下準備A⑥

 ララスティがランバルト公爵家に戻ってから三ヶ月後の十二月末ごろ、帝国がついに特効薬を完成させ、アインバッハ公爵家はすぐさまそれを大量に購入し、無償でアンソニアン王国の貴族に配った。

 途中の交渉で王家が口を出してきたらしいが、アマリアスが王妃を交え国王と直接交渉し、あくまでもアインバッハ公爵家の功績として、歴史に記されることになった。

 前回とは違い、王家が有償配布しなかったことで早期に対応できた貴族も多く、前回よりも後遺症に悩まされる人数や死者が少ないようだ。

 亡くなったはずの友人の家族が生きていたり、後遺症が残った友人に後遺症がなかったりとやはり前回と変わっている。

 そして特効薬が配布から半年後、正式に社交が再開されるまでの間に親しい間柄の貴族同士での小規模なサロンやお茶会が開催された。

 そこでララスティは、ランバルト公爵家に戻ってから交流の機会を増やした父方の祖父母からもらったアクセサリーやドレスを披露し、母親の形見の話をしてそれもまた披露した。

 身につけることが出来ているのがどれほど嬉しく、幸せな気持ちになれるのかを語り、父が不在の寂しさを埋めてくれるのだと話した。

 公爵位を継げば仕事の関係上本邸で過ごすようになるだろうし、その時に少しでも交流できるようになればいいと、家族への憧れを語るララスティに友人たちは同情し、慰めの言葉をかけた。

 そして社交が正式に再開され、本格的なお茶会が開催されるようになると、ララスティはより大勢の前で同じような話を語り、さらにアインバッハ公爵家で過ごした日々で、家族という存在への憧れを強く抱いた、と話した。


「わたくしには縁がないものだとは思っておりますが、伯父様のところで家族の愛情というものを見せていただき、またわずかな間でも体験させていただいて、やはりかけがえないものだと思いましたの」


「お父様はわたくしの身を案じてはくださらないと理解しております。言いかたは悪いですが、真に愛する方といらっしゃることこそがお父様の幸せなのだとすれば、それならお父様の家族・・・・・・にわたくしが何か言うことがおかしいですわよね」


「いいのです、お母様の形見とお爺様お婆様から頂いた品物がわたくしの慰めになりますもの。一生の宝物ですわ」


「お父様が公爵位を継いで家に戻って来るようになったら、もしかしたらお話しする時間が出来るのではないかと期待していますの」


「新しい家族ですか? そう、そうですわね……お母様も亡くなってしばらくたちますし、お父様もご家族と一緒に過ごしたいと考えれば再婚もあるかもしれませんわね。……わたくしは歓迎いたしますわ。だって、それってわたくしにも新しい家族が出来るということですもの」


「新しいお母様と新しい妹がわたくしを受け入れて下されば、きっとお父様もわたくしを見て下さる。そう願っておりますのよ。そうすれば夢に見た家族という存在の愛情を、わたくしも受けられる気がしますの」


「え? 新しい家族に何かを要求されたら? 家族なのに何か要求されるようなことがあるのでしょうか? けれどそうですわね……わたくしに可能なことでありそれが正しいと思えることなのであれば出来る限り応えたいと思いますわ。だって、家族になるのですもの」


 お茶会のたびに母親を亡くして伯父の家に身を寄せていたララスティが、家族についての憧れを語るためなのか、家族が無事な友人たちはより家族を大事にするようになり、家族を失ってしまった友人たちは、ララスティの言葉に共感して寄り添うようになった。


 そしてその年の九月の初め。

 ララスティの父親であるアーノルトが正式にランバルト公爵位を継ぎ、本邸で暮らすことになったため、ララスティも本邸に移住することとなったが、アーノルトは当主の仕事が終わると愛人の家に戻ってしまう。

