第8話 バカじゃないのか?

俺とへーロの間で膠着状態が続いていた時だった。


へーロに向かって鳥が飛んできた。

いわゆる使い魔というやつ。


「なにっ?パーティ会場に戻ってこいだと?少し早い気がするが分かった」


へーロがチラッと俺を見てきた。


「手打ちにしよう。見なかったことにしてやる」


「してください、じゃなくて?」


俺の挑発には乗ってこなかった。


「どちらでも構わん。俺としてはこれ以上ここでお前と揉めるつもりはない。時間の無駄だ」


ま、実の所俺もそのつもりなんだけど。

こいつの顔面にグーパン叩き込むっていう目的は達成出来たし、現状これ以上は望んでない(できることがないって言い方の方が正しいけど)


もちろん、殺すことは可能だ。

でもそれじゃつまらない。


(こいつには死んで欲しいわけじゃない。生き地獄を味わって欲しい。ここから人生どん底まで落ちて惨めに這い回って欲しい。残飯みたいな飯を食って他人から虐げられろ)


俺の目的は一貫してこれだ。


俺が構えを解くのが手打ちの合図となった。


「覚えておけよへーロ」


「なにを?」


「俺という悪魔に目をつけられたことをな。お前は近いうちに地獄を見ることになる。これはただの挨拶にすぎん」


「変なやつに絡まれちまった。おい、行くぞ」


部下を引き連れてへーロは去っていこうとした。しかし、部下の足取りは重い。部下が口を開いた。


「最強って言ってたのに、嘘だったんすか?」

「は?」

「あんな奴にぶっ飛ばされてさ。あんたは最強じゃなかったのかよ?!」


他の騎士も口を開いた。


「あんただけが使える【速度上昇】もだ。なんであいつが使える?ひょっとして大したスキルじゃねぇんじゃねぇの?」

「しかも武器無しの相手にあれだけ一方的に殴られるなんてな」

「こっちは近衛騎士団長で得意の剣を持っていた。それにも関わらずだ」


へーロの顔が歪んだ。


「なにを言ってる?お前たち」


部下たちはゾロゾロと歩き出した。


「行こうぜ、こんな雑魚ほっといてさ」

「ペコペコするの馬鹿らしくなってきたわな」

「良かったよなーあの賊が見逃してくれてさ。見逃されたのは俺たちだっつーの」


(おやおや、予想外のことが起きてるな)


俺に負けたという結果による影響は既に出始めていた。

強さこそが至上の騎士団では敗北は悪影響にしかならないのだろう。


既にへーロは近衛騎士団の間でも孤立しかけているようである。

へーロは俺の方を見てきた。


「覚えとけよ」

「安心しろ。お前のことは物心ついてから忘れたことは無い。そして、これからもな」


へーロたちは去っていった。


俺もパーティ会場の方に向かう。

もちろんここからはコソコソする必要なんてないし、道中でマントや仮面は取るつもりだ。



パーティ会場に着いた。


ユーサリスの敷地に続く門は固く閉ざされていた。


「ん?」


不思議に思いながらも門に近付いてみた。


「さて、どうしたもんかな。てっきりさくっと入れると思ったんだけど」


「どちらさまで?」


男が死角からぬっと現れた。

門を挟んで男と向き合う。

鎧姿の男。

この家に雇われている剣士だろうか?


(特に肩書きはないモブ剣士だろうけど)


動きでこの騎士のレベルはだいたい分かった。


(なかなか腕は悪くない。モブ騎士でこれということは、全体のレベルも相応に高いはずだ)


そこまで分析してから口を開いた。


「アイザリックの家の者ですが」


「少々お待ちを」


しばらく待っているとハリント達がやってきた。

その横にはフレイアもいた。


フレイアは俺には気付いていないようだ。


「ようやくきたか。我が家の関係者だ。招いてほしい」


ハリントの指示で執事が門を開けてくれる。

俺も敷地内に入った。


「だがもう遅い」


ジョージがニヤニヤしていた。


「なにが?」


「婚約者が僕に決まったからだ」


(もう決まる?パーティもまだ始まっていないと思うけど。これから決めるんじゃないのか?)


確認の意味も込めてフレイアに目をやった。


「まだ候補ですよ?」


(なんだ、ジョージが早とちりしただけか)


俺はフレイアの前で片膝を着いた。


「俺と婚約してください」


フレイアが両手で口元を覆う。

そんなこと言われると思っていなかったのだろうか?


「お気持ちはうれしいのですが、これから決めるところですので、お待ちくださいね」


そのときだった。

ジョージが俺の前に足を出してきた。


「おい、灰まみれ。これがなにか分かるか?」


「いや」


「この靴を履けた人間だけが婚約者候補になれるんだ」


(こいつの足でこんな小さな靴履けるんだな……って待てよ。こいつひょっとして指先切り落としてないか?)


