下準備A⑦

 アーノルトが再婚した直後のお茶会で、ララスティは大勢の友人たちや同席した子女に、家族ができたことへの喜びと期待を語った。

 だが家族について話題にする頻度は少しずつ減っていき、十一月中旬に開かれたお茶会では、新しい家族の話をされると逆に何とも言えない表情を浮かべた。


 この間、ララスティはあえて最初はわかりやすく喜びを表し、エミリアやクロエがララスティの持ち物を奪っていくたびに徐々に悲しく見えるように振舞っていたため、数人の親しい友人は「そういえばいつものアクセサリーはどうしましたの?」などと聞いてくるようになった。

 父方の祖父母に贈られて嬉しいと話して、何度もつけていたアクセサリーだ。

 家族が増えたからと急に使用しないものではないと思っての質問だったが、その質問を受けたララスティの目には一瞬だけ涙で潤んだ。


「あれは、その……異母妹になったエミリアさんに……えっと、差し上げましたの」


 どこか悲しげに言うララスティの姿に喜んで進呈したのではないと誰でも察することが出来てしまい……。


「もしかして、盗まれて———」

「まさか! エミリアさんはそのようなことなさいませんわ。それに、わたくしが身に着けているのを見て自分も欲しいとおっしゃって。それならばわたくしが持っているものを譲るようにとお父様が……それで……いくつか」


 当主である父が、ララスティのジュエリーボックスから、エミリアがアクセサリーを持っていくことを許可したのなら、文句を言うことは難しいと言外に言うと、その話を聞いた令嬢たちは眉をひそめた。


「そんな、異母姉のジュエリーボックスからアクセサリーを奪っていくなんて、しつけがなっていませんわ」

「けれど、お父様は今までわたくしと違って、エミリアさんは公爵家の娘としてアクセサリーを身につけることが出来なかったのだから、ランバルト公爵令嬢に贈られた品物ならエミリアさんにも所有する権利があるとおっしゃったのです」


 なんという屁理屈だとその場に居た全員が考えた。

 その屁理屈が通れば、自分たちが今身につけている物もすべて家に帰属することになり、自分自身の所有権など何もなくなってしまう。

 そもそもララスティに・・・・・・贈られた品物・・・・・・ララスティの・・・・・・母親の形見・・・・・なのに異母妹にも所有権があるというのはどういうことなのだろうか。

 まるでララスティという個人を認めず、ランバルト公爵令嬢というブランドを持つ娘としか見ていないようなアーノルトの発言は、この場に居た令嬢を通じて各家に、そしてその家から他のお茶会の話題として提供されて広まっていった。


 そして十二月の初旬。

 ついにランバルト公爵家の新しい家族を披露するためのお茶会で、紹介されたクロエとエミリアが身につけていたアクセサリーは、全て以前にララスティが母親の形見や祖父母からのプレゼントだと話していた品物で、エミリアのドレスに至っては祖母がララスティのためにオーダーしてくれたのだと自慢していたものだった。

 エミリアたちがアクセサリーをたくさんつけて登場したのに比べ、ララスティのドレスは仕立てはいいがどこか地味な印象を与えるもので、アクセサリーは小さな宝石のついた地味なネックレスが一つだけだった。

 流石におかしいことに気が付いたのか、今回のお茶会に参加して初めて状況を知ったらしい前ランバルト公爵夫妻は顔色を悪くしたが、アーノルトはクロエとエミリアのすばらしさを褒め称えるのに忙しく気づかない。

 参加した貴族たちは慣れないながらも貴族として振舞おうとしているクロエと、強奪した・・・・品物で飾り立てた自分を自慢するエミリアに冷たい視線を向ける。

 挨拶回りが終わって自由時間になるとララスティの周囲には親しい友人たちが自然と集まる。

 そこにはいつもよりも元気のないララスティがおり、それでもお茶会に参加してくれたことを改めて感謝する姿に同情心と謎の正義感が沸き起こってくる。


「ララスティ様、その……あちらにいらっしゃるエミリア様が身に着けていらっしゃるものは……」

「あ、その……差し上げましたの」


 儚げに微笑むララスティに、また父親に言われて逆らうことが出来なかったのだと察した令嬢たちは、必死に今のドレスもララスティに似合うとか、小さな宝石が逆にララスティの品の良さを引き立てているなどと褒める。

