第1話 執務室と円卓閣議

1-1 ヘイエルと父王 モニカは?

 おう執務室しつむしつである。


平和へいわ百年ひゃくねんつづいていたというのに、いまさらなんだというのか……」


 君主くんしゅうれいはふかい。

 王子おうじヘイエルからしょりはしたものの、王はそれをひらけずにいた。


「まずは書簡しょかん内容ないようたしかめないことにはなにはじまりません」


 王のとなりには主席しゅせき秘書官ひしょかん侍従長じじゅうちょうだけである。王の補佐ほさとして長年ながねん政務せいむから内々うちうちのことまでよくささえてくれている。ヘイエルは立場たちばをわきまえ、表向おもてむ父王ちちおうたいするときにはそれなりに礼節れいせつまもるのだが、部屋へやかれらだけとなれば遠慮えんりょ配慮はいりょゆるくなるのだろう。


「百有余ゆうよまえ……」


 ヘイエルはいさましい伝説でんせつかたる。ためらう父王のすために。


くに魔界まかい門番もんばんおそれられていたケルベロスの捕縛ほばく成功せいこうしました」


 王はだるげにうなずいた。


「そうだ。魔界の大戦力だいせんりょくたるケルベロスをせいしたことで、我が国は同盟どうめい盟主めいしゅなりえた。それまでは名目めいもくでしかなかった同盟どうめいをまとめ、魔界の侵略しんりゃくから始まった900年の不毛ふもうたたかいも休戦きゅうせんへとみちびけたのだ」


「そのじることのなきよう」


 現代げんだい勇者ゆうしゃはわざと「伝説」を強調きょうちょうした。


「魔界はいま健在けんざいです。国境こっきょう度々たびたびおびやかしています」


 第一だいいち王子おうじ王家の務めノブレス・オブリージュとして、普段ふだん北方ほっぽうの国境警備けいびいている。それすなわち、昔話むかしばなしではない、現在げんざいつづく魔界の脅威きょういものである。ゆえに突如とつじょとして魔界からもたらされた書にたいする警戒感けいかいかんはひとかどのものがあるのだろう。


 ヘイエルはつづける。


「魔界の意図いとがなんであれ、秘密裡ひみつりともいえるやりかたで書簡をとどけてきたのも、我が国を人間側にんげんがわ代表だいひょうみとめているからこそとぞんじます」

「この書は本物ほんものなのか? 本当ほんとうに、魔王まおうからおくられたものなのか?」

「おうたがいはごもっともです。失礼しつれいながら、王へおとどけするまえに、国立こくりつ公文書館こうぶんしょかんへとわたしみずかおもむき、確認かくにんりました」


 王の疑念ぎねんにも、ヘイエルは毅然きぜんこたえる。


「魔界と人間界とは、ケルベロスをらえた伝説の大衝突だいしょうとつ以来いらい、百年あま交流こうりゅう途絶とだえております。実質的じっしつてきな休戦状態じょうたいですが、そのかん、書をかわわすことさえありませんでした」

「魔王ははなしつうじる相手あいてではないとく」

「はい。戦時せんじでも没交渉ぼつこうしょうであったと。しかし、公文書館の方々かたがたすくないやりりもつけしてくれました。その書とらしわせても、印章いんしょう魔王まおうのものに相違そういないと。当時とうじ混乱こんらん記録きろくされていましたが、状況じょうきょうさえおなじ。戦時でなおさら警戒けいかい警備けいび厳重げんじゅうななか、黒鳥こくちょうによりもたらされたとも」

「つまり……」

「本物です」


 ヘイエルの断言だんげんに王の面持おももちはしずむ。おそらく書の内容ないようを休戦破棄はき宣戦布告せんせんふこくおそれ、憂慮ゆうりょしているのだろう。


 ヘイエルはくびる。


「書を開かないかぎり、なにかりません。過去かこ勇士ゆうしに、ケルベロス捕縛の伝説にじることのなきようおねがいたします」


 ついに書は開かれた。


和睦わぼく前提ぜんてい条約じょうやくむすびたい。

 協議きょうぎには特命全権大使とくめいぜんけんたいしとして大公たいこうアスタロトをおくる。

 返答へんとうつ』


 わずか3ぎょう

 名義めいぎたしかに、魔界のあるじ、魔王そのひと。


 王は一転いってんあんどの息をく。

 ヘイエルはきびしくまゆげたままわらない。


しんじられるものであろうか」

協定きょうていではなく、よりつよく条約とは……。これはいささか」

唐突とうとつぎると、おまえはおもうか?」

「いずれにしてもくにるがす大事だいじです。まずは円卓えんたく会議かいぎはかることを奏上そうじょうします」

「私としてはこれをけたい」

「私ももうげたきこと、ございます」

「それは?」

「このではなく、みなの前で」


「リジェルは、どうした?」


 ふと思いついたように、王がつぶやく。


 リジェルとはヘイエルの双子ふたごいもうとであり、第二だいに王位継承者である。強大きょうだい魔力まりょくめ、王国おうこく魔術師団まじゅつしだん顧問こもんにして、大神官だいしんかんかんす。神託しんたく巫女みこともたっとばれ、彼女かのじょかみからあずかる言葉ことばときに国をうごかす。


「神の言葉を今こそさずけてもらってきてほしい」


 国の方針ほうしんさだまらぬうちに神託にすがるのもなさけないと思わないではないが、ともかく君主の言葉である。ヘイエルはうち感情かんじょうかくしつつ、目顔めがおで秘書官をうながした。秘書官は一礼いちれいすると、すぐさま伝令でんれい仕度したくととのえた。


「それでは……」


「おはなち、おわりまちたか? モニカはなにをすればいいでつか!」


 陽気ようき元気げんきこえであった。


「モニカ……」


 おさないなりに精一杯せいいっぱいきりりと表情ひょうじょうをつくるも、それがなんともほほましい。

 かしこまっていた侍従長のほほゆるむ。

 主席秘書官は咳払せきばらいのてお必死ひっしえていた。

 モニカはあにはなさなかったのである。

 駄々だだをこねるちいさなにはあらがえないのである。

 国のトップたる王も、国一番いちばん勇者ゆうしゃでも。


 モニカこそ、じつ最強さいきょうなのではないか? 魔王よりも。


「モニカや。この手紙てがみり、ヘイエルにわたしてくれただけで十分じゅうぶんだよ」


 父王のこえやさしい。

 手厳てきびしい息子むすこよりも、無垢むくすえひめのほうがよほどかわいいとえる。


「王の……、とうさまのいうとおりだ。あとはこのあにや父さまにまかせて、モニカはまたお勉強べんきょうをがんばろうな」


「や!」


 モニカはぷいっと、よこく。勉強は嫌いなので! それがまたかわいらしい。重苦おもくるしかった執務室がにわかにほんわか。


「モニカもおてつだいでつ! モニカにもなんなりとおもうちちゅけけくだたい!」


 侍従長、ついに失笑しっしょう


閣僚かくりょうのお歴々れきれき、おそろいになりました!」


 伝令の声がとびらそとからひびく。


 今度こんどはヘイエルのため息がふかい。

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