っていかれるため、私たちは心臓破りの坂と呼んでいるが、その分早く篠森神社に行くことができる。坂を上り終えると平地が広がり、篠森神社のある篠森丘だけが更に少し高く位置するのが見える。篠森の家自体は、篠森丘の麓に建てらている。
坂道が上り終わり呼吸を乱しながら砂利道にステアリングが持っていかれつつもゆっくりと力強くペダルを漕ぐ。
一度家に帰り数学の教科書をとりに帰ろうとするも、「教科書は俺のを持って帰っていいから、少しでも多く勉強するよ」と言われてしまった。結局、家に帰らず直接篠森の家へ行くこととなった。全く持って、私の幼馴染様は余裕タプタプのようで羨ましい。
庭に自転車を置かせてもらい、篠森は玄関を開けておいでと手招きする。
「おじゃまします」
私が恐る恐る言うと、遠くから元気なおばさんの声が聞こえてくる。
「あら、夜月ちゃんじゃないの!そんなところ立ってないで早く上がって上がって」
久々に篠森の家へお邪魔したが、いつ来てもおばさんは気さくな人である。おばさんは、篠森の父方の祖母である。元気はつらつ、張りのある声で、腰をまっすぐにし歩くが、もう八十を超えているというのだからびっくりである。いつ会っても、時が止まったようにおばさんの姿は変わらない。
ローファーを脱ぎ整え、廊下を歩く。ギシギシと軋む音が懐かしく小さいころの記憶が蘇る。
この軋む音が好きで、篠森と廊下を駆けまわったのだ。今思えば何とはた迷惑な来客あったことか。しかし、おばさんは決して嫌な顔をすることはせず、駆けまわるなら掃除をしてと雑巾を渡してきた。まんまと口車に乗せられ、頑張って掃除をしたのが懐かしい。途中からは奇麗になっていく様が嬉しく、好んで掃除をしていた時期があった。
「おばさん、相変わらず元気だね」
篠森が持ってきてくれたお茶を一口飲むと、冷たさが体を駆け巡り体温を内側から奪う。
「少しくらい年相応になってほしいくらい元気だよ。昨日も尻叩かれたよ」
篠森は腰を浮かせお尻をさする。おばさんは、説教するときはいつもお尻を叩くのだ。それは自分ちの子供にのみならず、悪いことをすれば誰でも同じように接する。私も、一度叩かれたことがあり、とても痛くしばらくの間おばさんが怖くて顔を見ることができなかった。
思い出してふふっと笑うと、
「何一人でニヤニヤしてるんだ、気持ち悪いなぁ。真面目に勉強するよ」
と篠森はひきつった笑みを浮かべながら、数学の教科書を開く。教科書には余白が一切なく、沢山の書き込みがされており、赤青黒だけのシンプルなカラーで沢山考え方やポイントが書かれており、自分の奇麗な新品同然の教科書を思い出し、素直に篠森に感心する。
篠森の教え方は非常に分かりやすかった。要点のみを言い、分からないところはかみ砕いて私が分かるレベルまで一度落とし教えてくれた。こんなに教えるのが上手いと知っていれば、もっと早くから頼っていた。
なぜ今まで篠森を頼るという発想がなかったのか、非常にもったいないことをしていた。持つべきは教えるのが上手な幼馴染だ。
時折、コップの中の氷がカランと崩れる音が響く中坦々と説明を受けてては例題を解いてページを進めていく。
冷房の効いた部屋で、気づけばあっという間に汗は引いた。
煩かった蝉の音も次第に気にならなくなり、カチカチと一定のリズムで刻む秒針の音が部屋の中で響く。
幾ばくか時が過ぎ、集中力が切れ始める。問題を解く速度が落ちていることに気づいた篠森が小休憩を提案し、一休みすることとなった。
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