OP-2 モニカとヘイエル

 ケルスがかおげた。

 今度こんど大人おとな足音あしおとがドヤドヤ、ドカドカと近付ちかづいてくるのである。


「こっちだな」

「は、はい、たしかに」


 破裂はれつしそうなほどの緊張感きんちょうかんをまとった、鎧姿よろいすがたいかめしい一団いちだんである。平和へいわ安全あんぜん王城おうじょうにわ何故なぜ


 モニカのかがやいた。

 集団しゅうだん中心ちゅうしんにいる人物じんぶつへとびついていく。


「にいたま!」


 モニカのとしはなれたあに第一だいいち王位おうい継承者けいしょうしゃ、ヘイエルである。短髪たんぱつであればブロンドよりもあか目立めだちち、それはさかほのおおもわせる。いさましい18さいあか若獅子わかじしである。


 獲物えものらえてにががさない、するどおさないもうとに向く。

 まわりにいるのはヘイエルの部下ぶかである。


「おお、モニカ!」


 ヘイエルのこえが、一オクターブたかくなったものである。


「お庭でなにをしていたんだい?」

絵本えほん、よんでまちた」

「えらいぞ! もう絵本を一人ひとりめるのか!」

「あい! モニカ、もうひとりでよめまつ!」

「えらい! すごい! かしこい!! だい天才てんさいだな!!! さすがが妹だ!」

「デへへへ」

「フフフ」


 れるモニカに相好そうごうくずし、ねこかわいがりのヘイエルであった。じりはがりっぱなしである。妹を溺愛できあいする姿すがたには、王子おうじ尊厳そんげん勇者ゆうしゃ威厳いげんも何もあったものではない。


「ゴ、ゴホン」


 副官ふくかん遠慮えんりょがちな咳払せきばらい、ひとつ。

 ハッと、ヘイエル、われかえる。


「う、うぅん、そうだったな」


 いまさらつくろってもおそい。

 クスクスとふくわらいが部下ぶかのあいだからこえてきそうである。

 いつものことである。

 妹にはめっぽうあまい、兄ヘイエル。

 それがかえって人間味にんげんみびていると、ヘイエルの人気にんきげる理由りゆうになっているとは、本人ほんにんのあずかりらぬことである。


「モニカ、何かおかしなことはなかったか?」

「モニカ、おかしはもってまてん!」

「そうではなく」

「そうではなく?」


 モニカのかわいい勘違かんちがいと真似まねっこに、ヘイエルのかおがまただらしなくゆるみそうになるも、さすがにめた。


「何か、いつもとちがったことはなかったかい?」

「いつもと?」

「そう、いつもと」

「きょうもおひさまぽかぽかでつ! うさたんとあそびまちた!」

「そうか、そうか。ほかには?」

「ケルスのはきもちいぃのでつ!」

「そうだな、ケルスはおまえのお気にりだ」

「とりたんと絵本よみまちた」

「えらいぞ」

「くろいとりたんに、これをわたされまちた」

「それだ!」

「にゃ?」


 突然とつぜん、ヘイエルがおおきなこえげるものだから、モニカはびっくり。


 おめめ、まる


 ヘイエルはしかし、その子猫こねこのようなかわいいかおていなかった。このときばかりはモニカよりも、そのちいさなでしっかりにぎられていた手紙てがみにこそ目がいったのである。


間違まちがいありません! それこそ魔界まかいからもたらされたものです!」


 部下ぶかの一人が追随ついずいする。

 手紙にしるされた紋章もんしょうだれもが恐怖きょうふともるものである。

 まぎれもなく、魔王まおうのしるしである。


 千年せんねんながきにわたり、王国おうこくおびやかしつづけてきた、残虐非道ざんぎゃくひどう魔界まかいあるじである。

 ヘイエル以下いか並々なみなみならぬ緊張がはしるのも当然とうぜんであろう。

 魔界は、魔王は、王国に何をつたえようというのか。

 百年ひゃくねん休戦きゅうせん状態じょうたいつづ平和へいわ時世じせいに。敵国てきこく堅牢けんろう王城おうじょう予告よこくなくしのんでまでも。


「モニカ、こわくなかったか? けがはないか! 大丈夫だいじょうぶか?」

「あい?」


 ヘイエルがモニカを心配しんぱいするも、モニカは大好だいすきな兄にげられてご満悦まんえつである。大人おとなの心配をよそに、幼女ようじょにはかげりなど何もない。


「とりたん、これをわたちて、とんでいきまちた! いっしょにあそびたかったのに」


 したしいともだちとのわかれをしむようにかなしいかおをするのである。無邪気むじゃきなモニカにはべつの心配もするものだが、今はそれよりもとヘイエルは表情ひょうじょうめた。戦場せんじょうち、強大きょうだいてき対峙たいじするかおである。


ちちに、いやおう連絡れんらくを!」


 警笛けいてきのような、ヘイエルの鋭いごえであった。


 したがっていたへいたちは緊張の面持おももちで各所かくしょへとってく。ヘイエルも敵国てきこくあるじしょをそのることはしない。手段しゅだんはどうあれ、国書こくしょであることは間違いないのだ。順番じゅんばんたがえてはいけない。最初さいしょとおすのは、君主くんしゅである父王ちちおうでなければいけないのである。


「どうちまちたか?」

「モニカは何も心配することはないんだよ」

「モニカもおてつだいしまつ!」


 突拍子とっぴょうしもないもうである。

 いったい、何事なにごと


「にいたまのおてつだいでつ!」

「それはうれしいのだが……」

「モニカもがんばるのでつ!」

「いや、なにを……」

「みんなががんばるので! モニカもがんばるでつ!」


 フン! フン! と、何故なぜ幼女ようじょ鼻息はないきあらい。

 魔界の黒鳥こくちょう手紙てがみたくされたのは自分じぶんだからとでもいうのだろうか。大人たちがさわぐのに、何やらおさなこころ刺激しげきされたか。もちろん、幼女に事態じたい深刻しんこくさなど何もわかっているはずはない。


どもは大人の真似まねをしたがるものだよ)


 今頃いまごろになってのっそりとやってきたケルスは、まるでそんなことをいいたげであった。

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