第5話 俺は運がいい

翌日。

朝起きると扉がノックされた。


(またハリントのやつか)


うんざりしながら扉を開けに行く。


「ん?」


そこにいたのはハリントではなくて昨日のメイドだった。


「お、おはようございます」


ぺこり。


「どうしたのさ」


こんなところにくるのはハリントくらいのものなんだけど。

俺に飯を持ってくるのはいつもあいつだから。(ビルティに逃げられたのを恥と思っているらしく、俺のことは他の人間にあまり知られたくないようだから)


「昨日のお礼も兼ねて今日は食事の方を持ってきました」


「ハリントの役目だと思うけど」


「無理を言いました。渋々といった様子でしたがなんとかお願いを聞いてくれました」


「へぇ、ありがとう」


一応バケツの中を見てみるが中身は変わっていない。

やはり食えたものではないようだ。


「いつもこんなものを食べているのですか?」


「食べてないよ、捨ててる。腹壊すよこんなの食べたら」


「え?ではいつもは食事はしておられないのですか?」


「森の方に食材を取りに行ってるよ」


メイドがポロポロと涙を流し始めた。


「おつらい日々なのですね。ぐすん、私涙を流してしまいます」


「俺がそんなにつらそうに見える?(別につらいと思ったことは無いけど)」


「はい、私なら耐えられないでしょう。本来は愛してくれるはずのご家族にすらこんな扱いをされて、食事も満足に与えられないなんて」


「別にそうでもないけどね」


前世ブラックでこき使われたし、いじてられるのは慣れてるんだよな。

それに比べたらハリントからの嫌がらせなんて別に大した負担にもならない。(この世界だとやり返せるし)


「手を出してくれませんか?」


言われた通りに手を出してみた。


「内緒ですよ。誰にも言わないでくださいね」


こそっとメイドが俺にパンを持たせてくれた。


「今日の食事食べずに取っておいたのです。足りないでしょうけど」


まともなパンなんて久しぶりに食べるからありがたいけど


「いいの?」


「はい。こんな扱いを受けているあなたを見るのは胸が痛みます」


この家に生まれてきてから初めての事だった。

こうやって俺の事を哀れんでくれる人は。


(この家には勿体ない子だな。数少ない常識人枠ってところか)


「私の名はミーナと言います。ぜひ覚えていてくださると嬉しいのですが」


「ミーナね。覚えておくよ。パンありがとうね」


「ところで私になにかお手伝いできることとかありますか?本館には立ち入れないみたいですが」


これまでのことを掻い摘んで話した。

自分が忌み子であること、特殊な生まれであること。

もちろん、同情はいらないと言ったがミーナは優しい。つらそうな顔をしている。が、今は無視だ。


「パーティの件やへーロやビルティといった単語が聞こえれば注意深く聞いて欲しい。そして、なにか分かれば俺に報告して欲しいんだ」


「はい、わかりました。それでは私はこれで」


ぺこりと頭を下げてミーナは去っていった。


「パン、ありがたくもらっておくか」


はむっ。


久しぶりに食べたパンはなんだか妙においしく感じられた。



そんな日々が数日続いた。

特に大きな動きもなかったが、安寧の日々というのは俺にとってありがいたいものでもあった。


ミーナがまともな食事を持ってきてくれていて無理して森に出かける必要もなくなった。

とても快適な日々が続いていた。

その日々はこれからも続いていく……といいなと思った次第であります。


コンコン。

夕方、ミーナが食事を持ってきてくれたらしい。


扉を開けるとそこには……


「ビッグニュースですよん!ビッグニュース!」


(ですよん?)


「むふふ。シン様はご存知ないと思いますが。今回のユーサリスのパーティなんですけど以前よりパワーアップしているのです」


「そのパワーアップがなにかあるのか?」


「はい。今回身分の制限が撤廃され幅広い身分の人がくるため治安の悪化が見込まれます。そのため王族が騎士団を出したのです。なんとその騎士団にですね、へーロが所属しているみたいなのです」


「なんだと」


目を見開く。

ミーナを見る限り俺の聞き間違いではないようだ。


「大旦那様が話しているのを聞きましたよ」


ほくそ笑む。俺はなんて幸運なのだろう。ここであいつに出会うチャンスを得られるなんて。


「怖い顔してますよ?」


「悪いことを考えてるからね。とにかく教えてくれてありがとう」


「なにかするつもりですか?危険なことはおやめ下さいね?」


「仮に俺が死んだとしても君にはいっさい影響がないだろ?」


シュンと悲しそうな顔をする。


「そんな悲しいこと言わないでくださいよ。せっかくこうしてお近付きになれたのに」


「とにかく、俺がなにかしようとしてても止めなくていいし。君が尋問されても俺を売ってくれていい」


ここまで協力してくれた。

それだけでも俺は感謝してる。


「あなたのことは絶対に売りませんよ」


「どうして?」


「お友達を売るわけないですよ、世界中が敵になっても私だけは灰まみれさんの味方ですから」


ニコッと儚げに笑うミーナ。


「それは愛の告白ってやつ?」


「はうっ!」


シュボンと顔を赤くさせてた。


「ま、嬉しかったよ。ありがとうねミーナ」


会話が続かなくなってきた。

扉を閉める。


「あとはパーティ当日を待つだけだな」


さて、計画をねろう。


なんの?って?


決まってる。


へーロをぶん殴るための計画だ。


……計画が練り終わった。俺の計画はいつだって最高でカンペキ。


旧館の中を歩いて、ハリントが封印している部屋に向かった。

この部屋は何人たりとも立ち入りが禁じられているが、そんなこと知らない。


俺がルールを守ると思うか?

答えは否、守るわけが無い。


壁に釘で固く打ち付けられている木の板を引き剥がす。

すると、扉が開くようになった。


中にあるのはハリントの黒歴史。

この世から消し去りたいと思っているし誰にも見られたくないと思っているものの数々。


冒険者として活動していた時、使っていたものが保管されている。

そこには写真もある。

ハリント、へーロ、それからビルティの3人が揃った写真。

みんなこの時は楽しそうに笑いあってる。


手に取る。


「キモイなこいつら」


写真をハサミで切り刻む。


残骸をバラバラと床にばら蒔いた。

その後で踏みにじる。


「いつまでも幸せな生活が続くと思うなよ」


特にビルティとへーロだ。


「俺を犠牲にして手に入れた幸せ、そう長くは続かんぞ」


頭の中でこいつら全員地獄へ引きずり下ろすプランは既に考えてある。

あとは実行するだけ。


失敗?俺の辞書にそんな言葉は存在せん。俺が動けば待っている結果は成功のひとつだけ。


部屋の中にあった立派な椅子にもたれかかる。

足を組み、肘掛に肘を当て、頬杖。


そして、呟く。


「俺という人間を産んだこと心底後悔させてやる。名実共に忌み子になってやる」


さぁ、俺が地を這う時間は終わった。


今度は貴様らの番だ。


俺の誓いが終わると胸ポケットからネズミが出てきた。


そして、近くにあった紙を取りペンを走らせる。


【この部屋に来た意味はあったのですか?】


「あったさ」


ネズミは首を傾げていた。

この部屋に来た意味が分からないようだ。


ならば教えてやろう。


「雰囲気作りだよ。それ以外の理由は無い」


雰囲気を作ったかいがあって壮大な復讐劇が始まりそうな感じだっただろ?


実際にはそんなことないんだけどさ。


でも今の俺すっげぇ物語の主人公してたと思うんだ。

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