愚か者の選択①

 コールストとルドルフが協力関係を結んで約一年。

 その間に再開された社交界では、ララスティが家族の愛情に飢えていること、祖父母にプレゼントしてもらった品物や母親の形見を大切にしていること、また自慢していることが噂として広まっていた。

 自慢に関しては公爵令嬢ということもあり羨む層も一定数いたが、それでも家庭の事情も同じように噂として流れているため、そういった品物に縋ってしまう行為は子供なら仕方がないと受け入れられた。

 それに加え、アーノルトが爵位を継いですぐに再婚したばかりの時は、それこそ新しい家族に対する期待を話していた。

 だが、徐々にその頻度が下がっていくと、疑念を抱く者は出てくるのが当たり前だった。

 あるお茶会では家族について聞かれたララスティが今までとは違い悲しそうな表情を浮かべたと聞いて、やはり本気で周囲の印象を操作しようとするのならララスティの方が『うまい』とわかる。


 わかりやすいだけではだめで、長年蓄積するだけでもだめ。

 何度かの印象深い出来事を経てこそ『事実』の印象が強くなっていく。

 人は新鮮な情報に食いつきやすく、長い時間積み重なった歴史があるものを信用しやすいのだ。

 前回、エミリアはどんどん新しい情報を発信することで印象操作をしたが、ララスティは情報の発信と合わせて、エミリアと出会う前から情報の蓄積を怠らなかった。

 エミリアと出会ってから情報を積み重ねたのでは嘘くさく見えるかもしれないが、存在は知っていても、再婚して家族になるとは知らなかった時からの情報なら信用度は高い。


 そして先日のクロエとエミリアの社交界へのお披露目で事件は起こった。

 当たり前のようにララスティから奪ったドレスやアクセサリーを身につけて現れ、それが当然だというエミリアの行動を認めることができる貴族の子女がいるわけもない。

 挙句の果てに、公爵令嬢として当然の振舞いを話したララスティに暴力をふるった場面は、多くの者が目にしており言い逃れができない。

 ルドルフが潜入させている手の者の話では、エミリアは自分に都合のいい説明しかせず、アーノルトが憤慨してララスティを責めようとしたが、前ランバルト公爵夫妻に逆に説教をされたらしい。

 その時ララスティは、アーノルトが言うように今までの分をエミリアに譲ることは納得していると、そう援護しながらも、改めて今後はエミリアにドレスやアクセサリーを譲る気はないと話したそうだ。

 何か欲しいとエミリアが強請るのであれば、まず家の状況を考えた上でそれを与えるか考えるのは、ララスティの判断ではなく家長であるアーノルトの仕事。

 それもララスティから奪うのではなく、自分だけのものを得るべきだと話したのだという。

 孫娘の正論に前ランバルト公爵夫妻も賛成し、アーノルトは引くしかできず、エミリアに事情を説明するとエミリアは「じゃあ、これからはお姉様よりあたしの方が、いいものを身につけるべき」だと主張したという。


 ランバルト公爵家に向かう馬車の中で報告を受けたルドルフとコールストは、何とも醜悪だと笑うしかないが、今から持っていく契約の話し合いで有利に持っていけそうだとほくそえんだ。

 馬車から降りてアーノルトたちの待っている執務室・・・に案内され、その不用心さに呆れてしまうコールストとルドルフだが、前ランバルト公爵夫妻も同席していると聞き、またもややりやすくなったかもしれないと思った。

 今、前ランバルト公爵夫妻はララスティに対して罪悪感を抱えている。

 息子が再婚をしたことで、以前よりも家族からの疎外感を覚えるようになったララスティに気づかず、ずっと別邸で役目から解放されて羽を伸ばしていたのだ。

 平民出の新しい嫁を認めるのが難しいということもあったが、とにかく胃痛のする領地経営から離れることができたのが大きかった。

 だが、その間に気にかけるべきララスティが苦しんでいるとは、思っていなかったのだろう。

 先日のお披露目会で今の状況を知り、慌てて息子に抗議したとも報告があった。


 執務室に入れば、事前に立ち会う事を知らせていたとはいえ、やはりルドルフがいることに驚いているようで、特にアーノルトの視線が泳いでいる。


「やあ、今日は私までお邪魔して済まない。王家も気にかける内容の契約だし、そろそろ王家も進捗確認をしないといけなくてね」

「さようでございますか。いえ、ルドルフ殿下に同席していただけるとは望外の喜びでございます」


 わざとらしくも思えるアーノルトの言葉にもルドルフは笑みを崩さず、すすめられるがままにコールストと並んで腰を下ろした。


「まず、遅くなった公爵の襲名おめでとう。再婚もしてランバルト公爵家には二人の子供がいることになり、将来も安泰だな」

「ありがとうございます。エミリアは親ばかな言葉ではありますがかわいらしい子供です。いままで苦労をかけた分、幸せにしてやりたいと思っておりますよ」

「そうか」


 平民として十分に贅沢な暮らしをし、両親が揃っている家庭で過ごしてきて何が苦労なものかとコールストは毒づきそうになるが、表面上は笑顔を浮かべたまま何も言わないでおく。

