第7話 ジョージは苦悩する
一方そのころ。
シンを置き去りにしたジョージたちは一足早くユーサリスの家まで来ていた。
彼らは前回のパーティの招待者でもあるため特別な対応を受けていた。
「ようこそおいでくださいました。アイザリック様」
フレイアたちが直接出迎える。
「こちらこそお招きいただきありがとうございます!」
ジョージが元気よく返事。
ニコッと笑いかけるフレイア。
(かわいい)
ジョージは本心からそう思っていた。
そして、その美貌は自分の結婚相手としてふさわしいと。
「さっそくですがこの靴を履いてみてほしいのですが」
すっと差し出されたのはフレイアたちが作り上げた靴だ。
もちろんサイズはシンの足と同じもの。
愛されて食に困らず育ったジョージの体はシンより一回り大きかった。
足もまたそれ相応に大きい。
入るわけもないようなサイズ。
「この靴を履く理由は?」
「私の想い人の靴のサイズなのです。履けた人は思い人かもしれません。思い人だった場合は即婚約します」
「履けなければ?」
「特になにもありませんよ。アイザリック様は以前の時も招待しましたので、このままお通りいただけます」
「フレイア様。失礼ながらあなた方ユーサリスの力があればその想い人をピンポイントで探し出すことが出来たのでは?」
「それが、以前お会いした時はそのお方の顔は灰に塗れていてよく見えなかったのです。そのためお顔で探すのは困難でした」
シンはあのときホコリまみれの旧館を掃除していた。
頭にはホコリが積もっていたし、顔もホコリで汚れていた。
シンが灰まみれと呼ばれているのはこれが由来でもある。
ジョージとハリントは顔を見合せた。
「とりあえず履いてみなさいジョージ」
「分かったよ」
グッ、グッ。
なんとか履いてみようとするジョージだったが、
(横幅はなんとかなるけど。だめだ。踵が入らない。この靴が小さすぎる)
諦めて足を靴から抜いた。
ハリントがボソッと話しかける。
「どうだ?」
「小さすぎるよ。もう少し足が小さかったら入ると思うけど」
「……」
「入りませんでしたか?」
フレイアは少し落胆したような顔をしていた。
「運命の人はまだ現れないようですね。私の願いは叶わないのでしょうか?」
シュンとしていたフレイア。
「ユーサリス様お待ちいただけますか?」
「えっと?」
「アイザリックには体の特定部位を小さくするような秘技があります。このサイズの靴となると、秘技を使ったジョージが履いていた可能性があります」
「まぁ、なんと!アイザリックにはそのような秘技があるのですね!」
「はい。ですが秘技です。他の者に見せる訳にはいきません。少し時間をいただけますか?」
「どうぞ。パーティにはまだ時間がありますし」
ハリントはジョージを連れて馬車の方へ戻る。
馬車の扉をきっちりと閉めた。
「メイド、中の音が外に漏れないように遮音性を高めて外で待機していろ」
ミーナは指示通り馬車の外に出て馬車の遮音性を高めた。
(聞かれてはいけないような会話?いったいなんの話しをするんでしょう?)
作業が終わりミーナは聞き耳を立てていた。
ほんの少し、小さな声が中から聞こえてくる。
「父さん、秘技ってなんなのさ?初めて聞いたけど、体の部位を小さくする秘技ってなに?俺はあの靴を履けるの?」
ハリントは意を決して言った。
「ジョージ、つま先を落とせ」
ハリントは馬車に積んであった工具箱からハサミやノコギリ、ニッパーなどを取り出した。
「えっ……」
「親指から小指まで。つま先を全て落とせばあの靴にも入るだろう」
「しょ、正気なの?」
「正気だ。お前の未来を考えてこれがベストだと思っている」
「むりむりむりむりむりむり!!!!!!無理だよ。そんなの想像しただけで立ってられないよ」
ハリントは分かりやすく落胆した。
「お前はそれでもアイザリックの人間なのか?」
「うぐっ……」
「お前には期待していたんだがな。アイザリックの次期当主としてふさわしい人間になってくれるんだろうなぁって」
ハリントは畳み掛けていく。
「灰まみれなら顔色ひとつ変えずにやってのけるだろうな。あいつは思い切りがいいし物事を論理的に考える。メリットがあるなら進んでやるだろうな。お前とは決定的に違う」
ジョージを脅すようにハリントは続けた。
「愛し子であるお前を愛したのは間違いだったのだろうか?これなら忌み子を愛した方がマシだったかもな」
「お、俺はぁぁ……」
「今から立場を入れ替えてもいいんだぞ?先程も言った通りシンなら入れ替えにも頷くだろう」
「やめてよ。俺は忌み子なんかじゃない」
「出来損ないは我が家にはいらん。私の息子であるならやれるはずだ。だが、やれないということはひょっとしてお前も忌み子だったのだろうか?」
ジョージの手は震えていた。
色んな感情でぐちゃぐちゃになっていた。
ハリントはジョージを凝視した。
「お前のことは信じている。お前なら正しい答えを出せると」
「うぐっ……うえっ……」
ジョージの目から涙が溢れてきた。
自分のつま先全てを切断する光景を思い浮かべたからだ。
「おぇっ……うげ……」
吐いた。
想像した光景が余りにも残酷すぎて耐えきれなかった。
「お前が履けなかった場合の話をしよう。お前より一回り小さい灰まみれならあの靴を履けるだろう。そしてパーティ会場に入る。婚約もするかもしれない。そのとき私が結果を残せなかったお前を愛するメリットはあるのだろうか?」
そのひとことでジョージの決心は固まった。
「分かったよ父さん。落とすよ指先ぜんぶ……くれてやるっ!親指も小指もぜんぶぜんぶ!」
ジョージの声は震えている。
「よく言った。それでこそアイザリックの人間だ」
「うぎゃあああああああああああああ!!」
馬車の中からは断末魔のような声が聞こえる。
その一部始終を聞いていたミーナはあんぐりと口を大きく開けていた。
「(ポカーン)」
空いた口が塞がない。
貴族ではないミーナにはたかだかパーティに参加するだけのことにここまで真剣になる意味が分からなかった。
(そこまでする?頭おかしいんですか?こいつら)
そしてふたりの気持ちが分からなかったミーナは呟いてしまった。
「ふたりともシン様にごめんなさいすれば全部丸く収まるのに……」
こうして激しい痛みの末、ジョージは靴を履くことができた。
切断面は応急処置を軽くしただけでおざなりなものだった。
フレイアは急に靴を履けることになったことについて不思議に思っていたが、それでもジョージは婚約者候補としてパーティに招かれることになった。
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