 そうしているうちに、空気を読まないようなのんきな声が集まっていた集団にかけられた。


「お姉様ぁ、なに話してるんですか?」

「エミリアさん」

「あたしも入れて下さいよ。こんにちは~、さっきも挨拶しましたけどお姉様の妹になったエミリアで~す。あたしとも仲良くしてくださいね」


 だらしなく感じる話し方は平民として育ってきたからだろうか。

 早く披露したかったからといって、先日まで何も知らない平民として暮らしてきた庶子を、ほとんど何の教育もしない状態でお披露目しているのだ。

 完全にアーノルトの独りよがりであり、こうはなるまいという醜悪な貴族の見本のようにまで扱われているのに本人たちは気づいていない。


「ねえ、エミリア様」

「呼び捨てで構いませんよ。あたしたちもう友達でしょう!」

「……そんなことより、そのドレスとアクセサリーはララスティ様のものでしょう? どうしてあなたが持っていらっしゃるの?」


 ララスティの友人の一人が尋ねれば、エミリアは意味が分からないという顔で首を傾げた。


もらった・・・・んですけど、それがどうかしましたか? お父さんだってこういったものはお姉様よりあたしの方が似合うって言ってくれてますし、これってランバルト公爵令嬢・・・・・・・・・のものなんですよね? だったらあたしのもので問題ないじゃないですか」


 一番偉いお父さんがそう言っているとエミリアは自慢気に話してからララスティを馬鹿にしたように見る。


「お姉様だってあたしの方が似合うと思いますよね」

「それは……」

「似合いますよね。だってお姉様は今までずぅっとこういう高いものをもらってたんですから、これからはあたしがその権利を持つべきじゃないですか。それが可哀相なあたしに出来る姉の役割とかいうやつなんでしょう?」


 無邪気に話すエミリアにララスティを除く全員が戦慄した。

 

「それは……違うわ、エミリアさん」

「え?」


 震える声で、ララスティは反論するように首を細かく横に振った後に、勇気を出したように一歩前に出て両手でエミリアの右手を包み込んだ。


「なにすんのよ!」


 エミリアが手を引き抜こうとするが、意外と強く握りしめているのか右手が抜けることはない。


「あのねエミリアさん。確かにわたくしはこれまで公爵令嬢として贅沢をさせていただきましたが、今はもうエミリアさんもわたくしと同じ公爵令嬢ですもの。ですから、今後も同じように全部を譲るなんてできませんわ。お互いに大切なものを尊重していきましょう」


 そこで一度言葉を切って、ララスティは周囲がこちらに注目しているのを確認した後に再度口を開く。


「今までわたくしが享受してきた分は、確かに貴女と分かち合うべき・・・・・・・だと思ったので寂しい・・・けれどそれで貴女たちが喜ぶのならいいと思っておりましたの。でも今後はランバルト公爵・・・・・・・令嬢として・・・・・一緒に過ごしていくのだから、わたくしのものを強請ねだるようなはしたないこと・・・・・・・をしてはいけませんわ」


 はしたないと言われたからかエミリアの顔が一気に赤くなる。

 ララスティの両手から再度自分の手を引き抜いて離れようとしたエミリアだが、やはり見た目とは違い、しっかりと握りしめられていて引き抜くことが出来ない。


「今後はそのような行動はせず、欲しいものがあったらお父様かお義母様にお願いして作るか買えばよろしいのよ。だってエミリアさんはランバルト公爵令嬢になったのですもの。常識の範囲内・・・・・・で行動するのであれば誰にも恥じるところは・・・・・・・ない・・ですわ」


 暗にララスティから物を奪っている今の行為は、非常識で恥ずかしいはしたない行いだと言えば流石に伝わったのか、エミリアが怒りと羞恥で顔を赤くして震えだす。

 引き抜けない右手を諦めたのか、空いている左手を振り上げるとその手を思いっきりララスティの頬にぶつける。

 多少の抵抗があると思ったララスティの両手は驚くほどすんなりとエミリアの右手を開放し、頬をぶたれた衝撃で横に倒れこんだ。

 途端に周囲で上がる悲鳴。

 友人たちがララスティに駆け寄り体を起こすとエミリアを口々に責めたてた。


「皆様、わたくしはいいのです。きっとわたくしの言い方が悪かったんですの。ただわたくしはエミリアさんに公爵令嬢の自覚を持ってほしかっただけだったのです」


 そう言ってララスティは「ごめんなさい、エミリアさん。気を悪くさせてしまったようですわね」と頭を下げた。

 その後、頬を冷やすという名目でララスティが会場を出るとその後を前ランバルト公爵夫妻が追い姿を消し、気まずい雰囲気の中に居続けるのが嫌になったのかララスティの友人を皮切りに、1人また1人と帰宅を始めた。

 騒ぎを聞きつけたアーノルトにエミリアは自分に都合よく脚色した事実を伝える。


「お姉様とその友達があたしを卑しい平民の出だってバカにしたのよ!」


 その言葉を聞いたアーノルトはすぐにララスティを問い詰めようとしたが、打たれたことで発熱したララスティには前当主夫妻が付き添ったため近づくことが出来ず、そうしているうちにもう気がかりなことが背後に迫っていた。

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