 少し視線を斜めに向ければ、何とも言えない表情で息子であるアーノルトを見る前ランバルト公爵夫妻がおり、特に夫人の方は、実の息子に向けるとは思えない憎々しい感情を目に浮かばせている。

 平民出の新しい嫁が気に入らないとは聞いていたが、その血が半分混ざった新しい孫も気に入らないのかもしれない。

 ここ最近はララスティを気にかけるようになっていたという話だし、自分たちが良かれと思いララスティに贈った品物を、息子が勝手に別の孫に与えていたら、それは腹に据えかねて当然なのだろう。


「羨ましい話ですね。ご存じの通り私は先日一人息子を亡くしまして、妻も亡くしたばかりで再婚するつもりもなく、正直なところ跡取りに困っているのです」


 コールストのさりげない嫌味に気付いたのか、アーノルトの口の端が引きつったように持ち上がった。


「アインバッハ公爵はまだお若いのですから、再婚も十分可能でしょう」

「どうでしょうね。長年連れ添った妻を亡くしたショックは思いのほか大きいですし、間をおかずに再婚するなどなんだか妻に申し訳なく感じてしまって」


 苦笑して言うコールストにアーノルトの表情はどんどん引きつっていく。

 アーノルトの前妻はコールストの妹であり、王命で結婚した、言ってしまえば国家の事業の一つなのに相手が死んで間をおかずに本命の、しかも貴族ではない平民と再婚し、その間には娘までいる。

 あからさまな裏切り行為を、ここまで見逃してやっているという圧力がアーノルトに襲い掛かっている。

 普通であれば目上の者が止めに入るのだろうが、前ランバルト公爵夫妻は止める様子はなく、ルドルフは素知らぬ顔で紅茶に口を付けている。

 そこでアーノルトは思い出した。

 前妻のミリアリスとルドルフは従姉弟だと。

 年は多少離れているが、近しい親族を馬鹿にされたも同然の状態なのだろう。

 味方はいないのかとアーノルトが考えを巡らせた瞬間、カチンとわざと音を立ててルドルフがカップを置いた。


「王家としても、アインバッハ公爵領の後継者がいないのは気にかかるところなんだ」


 助け舟のように発せられた言葉に、アーノルトは目を輝かせた。


「そうでしょうとも! この機会にアインバッハ公爵も再婚を前向きに検討なさってはどうでしょうか」

「いや、今は多くの貴族が婚姻関係で混乱しているだろう? コール兄上にふさわしい女性となると条件が難しい。だから、もっと簡潔な解決方法を提案したい」


 ルドルフの言葉にアーノルトが眉をひそめて警戒を浮かべた。

 足を組みなおしたルドルフは腕を組んで右手の人差し指でトンと自分の左腕を叩く。


「ララスティをコール兄上の養女にしてはどうだろうか? 幸いランバルト公爵家にはもう1人ご令嬢が出来たのだし、かまわないだろう?」

「「「なっ!」」」


 驚くランバルト公爵家の3人を前に、逆に不思議そうにルドルフが首をかしげる。


「驚くことじゃないだろう。ララスティはコール兄上の姪で現在残っている血縁者で、両親の次に近い親族だ。こちらの家に予備・・ができたのなら養女にと考えて何かおかしいだろうか?」


 当たり前だろうと言うルドルフに対し、最初に反対の声を出したのはアーノルトではなく前公爵夫人のシシルジアだった。


「お言葉ですがルドルフ殿下。予備はあくまでも予備。正統な我がランバルト公爵家の血を引くのはララスティなのですよ」

「そっそうです! エミリアは確かにアーノルトの娘でしょうが、今まで平民として暮らしていたのです。今後、公爵令嬢としてちゃんとできるかもわかりません」


 便乗するように前ランバルト公爵のスエンヴィオが口を出した。

 その様子にアーノルトは面白くないという感情を隠しもせず顔に出し、両親を睨みつけた。


「エミリアはやればできる子だ。今後ちゃんと教育をすればアレに負けることなどない」

「では、いいじゃないか」


 アーノルトの言葉に前ランバルト公爵夫妻が何かを言い返す前にルドルフが口をはさむ。


「でも、彼らの心配する気持ちもわかるし、数年様子を見るというのはどうだろう?」


 にっこり笑って提案する姿に、ルドルフの横に居るコールストは敵に回りたくないとしみじみと思ってしまった。

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