第4話

第4話

職員会議は二時間以上の長丁場となり、ようやく仕事から解放された高橋は、アパートに着くなりスーツの上着を脱ぎ捨て、冷蔵庫から取り出した缶ビールを一気に飲み干した。それは渇いた喉と疲れた体に、波紋のように素早く浸透していく。仕事の後の一杯は、これだからやめられない。


高橋は新しい缶を冷蔵庫から取り出すと、六畳の小さな部屋の隅に置かれているベッドに身を投げ出した。古くなったスプリングが大きな音を立ててきしむ。


(・・・はぁ)


目に映るのは、木目の天井。大きなため息を吐いた高橋は、ただそれを眺めていた。


下された処分。それは、退学だった。


当然と言えば当然である。校内であれほどの事件を起こしたのだから、警察沙汰にならないだけ、まだマシである。


だが、その決定が下された会議の場で、異議を唱える人物が現れた。同僚の五十嵐と教育指導の田中である。彼らは事情が詳しく分からない以上、早急な処分は遺憾だと声を張り上げて主張した。議論が議論を呼び白熱を繰り返し、そうして下された最終的な学校側の判断は、一週間の謹慎処分。その間事情を暴き、情状酌量の余地があれば再度話し合いの場を設けて処分について検討するという、異例の仮退学という措置に至った。まるで刑事罰でいう執行猶予みたいなものである。


高橋にとっては驚いたし、正直ありがた迷惑としか思えなかった。そんな主張をするなどと予め聞いていないし、その後の問題の解決役として命じられたのは、処分に反対した二人ではなく雨宮咲月の担任である自分だった。予想もしていなかった展開に、ただ困惑を示すしかない。


考えれば考えるほど、大きなため息だけが時間を無駄に消費していく。高橋は体を起こして新しい缶ビールに口をつけながら、手を伸ばして窓を開け放した。


見上げれば、満月と見違うほどのかすかに欠けた月が、ほのかに空を照らしていた。等間隔に並べられた街灯と家々から漏れる明かりが、周りに存在するであろう星屑を容赦なく消し去っている。月だけが浮かぶ、寂しげな夜空。


高橋は再び大きなため息を吐き、雲のない夜空を見上げながら冷静に思考を巡らせた。アルコールのせいか、回転は少し遅くなった気がする。


どんなに頑張ったところで、雨宮咲月が事情を話すことはないだろう。それほどの意思を、教育指導室で何時間も向けられていたのだから間違いではない。


止めに入った相川と徳井は部外者に近い被害者だ。田中の言うとおり、何も知らずに巻き込まれたのならば情報としては意味がない。


残るのは、骨折という怪我を負わされた高田のみだ。重傷のためどれだけ話を聞けるかは定かではないが、完全な当事者である以上、理由を知っていて当然である。


問題は、骨折の部位である。鼻はともかくとして頬骨の骨折は、果たしてどれだけ日常会話に支障を来すのだろうか。高橋の周りでその前例がない以上、未知数と言っても過言ではない。最悪、筆談という方法もある。


思考をいくら巡らせても、やはりため息が漏れてしまう。窓を閉めて立ち上がり、高橋はバスルームを目指した。


(・・・仕方がない。これも、仕事だ)


とりあえず明日やることは決まっている。病院に寄り、自身の目で高田の被害状況の確認と、可能であれば事情聴取。まったく気は進まないが、やるしかない。


高橋は五十嵐と田中の二人にいつか恨み辛みをぶつけてやろうと小さく舌打ちをしながら心に誓い、バスルームに入った。

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