ハリントのことだ、家のことを考えたら息子のつま先の切除くらいはやるだろうな。


「ジョージ少しつま先立ちをしてみてくれないか?」


「なんでそんなことをしないと?」


もできないのか?」


バツの悪そうな顔をするジョージ。

大方つま先立ちなんて不可能だからこういう顔をしたのだろう。


「フレイア様行きましょう。こんな身分の低い男放っておいて」


ピクリと眉を動かすフレイア。

明らかに地雷を踏んだような発言だったみたい。

だけどジョージはそれに気付いていないようだった。


「今回は身分については不問としていますが」


「そうだとしても出来るだけ身分は高い方がいいでしょう?この男はメイドとか執事と同じ身分なんですよ」


フレイアは困惑したような様子だった。

俺も鬼では無い。

最後にひとことだけ助言をしておこう。


「今ならまだ間に合うぞ?本当にそれでいいのか考え直せ」

「なんのことだか分からんし知らんな。間に合わんのはお前の方だ。ざまぁみろ。俺の勝ちだ、大差をつけてな。お前は負け犬」

「しょせんはハリントのオモチャか。それが俺とお前の違いだ、残念ながらな」


むっとしていた。


「どこまでも口の減らない男だな」


俺のことはすでに眼中にないというように目をそらす。


「フレイア様、行きましょう、こんな不快な男といっしょにいたくない」


ジョージは怒り狂ってズンズン歩いていった。

フレイアはため息を吐いてからジョージの後を追う。


俺は去りゆくフレイアではなく、ジョージの方を見ていた。


「ばかなやつ」


靴履くためだけにつま先なんて普通落とすか?


バカの考えはほんとに理解出来ないな。


「さてと」


気を取り直して庭を見た。

今日開かれているのは婚約者を決めるためのパーティ。


もちろん豪華な食事が用意されている。


「食事でももらいますか」


普段は自分で適当に作ったものしか食わない俺にとって、こういう一流のシェフが作った食事というのはなかなか興味深いものである。


とりあえずいろいろと食べてみることにしよう。


そうして取ってみたのはよく分からない料理の数々。

とりあえず鳥の料理でも口にしてみよう。

フォークで突き刺して口に運ぶ。


「美味い」


久しぶりにまともな食事を食べたな。

ほんとに。


食事をしているときだった。


とつぜん視界の端から顔がひょっこりと出てきた。


「ミーナか」

「はい」

「ジョージの世話役じゃなかったっけ?いっしょにいなくていいのか?」


ミーナがとある方向を指さした。

そっちにはジョージとフレイアの姿。

ふたりで食事をしているようだ。


ジョージの顔はものすごく張り切っているように見えるが、フレイアの顔は晴れないようである。

はっきり言って脈ナシってやつだろう。


(まぁ、地雷踏んだっぽいし残念ながらとうぜんってところだろう)


「このまま食事を続けながらそれとなく話を聞いてくれるか?」

「はい、なんでしょう?」


気になってたことがある。


「なぜ近衛騎士団がこんな僻地まで来たんだろうな?」


「うーん、やっぱり身分の高い人が多いからじゃないんですか?」


周りを見てみる。

今回のパーティだがユーサリスの家だけのパーティではなくなったようである。

早い話が複数の家での合同のお見合いパーティみたいになってる。

つまりいろんな家の令息だの令嬢だのが集まっていた。


「それでも貴族の一パーティに近衛騎士団の派遣というのはちょっと気になるな」


この家に雇われている騎士や剣士だけど全員レベルは高そうだ。

その上で近衛騎士団まで用意するとなると答えは自然と出る。


「これからなにか起きる気がする」


「ちゅっ」


ネズミがミーナの胸ポケットから顔を出す。

こいつは何かを察する能力でもあるのかもしれない。


「頑張ってくれよ?ボディーガード」


「ちゅっ!」


胸をドンと叩いていた。


「考えすぎでは?」


「教えとくよ」


「なにをでしょうか?」


「俺の悪い方の予想の的中率はだいたい99%」


「つまり?」


「このままいけばなにか起きるって事だ。用心しておいてくれよ?」


使っていた皿をミーナに渡した。


「用事ができた。片しておいてくれる?」


なにか起きると分かっていて黙って傍観しているほど俺は受け身では無い。

危険は早期発見、早期切除を心がける。ヘーロ率いる騎士団なんて信用できないし。俺が自分でやる。


「えっとパーティの方は?フレイア様と婚約するためにきたのでは?」


それに関して、俺の中では色々とプランがある。


「最悪フレイアとの婚約の話はいっさいなくていい。フレイアとの婚約はマストではないしゴールではないから。別の道から目的地へと向かうだけさ」


「おぉっ……さすがシン様☆なんて自信たっぷりなのでしょう☆」


ミーナの目はキラキラしていた。

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