 そのことが寂しいと友人たちに語ったお茶会の数日後、アーノルトは突然一人の女性と女の子を連れてランバルト公爵家に帰ってきた。


「今日からお前の義母になるルシアと妹になるエミリアだ」


 アーノルトは迎えに出たララスティにただ一言そう告げた。


「お父さん! このこはだ~れ?」

「ああ、それはララスティ。エミリアの姉になる子だ」

「お姉ちゃん? へ~? ふ~ん?」


 ジロジロと値踏みするような視線が気持ち悪いと感じたが、それでも前回は、この三人から家族の愛情をもらおうと必死だったと思えば、自然と笑みがこぼれる。


「ララスティ゠ナーサディオ゠ランバルトですわ。わたくしに家族ができましたのね! 歓迎いたしますわお義母様、エミリアさん」

「よろしくおねがいします、ララスティさん」

「よろしくね、お姉ちゃん」

「二人の部屋に案内しよう。元の家で使っていたものもすぐに届く」

「そうなの? よかった~! でも、こ~んなすごい家にあの家で使ってたのは、えっと……ふそーおー? だっけ? そういうんじゃないのかなぁ?」

「いらなかったら捨てて新しく買えばいい。俺が当主だ、父上たちだって別邸に居を移し終えているし文句は言わないだろう」

「やったぁ!」


 話しながらララスティの目の前を通り過ぎていく三人に、ララスティは寂しげな笑みを向けた。

 その笑みを見た使用人たちが同情のような視線を向けたが、気づいたララスティが人差し指を唇の前にそっと持っていき、少し間をおいて静かに首を横に振った。

 羨ましそうに見ていたことは内緒にしてほしいという合図だ。

 使用人たちは少し悩みつつも頷いて自分の職務に戻る。

 ララスティも自室に戻り、メイドに甘いミルクココアを用意してもらうように頼み、少しだけ一人にしてもらってから、いよいよ始まったと内心でニヤリと笑った。


 下準備の噂は盛大に広め、親しい友人だけではなく、お茶会に参加した令嬢づてに家族や他の貴族にも、ランバルト公爵家の可哀相なララスティ嬢の姿は完成しつつある。

 あとは、前回同様にエミリアがララスティから様々なものを奪っていけば、噂はどんどんと真実めいてくる。

 だって、ララスティは現在手元に置いているドレスやアクセサリー類をどれだけ大切にしているか、これでもかと周囲に散々語ってきた。

 実際に大切にしている姿を見せてきた。

 そのドレスやアクセサリーを突然エミリアが所有するようになったら?

 一個二個なら譲ったのか貸したと思うかもしれない、でもその数が増えていったら?

 もうララスティがそれを身につけることがなくなり、エミリアを羨ましそうに見る姿が目撃されたら?

 庶子として平民から貴族になったばかりで、周囲に馴染めず異母姉から距離を置かれている可哀そうな被害者エミリアはどこにもおらず、庶子で貴族にさせてもらったにも拘らず異母姉の宝物を奪っていく加害者エミリアに変わる。


(それでも、真実の愛は成立するのかしら?)


 愛する心を止められないと婚約者に向かって言い放った男は、今回も堂々と同じ言葉を言えるのだろうか。


(だって、前回はわたくしという刺激があったからこそ燃え上がった恋なのではございませんの?)


 異母姉ララスティの嫌がらせや卑劣な行為に耐え忍ぶ、可哀相なエミリアへの同情から始まった恋なのかもしれない。

 それが愛に変わったとしても、きっかけはララスティの行いだったはずだ。

 だったら逆に異母妹エミリアに虐げられるララスティに気が向くようになるのだろうか?

 けれどももしララスティにカイルが気を向けたとしても、ララスティがそれに向き合うつもりは一切ない。

 こちらの家庭事情を知った上でカイルは間に入って取り持つのではなく、ララスティに「エミリア嬢に厳しく当たるのはよくない」とララスティを一方的に責めた。

 ララスティがエミリアに対してきつく当たったり暴力行為を働いたりする理由をあまり考慮せず、ただ「異母妹が羨ましいのはわかるが」とか「家族と気まずいんだろう」と決めつけた。

 羨ましく思う理由は? 気まずいと思うのなら改善案は?

 前回は、ただ決めつけられて責められたことにショックを受けただけだが、今考えれば馬鹿馬鹿しいことばかり。

 なぜ、自分が贈った品物を、自分に愛情を求める婚約者が素直に異母妹に渡したと思うのか。

 なぜ、ララスティが似合わないものを贈られたと機嫌が悪くなって、捨てた贈り物を拾ったという言葉を信じたのか。

 なぜ、ララスティの捨ててなどいない、エミリアに奪われたという言葉を信じずにいたのか。

 王族として許されないことではあるが、若いうちはまだ経験不足で思い込んだということで許されたかもしれない。

 けれどもララスティに婚約破棄を申し出たのは二十歳の時だった。

 貴族社会ではそこまでくればもう大人扱いで、結婚をしている人も珍しくはない。

 実際にカイルさえ了承していれば、ララスティとカイルはすでに結婚していたはずだった。


「お嬢様、お待たせしました」

「ありがとう」


 戻ってきたメイドが目の前に置いてくれた、甘い香りのミルクココアの入ったカップを手にして口の端を持ち上げる。


「美味しそう」

「お嬢様の好みの味にしておりますよ」

「嬉しいですわ」


 笑みの形に口が変わったのは、ココアの味に期待したからだと誤魔化すように話してから口を付ける。

 甘い味が舌の上に広がり喉の奥に流れていく。


(どんな行動をしてきても、貴方たちを許す気はございません)


「美味しいですわ」

「それはようございました」

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